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<第十一話・使徒襲来>

 今日はなんて日なんだ!とテリスは思った。いつも通り食事をして、授業して、カサンドラのポイズンクッキングぶりをからかって――それで平穏無事な日常が今日も今日とて過ぎていくのかと思ったらコレである。ナニがどうしてどうなった。よくわからないローブ男が突然鳥籠を作って襲ってきたかと思ったら渡航者だの、転生者だの。


――異世界ってなんだよ!マジなんなんだよ!?最近流行の異世界トリップ読みすぎなんじゃねーのお前ら!?


 正直、混乱のままそう叫んでしまいたかったのだが。悲しいかな、あのクライクスとかいうローブ男はともかく、カサンドラとはそれなりに長い付き合いなのである。つまり、彼女の趣味趣向はよく知っているのだ。突拍子もない展開、型にハマったご都合展開――そういうものが好きではない彼女は、とことんライトノベルというものを好まないのである。

 以前それ系の話を半ば押しつけるようにして貸してみたところ、翌日ひっくり返りたくなるほどに酷評されてヘコんでしまったのだ。


『そもそも、何で異世界の一般人の女子高校生を呼ばなければいけないのか、全くこの物語は説明できていませんね。もっと魔法に長けた軍人などいくらでもいますのに、何故関係良好な国王軍の協力を最初に得なかったのでしょう、このお姫様は。それから、百歩譲って異世界から人を呼ぶのが必須な事情があるのでしたら……もっと屈強で戦い慣れした者を呼び出すべきでは?転移してきた女子高校生の世界にも、日々鍛練を怠らない特殊部隊は存在していたと書かれていますよ』

『え?あ、いや……そのー……な?あのなんていうか……』

『そういう方々なら即戦力になってくださるのも頷けますのに。……そもそも普段ほとんどまともな部活動もしていなかった普通の少女が、何故異世界転生するととんでもないチートに転じることができるのでしょう?魔法の概念もないはずの世界からやってきたのに、飛んできて即座に最強の魔法を詠唱して発動できるなんてナンセンスです。それを説明されていないのに、何故どなたもおかしいと思わないのでしょうか。この物語には少々無理と矛盾が多すぎるような気がします』

『いや、その……だからさ?これは……』

『そもそも飛んでいった先で巡り会うのが何故イケメンばかりなのか……冒険者の年齢なんてピンからキリまであるはずなのに、出会う先出会う先十代か二十代のバラエティ豊かなイケメンばかりなのも謎です。そしてこの主人公の少女がそのイケメンに出会う先から口説かれるのも謎ですよね。チート能力に惹かれたのならそれは恋愛感情ではないですし、そもそもチート能力を見せる前から惚れられるのは何故なのでしょう。この少女の外見も殆ど描写されずただ“十人いたら十人振り向く美貌”などと書かれていますが誰だって好みはあります、誰もが振り向く美人なんてそうそういるわけがありません。そもそも彼女、身長168cmで体重36キロとかそれはもうモデル体型とっくに通り越して完全に拒食症では……』

『あああもう!わかった!わかったから!そこまでにしておいてええええ!!』


 と、こんな具合である。

 確かに、自分の手持ちの中でも特にツッコミどころが多いシリーズを貸してしまったとは思うが――だからってあそこまでこっぴどく言わなくてもいいではないか。ラノベにリアリティなんぞ誰も求めてないのだ。あり得ない展開をありえねー!と笑い飛ばしつつ非現実を楽しむのがイイのに、本当に彼女ときたらカタブツである。

 まあ、それはいいとして。そんな彼女が、ラノベでも使い古されてそうな展開をホイホイ現実に持ち出してくるとは、テリスには到底思えないのだった。だからこそ混乱している。何度も転生して誰かさんを探してるとか。異世界を渡り歩くとか、世界を滅茶苦茶にする犯罪者がいる、とか。完全にテリスの想像の範疇を超えた話だった。あんなもの、いきなり信じろと言う方がどうかしている。

 しかも、さらに残念なことに。彼らの話を吟味して混乱する時間さえ、どうやら自分には与えられていないらしかった。

 地響きを聞きつけ、やばいと思いながらも辿り着いた――この学園の、聖堂。週に一度の朝礼とお祈りを行うその場所にカサンドラと共に辿り着いたテリスは、とんでもない光景を目にして腰を抜かすことになるのである。


「は……はぁぁぁぁぁっ!?」


 生徒達が我先にと聖堂の外に逃げ出していく。彼らが逃げてくる先には、いつも祈りを捧げるガーネット神の巨大な彫像があった。その後ろは見事なステンドグラス張りの大窓がある。なんでも、初代カナシダ家の王がガーネット神と出会い、洗礼を受ける様を描いているらしい。いつも見るたび、見事な細工だと感心していたものである。神なんてもの、あまり信じたこともないテリスだったが――そのテリスの眼から見ても、白磁の神の彫像とそれを鮮やかに彩るカラフルなステンドグラスは神々しいと感じていたものだったのだから。

 それなのに。

 今はその、美しき彫像もステンドグラスも、見る影なく粉々になってしまっている。敷き詰められた赤い絨毯に無惨に散らばる色とりどりの硝子の破片。そして、根本から首が大きく砕かれ、もげて落下している――ガーネット神を象った竜の石像。

 何故そんなことになってしまったのか?なんてことを問う必要はなかった。犯人は明白だったからである。ステンドグラスを割り、石像を破壊し、聖堂に侵入してきた犯人――それは。


「う、嘘だろ……?なんで、ガイア・ベビー・ドラゴンが……っ」


 まるでテリスの言葉に応えるように。全身を堅い甲殻で覆われたライトブラウンの竜は、大きな二枚の翼を広げ、巨大な口をこれでもかと開き――咆哮した。

 ガイア・ベビー・ドラゴン。その名の通り、ドラゴンの幼生だ。現時点で立ち上がった背丈がゆうに3メートルあるあたり、大人になったらどれほど巨大になるのか想像するだけで恐ろしいことだが、一番大切なのは、そこではない。

 ドラゴンと呼ばれるモンスターのうち、大地ガイアがつくドラゴンは極めて特殊な存在だった。つまり、地の属性を持つ守護竜、その配下に属するドラゴンだからである。ガイアの名を持つドラゴンは、守護竜であるガイア・マスター・ドラゴンの意思に極めて忠実だ。主の怒りを買わない限り、その配下であるドラゴンもまた人の領域を襲うようなことは滅多にないと知っている。中等部で何度も授業で習ったことだ、間違えるはずがない。

 では一体何故?何故その、基本的には人との棲み分けを忠実に行っているはずのガイア・ベビー・ドラゴンが、自分達の縄張りにある学園を襲うような真似をしたのだろうか?


――もしかして誰かが……人間の誰かが!地の守護竜の聖域を侵すような真似したんじゃねーだろうな!?


 低い唸りを上げるドラゴン。その茶褐色の瞳が、ぎらりとこちらを睨んだ。近くの学生達が悲鳴を上げて我先にと逃げていく。まだ逃げ切れてない生徒は多かった。それもそうだろう、昼休みにこの場所で昼食を取る生徒も少なくない。食堂は混むので、サンドイッチのような持ち運べるものを持ってる生徒は聖堂に席を取って静かにご飯を食べたがるのだ。汚したら怒られるが、そうでなければ飲食自由なのがこの場所だった。


『逃がさぬ……!』


 ドラゴンが吠えた。瞬間、すぐ隣にいたカサンドラが叫んだ。


「テリスっ!“Slow”いけますか!?」

「!!」


 彼女の言葉の意味を把握するより先に、ドラゴンが自らの魔法を発動させていた。多くの石礫が舞い上がり、逃げ遅れて出口に殺到する生徒達目掛けて飛んでいく。

 考えている暇はなかった。テリスは魔法詠唱に入る。何故彼女がslow――つまり、物質に流れる時間の流れを一時的にゆっくりにする魔法を要求したのかわかった。テリスの腕では、バラバラに逃げ惑う複数の生徒に同時に防御魔法をかけることは出来ない。ならば、ひとつの方向をめざして飛んでくる石礫に向かって、物体の速度を遅くする魔法をかけた方がまだ発動が速く、安全だ。


「す、“Slow”!!」


 勢いよく、さながら弾丸のように生徒たちに飛んでいこうとした石礫は。彼らに当たる直前に失速し、小石を放る程度の速度まで減速して彼らにぶつかった。


「ひ……ひえ……?」

「あてっ……た、助かった?」


 みっともなく逃げようとしていた高等部の生徒達が、驚いたようにこちらを振り向くのが見えた。なんとかギリギリで発動が間に合ったらしい。しかし、安堵している場合ではなさそうだ。


『ほう、よく我が攻撃を凌いだものよ……』


 ドラゴン独特の嗄れた声が、聖堂いっぱいに反響して響き渡る。


「貴方……ガイア・ベビー・ドラゴンですね?何故、大地の守護竜を主に持つ貴方が、我々の学園を襲撃するのですか?」


 相変わらずこいつすげぇな、とテリスは思う。カサンドラは、巨大な力を持つドラゴンを相手に一切怯む様子がない。それどころかまるで挑むような眼で、目の前の自分より遥かに大きな体躯を睨み付けている。


「我々は守護竜に敬意を払い、守護竜の聖域を侵さないことを条件にその加護を得て暮らしている。…お互いの領土は不可侵にして絶対。そのはずでは?」

『勿論その通りだとも、娘よ。だがしかし、これは我が主の命令なのだ』

「命令?」

『そうだ』


 ガイア・ベビー・ドラゴンが主、と呼ぶ存在は一つしかない。即ち――ガイア・マスター・ドラゴン。大地の属性を持つ、守護竜おいてほかにはないのだ。


『主が我に命じた。この学園を破壊せよと。そして……主が欲しがるものを手に入れて来いと……!』


 マテマテマテ。テリスは真っ青になった。主が、守護竜が命じた?それってつまり、かなりやばい状況ではないのか?

 守護竜の怒りを人間が買ったとしたら。それゆえ、ベビー・ドラゴンを差し向けたのだとしたら。それは文字通り、自分達人間の――最低でもアカデミアの終了のお知らせに他ならないではないか。滅ぼされるのも困るが、そもそもの問題自分達の生活は守護竜の加護によって成り立っているといっても過言ではない。その守護竜に守られなければ自分達の生活は成り立たないのだ。

 早い話、大地の守護竜に完全に見限られるようなことがあった場合。大地は腐り、作物がまるで実らなくなることが予想されるのである。


――やべーって!何!?誰かそこまでやばいことした奴がいるってこと!?誰かが本気で守護竜を怒らせたってことおおお!?


「だ、大丈夫ですかっ!?」


 はっとしてテリスは我に返る。見れば、何人かの生徒が足に怪我をしたらしく、身動きが取れなくなっていた。その彼らに駆け寄って声をかけているのは、ショーンである。まさか、彼も聖堂まで来ていたとは。


「ショーン、どうした!?」

「テリスさん!大変です、この人達足に怪我を…歩けないみたいで……!」

「えええっ!?」


 女子の一人は転んだ拍子に足を捻ったのか、足首が紫色に腫れ上がってしまっている。そしてもう一人の男子は、恐らくはステンドグラスのガラスで切ったのだろう脹ら脛がすっぱり切れて血が止まらなくなっていた。慌ててショーンが自分の服の裾をちぎり、少年の方の傷にぐるぐるの巻き始める。


「いい!治療は俺がやる。ショーン、お前は悪いがカッシーについていてもらえるか!?」

「えっ!?」


 ショーンが驚く先には、カサンドラの姿があった。怪我をした少年少女達を見た彼女の顔は――明確な怒りに染まっている。


「あいつ、やる気だわ完全に。……お目付け役が必要だ。頼まれてくれねーか。ショーンはもう、ジョブ訓練始めてんだろ?頼む、あいつをサポートしてやってくれ」


 彼女の強さはすでに理解している。それでも、目の前にいるのはまがりなりにも守護竜の使徒。いくら彼女でも、どこまで戦えるかわからない。流石に一人では厳しいはずだ。


「わ、わかりました……っ」


 返事をし、駆けていくショーンを見つめつつ、テリスは治癒魔法を唱え始める。最下級の魔法が精々な自分だが――そんな自分でもきっと、いないよりはマシなことができるはずだ。


――ほんっと……今日はいろんなことが起こりすぎ!むしろ……これは全部ただの、始まりだったとか抜かすんじゃねえよな!?カミサマ!!


 残念なことに。

 テリスの予想は見事に的中するのである。物語はまだ、やっとプロローグが始まったばかりなのだから。

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