「おま……お前……!」
テリスがひっくり返った声を上げた。
「お前なん……なんで!?ソウルウェポンなんて……なんでプロでもなんでもねぇお前が使えんの!?」
「そんなこと言われても」
そりゃツッコミを食らうよな、とカサンドラは思う。ソウルウェポンを顕現できる力を持つのは、冒険者の中でもかなりの上位者に限られる。何故なら自分だけの武器をイメージし、自由にエナジーをその形まで具現化できるようになるまでには、通常何年もの過酷な修行が必要となってくるからだ。
この世に生命力を持たない人間、魔力を持たない存在はいない。しかし、それを知覚して自らの力として扱える者それ自体が多くはない。ましてや、それを自分だけの刃に変えて鍛えることができるまでいくのは――自分で言うのもなんだが並大抵の努力で敵うものではないのである。
あっさりやってみせているようだが、その実カサンドラだって一朝一夕で出来るようになったわけではないのだ。
「……ずっと昔から、私の武器は……これでしたから」
長い時間をかけて身に付けてきた、カサンドラの――カレンの刃。
「ソウルウェポン――“ペルソナ・ランス”。私の…竜騎士カサンドラの本当の相棒は、ずっと前から……この一本の槍なのです」
テリスは知らない。知らせるつもりもない。
この世界の仕組みの多くが、カサンドラが一番最初に生まれた世界とよく似ていることなど――それから、カサンドラが愛する主を救うため、転生を繰り返して今に至るということも。
知らなくていいことなんて、この世には山ほどある。知らない方が幸せならばそうであるべきだ。特にこの、お人好しで変なところで真面目な親友は。
――転生を繰り返して、わかったことがある。私の転生にはいくつかルールがあるということが。
クシルのこと以外にも、転生していくにあたり一定のルールがあるようだった。
例えば、カサンドラが生まれる世界には統一性がなく、またカサンドラ自身の性別も必ず女性とは限らないのだが――それでも、カサンドラの記憶同様、性格や本質に変化はないということ。元々あまり女性的な言葉遣いを好まない質だったのが幸いだったのかもしれない。男になっても女になっても、大抵丁寧語で喋っていれば不自然にならなかったため、いつしか丁寧な言葉遣いが癖になっていた。元々クシル相手に敬語を使う生活が基本だったから余計そうなのかもしれないが。
ただ、記憶と性格はそのままであっても、身体はそのままというわけではない。かつてどこぞで読んだ“転生したらチートな勇者になってました☆”系の小説でありがちなことか、カサンドラでは起こらなかったのだ。早い話、以前の世界で習得した技術があっても、転生先の世界にその技術が存在しなければ使うことができないのである。簡単に言ってしまえば、仮に前の世界で世界一の魔法使いになったとしても、次の世界が魔法の一切存在しない科学文明の世界だったりしたら、今まで覚えた魔法は一切使えなくなってしまうといった具合である。
魔法や科学、そして一定以上の専門的な知識はすべてその縛りを受けるらしかった。実際、カサンドラの一個前の世界――利明としての世界では、一切魔法を使うことができなかったのである。
――でも。裏を返せば……一定以上似通った形態の世界なら!以前の世界で学んだことの多くを生かすこともできるということ……!
そして、肉体の年齢や練度はリセットされても、長年戦士として戦ってきた勘や経験値が失われるわけではないのだ。
この世界は、カレンであった一番最初の世界とよく似た形態を持っていた。竜騎士というジョブ、魔法、モンスター。そして、何よりソウルウェポンの存在。名称まで全く同じとはスゴい話だ。案外、この世界はカレンが元いた世界のパラレルワールドのようなものなのかもしれなかった。
――……さて、考察はそれくらいにして。……そろそろ反撃に行きますか。
カサンドラが決意した瞬間、再び頭上が光のを視界の端で捉えていた。今度はただ逃げる必要はない。素早く槍を頭上に構え、エナジーを纏わせて勢いよく回転させた。
落ちてくる黒い雷。それは、エナジーを纏って強化された槍の遠心力に弾かれ、無効化される。
「す、すげえっ!あれを防いだ!」
「普通の槍ならこう簡単にはいませんけどね。ソウルウェポンは、一般的な武器よりも遥かに頑丈ですから」
「それもそうか。武器そのものがエネルギーの塊みたいなもんだもんな……」
「そういうことです」
さて、襲撃者もこれで気がついたはず。もうカサンドラに、同じ攻撃は通用しない。さっきまでのように雷を落としたところで、槍の回転で全て弾き飛ばしていけば回避の必要さえないだろう。つまり、撃てば撃つだけ、相手が必要以上に魔力を消耗していく結果となるわけである。
――そもそも、この襲撃者……本業は魔導士ではないようですしね……。
既にカサンドラは見抜いていた。確かにこの雷魔法は強烈だ。耐性がない人間が食らえば一撃で行動不能に陥ってもおかしくはないだろう。コントロールも悪くはない。問題は――持続性の無さと、発動の遅さだ。
脚力に自信のあるカサンドラだが、それでも頭上から降る雷を避けていくのはなかなか至難の技である。真正面から飛んでくる攻撃と違って視界に常に収めて動くことが出来ないからだ。にも関わらず、槍を出す前から全てが回避可能だった。何故か?簡単なこと、敵が魔法を唱えてから発動するまでに、随分なタイムラグがあったからだ。
頭上に、雷を降らせるための小規模な魔力の塊が発生し、そこから攻撃が降り注ぐ――それが雷魔法の仕組みである。しかし、この敵はその魔力の塊が生まれてから攻撃が発動するまでに大きなズレがあるのだ。迅速な発動は苦手なのだろう。同時に、何度も立て続けに連発することも。
そこから想像できることはひとつ。この相手は魔力は高いし上級魔法を打てる技術はあるが、それをコントロールし連打するだけの力がない。あるいは本来、それを必要とするようなジョブではない。カサンドラは後者と考えていた。単なる見習い魔導士が、こんな大それた襲撃をやらかすとは到底思えないからというのもある。
――もし、魔法が本業ではないのにそれでもこれだけ使えるのだとしたら……相手のジョブは……!
「“Triple-Fire”!!」
そして予想通りのことが起きる。雷魔法だけでは仕留めきれぬと思ってか、今度はいくつもの火球がこちらに飛んできた。今度は頭上からではなく、中庭の木々を縫うような直線攻撃である。真正面から迫る火の玉を掻い潜りながら、カサンドラは笑みを浮かべていた。
「そう来ると思ってました!……テリス!」
「はっ……はいっ!?」
「貴方も白魔導士を目指すなら、最下級の白魔法くらいなら使えますよね?なら、ご自分の身くらい自分で守れますよね?」
「え……ええ!?」
「私が飛び出していったら“Barrier”で対魔法攻撃用の防御壁張ってじっとしててください。私にはいりません。短時間、自分の身を守るくらいはできますよね?」
「え!?ちょ……ええええええ!?」
まってえええ!?という情けないテリスの悲鳴が聞こえたがこの際無視である。この相手は、テリスを守りながら出し抜くのは相当厳しそうだ。ここは、彼の白魔導士としての素質に期待して頑張ってもらうしかない。バリアは魔法の授業で中等部でも習う程度の、本当に初歩の初歩である補助魔法。魔法の授業は得意で、魔力の値ならそれなりの高さだと豪語するテリスだ。土壇場でもなんとか凌ぐくらいはできるだろう。
そもそも自分だって、長時間友人を放置しておくつもりはないのだ。
――この中庭は、上から見ると南北に長い長方形の敷地になっている……。
テリスの悲鳴を後ろで聞きながら、再度飛んでくる火球を避けるカサンドラ。
――ぐるりと長方形の中庭を取り囲むシノザクラの並木があって、中心には噴水。私達は南から北に向かって中庭を横切るように歩いていた……。
魔法の射程範囲は人それぞれ。ただ、この中庭の広さなら全て射程に入ってもなんらおかしくはない。ただしそれは、視角で相手の位置をはっきりと視認できていたらの話。魔法の射程圏内であっても、相手の位置がはっきり見えていなければ攻撃を正確に当てることは難しい。
敵は、最初の雷攻撃から正確に自分達を狙っていた。つまり、自分達が見える場所にいたということ。そして、角度を考えるなら自分達の姿が噴水の死角に入る北半分の敷地にいた可能性は低い。つまり、敵が潜んでいたのは自分達が歩いていた南半分の中庭のいずれかの位置に限定されてくる。
――敵が移動する音や気配がしたら、私もすぐ気がついたはず。なら、まだ敵は同じ場所に潜んだまま動いていない。そして……!
高所から降り下ろす雷とは違う。雷魔法が無効化されたと思って炎系魔法を選んだことで、敵は墓穴を掘ることになった。炎系魔法は術者が直接炎の球を生成して敵に向けて飛ばす魔法だ。つまりやや追尾するとはいえ攻撃としてはかなり直線的なのである。
雷魔法で正確にこちらを狙えた範囲。そして、この火球が飛んでくる方向を考えればもう――敵は自らの自分の位置を教えたようなものである。
――私達の位置をはっきり見抜けたということは、相手は間違いなく……シノザクラの樹上にいる。それも噴水の……すぐ左!
「そこだっ!」
カサンドラは地面を蹴った。どこの誰だか知らないが――コソコソ闇討ちなんぞをしてくれたツケ。存分に払って貰おうではないか。
前世からの呪われし竜騎士――このカサンドラ・ノーチェスを、ナメるな!
「“
ジャンプからの、強烈な槍の一撃。カサンドラの技が決まった瞬間――その相手は、悲鳴を上げて樹上から落下してきたのだった。