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<第七話・忌々しい存在>

「あああもうっ!腹立つ!すげぇ腹立つ!!」

「ははっ、お前昨日からそればっかり。すげーご機嫌ナナメだなおい」

「うっせえよ!」


 高等部の二年生、ケイニー・クラウンはイライラと足を踏み鳴らしていた。午前中の授業はこれで終わり。いつもならこれからそれなりに楽しみな昼食の時間が待っているというのに――昨日の出来事があってから気分の悪さがまるで収まってくれない。

 あのウザッたらしい高等部一年の後輩、ショーン・トレイ。コソ泥ジョブに相応しい、臆病者で足だけは速いあのクソガキ。いつもうじうじしていて、それでいて教師にはそれなりに受けがいいのが気にくわなくて、最近はすっかり自分達の標的になっていた人物だ。

 クラウン家がカナシダ王家の遠縁の公爵一族だというのは、わざわざこちらが語らずとも皆知っていることである。ケイニーが少し父親に告げ口してやれば、教師だろうと生徒だろうと簡単に学園から追い出してやれるのだ。それゆえに、皆が少なからずケイニーのご機嫌を取ってくるし、それが当たり前なのである。この取り巻きの友人達も、ケイニーの権力目当てということくらいわかっているのだ。モヤモヤしないこともなかったが、それはそれで気分の良いことでもある。誰も自分に逆らえない。この学園での王さまは自分なのだ。これが爽快でなくてなんだというのか。

 それなのに。あのビビリなショーンときたら、チキンハートくせに自分にまるで媚を売ろうとしないのである。きっかけはそう、たまたま廊下ですれ違ってぶつかってしまった、そんなことだったような気がする。他のやつらなら即座に顔を真っ青にして、自分の許しを乞うべく貢ぎ物の一つもする(最低でも何かを奢ろうとする)くらいはしそうな場面だというのに――あいつときたら、ただ“ごめんなさい!次から気を付けます!”とだけ言って走り去っていったのだ。

 信じられなかった。この自分に!“謝るだけ”で済ませようとするバカがこの学園にいようとは!!そんなものて赦されるとでも思ったら間違えているにもほどがある。ならば先輩として、自分が“正しい礼儀”を教えてやることこそ優しさというものではないか。

 そうだ、これはイジメでもなんでもない。ただの優しさで、教育だ。礼儀を知らなければ痛い目を見る、それが社会だと教えてやろうとしたにすぎないのである。

 それなのに。


「あの金髪女っ!次に見かけたらタダじゃおかねえ……っ!校舎内でダメだってなら、職員も教師の目もないところに引きずり込んでボッコボコにしてやる……!!」

「気持ちはわかりますけど、落ち着いた方がいいッスよ、ケイニーさん」


 取り巻きの一人が、おずおずと声をかけてくる。


「俺あいつ知ってるんスよ。中等部三年の……カサンドラ・ノーチェス。あの女ちょっと有名なんス……。中等部の“鬼のゼーテ”って、ケイニーさんも知ってますよね?ゼーテ・ボイニー。オニキス村の、手がつけられない暴れ車……」


 その名前なら、ケイニーも聞いたことがある。この学園は学費も国の補助が出るため極めて安く済み、庶民や貧民出身で通っている人間も少なくはないのだが。その分、通う人間はピンキリなのだ。格式ある家柄の者から、チンピラ同然の生活をしていたことものある者まで。ゼーテは完全にその後者だった。この学園に通う者は大半が冒険者を目指しているが、中には仕事ではなく強い力をつける為だけに通うことを決める者も存在するのだ。

 それが、いずれ国王軍に入って女王にお仕えする為――とかなら全く問題はない。実際、冒険者にならずに軍属となって、ジョブ資格の能力を発揮する道を選ぶものもそれなりの数に上るからだ。問題は、ゼーテは明らかにそうではないということ。モンクとして力をより鍛えて、力で民衆を支配したいという露骨な欲求が見えるクズだった。まあようするに、この学園の不良と呼ばれるジャンルの連中に該当するというわけである。

 正直、面倒くさい奴だな、ケイニーも思っていたのだ。巨漢で乱暴者、頭も悪いがコントロールもきかない怪物。自分の権力パワーに屈するタイプでもない。どう手綱を繋いでやるか、そう考えていた矢先である。

 最近急に姿を見せなくなったな、とは思っていたのだ。それがまさか、あの女が関係していたとでもいうのか?


「ゼーテの機嫌損ねて、半殺しにされかけてた中等部の一年生を……あのカサンドラとかいう女が助けたらしいんスよね……」

「はぁ!?」

「ボッコボコにされて、ゼーテは病院送りになったとかで……。調べたらあの鉄仮面女、槍術の学年トップだったみたいなんスよ。高等部じゃ竜騎士コースに行くつもりなんじゃないかって言われてて……」

「竜騎士だぁ?バッカじゃねーのか!?」


 思わずすっとんきょうな声を上げてしまった。高等部からそれぞれジョブを選択し、最終的に就きたいジョブの資格取得を目指して勉強していくわけだが。その中でも竜騎士ジョブは極めて特殊で、合格者が少ないことで有名なのである。どれだけ高い身体能力や作戦立案能力があっても、守護竜のお眼鏡に叶わなければ絶対に資格取得は叶わない。そして守護竜達の気難しさは有名な話である。

 だからこそ、竜騎士を目指す者は決まっているのだ。基本的にはよほど自分の力を過信したバカか、現実がろくに見えていないアホのどちらかなのである。


「冒険者になるならいくらでもラクな道があるだろーってのに。まあ俺様に楯突く時点で頭沸いてんのは間違いねえけどなぁ。しかし……」


 竜騎士を目指しているのは馬鹿馬鹿しいとしか言いようがないが。槍術の一位で、あのゼーテをボコったというのが真実なら、捨て置ける問題ではない。教師達でさえあの男を御しきれず持て余していたほどだというのに、あんな少女がどんな手品を使ったのか。

 いくら武器の扱いが上手かったとしても。ジョブ資格を持ってない者達が、普段授業外で持ち歩ける武器などたかが知れたものである。精々、シーフ職が使うような短剣くらいなもの。いくらなんでもあんな小娘が、格闘職志望の巨漢の男を素手でブチのめせたとは到底思えないのだが。


「出任せだろ。確かにただならねーかんじの威圧感はあったし、脚力はすげーとは思ったけどよぉ」


 ケイニーが言うと、仲間達は渋い顔でお互いの顔を見合わせてくる。


「いやわかるッスよ。わかるッスけど……」

「実際にゼーテが病院送りになって休学してるのはマジだからなぁ……」

「どうせ他で喧嘩でもしたんだろ。お前らどこから情報仕入れたか知らねーけど、あの女を過大評価しすぎだろ。そりゃ、顔だけ見ればそれなりに可愛いとか思っちまったけどよぉ」


 だから余計ムカつくのだ、とケイニーは思う。いっそカサンドラが好みの端にも引っ掛からないようなドブスだったら、何を言われても鼻で笑って流せてやったかもしれないというのに。


――あーもう、クソッ!


 悪いことは重なるものである。舌打ちした瞬間、周辺から歓声にも似た声が沸き起こった。見れば廊下をたまたま歩いていた生徒達や、立ち止まってお喋りをしていた学生達が皆揃って色めきだっている。彼らが見つめるのは、自分達が向かおうとしていた中庭とは逆方向だ。

 何度も見覚えのある、この光景。大嫌いなヤツが来やがった、とケイニーはそちらを振り向き思いきり睨み付けた。


「ケイニー・クラウンだな。探したぞ」


 こちらに歩いてきたその人物は、一目見て黒魔導士と分かる黒紫のローブを身に纏っている。腰まで届く長く艶やかな黒髪に、サファイヤを嵌め込んだような青く深い色の切れ尾の瞳を持つ青年。皆が歓声を上げるのもわかる。悔しいことに同性とわかっていても見惚れるほど美しい人物であることに間違いはなかったのだから。


「……俺に何の用だよ、クオリア」


 クオリア・スカーレット。自分達と同じ、高等部の二年生。そして、黒魔法関連の科目で軒並みトップをかっさらう、エリート中のエリート。黒魔導士コース主席であり、伯爵家の次男という立派な家柄の出身だ。――まあ、自分には及ばないわけだが。


「つか、いい加減クチの聞き方気を付けたらどうだ?俺は公爵、お前は伯爵!俺の家の方が二つも階級が上だってこと忘れてんじゃねぇだろうな!?」

「この学園内ではあらゆる身分による差別が禁止されている。貴族であろうと平民であろうと全てにおいて平等にチャンスはあたえられるべきであるし、貴族の特権をふりかざして弱者を虐げた場合は退学処分も有り得ることである……と。生徒手帳にも書いてあることだが?」

「それは学園の中のことだろうが!いくらお前が黒魔導士を主席で卒業したってな、雇用主に雇って貰えなければ意味なんかねーんだよ!!」

「なるほど、そうやってショーンのことも脅していたわけか」


 いくら怒鳴っても、クオリアときたらどこ吹く風といった有り様である。顔立ちと体格にはまだ幼さが残るが、この冷静沈着な態度と物静かな性格。何度も成人と間違えられたことがあるらしいと聞いている。実際話せば話すほど年齢が迷子になるのがクオリアだ。

 それがまた、自分のような人間を腹立たしくさせるわけであったが。


「単刀直入に言おうか。もう二度とあんな馬鹿な真似はしないことだ。……此処が、王家の援助を経て成り立つ、女王陛下に認められた神聖な学園であることを忘れて貰っては困る。お前達の行動は、見ていて非常に見苦しく、不愉快だ」


 じろり、と睨まれて取り巻き連中が小さく悲鳴をあげるのを聞いた。お前ら情けなさすぎるだろ!となんだかケイニーまで悲しくなってくる。確かにクオリアの実力はヤバいし、本人以上に非公認親衛隊の連中の圧力がマジで怖いのは確かだ。ここでクオリアに下手なことを言えば、今もこちらを警戒心バリバリで伺ってらっしゃる怖いオネエサマ達が何をしてくるかわかったものではない。

 けれど!だからといって!まるでこちらが全部悪いかのように否定されて――黙っているなんてどうしてできようか!


「あ、あのなぁ!」


 声がややみっともなくひっくり返ったが、ケイニーは続きを口にしようとした。さすがに此処で引いては、公爵家の次男として面目丸潰れもいいところではないか!


「お、俺はな!お前なんかなぁ!!」


 そう、言いかけたまさにその時である。学園の校舎全体に、巨大な地鳴りが響き渡ったのは。

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