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<第五話・貫く信念>

 カサンドラが助けた少年は、幼い見目ながら高等部の生徒であるらしかった。盗賊シーフジョブのコースに在籍しており、いつもあのイジメっ子連中にカツアゲされて困っていたらしい。


「僕、ショーン・トレイって言います。落ちこぼれですけど、シーフジョブで冒険者を目指してます。助けてくれて、ありがとうごさいました」


 ボサボサの髪に眼鏡をかけた少年は、へらりと笑いながらカサンドラに礼を言った。――カサンドラは不思議でならない。この学園に通っている生徒の大半が寮生活だ。つまり、着替えなどはすぐ取りに行けるのも間違いはないのだが――殴られて、お茶を引っかけられるような真似までされて、なんで平気で笑っていることができるのだろうか。


「……カツアゲって。そんなもの、言うことを聞く必要なんてないですよ?私だったらとりあえず一発ブン殴りますけど」

「いやいやいやカッシー、それお前だけだからな?普通の人間はもう少し穏便にものを解決しようとするからな?」

「穏便に解決するべき相手としなくてもいい相手がいると思います。先ほどの連中は後者と判断しましたが」

「お前見た目に反して喧嘩っ早いよな知ってたけど!!」


 なんでそんなテリスは必死になってツッコミしてくるんだろう。カサンドラは訝しく思う。自分、そんなにおかしなことは言ってないはずなのだが。


「カサンドラさんは強いなあ。……そうですよね。本当は、あんな奴等の言うことをホイホイ聞いてたらダメなんですよね……」


 そんなカサンドラとテリスのやり取りを見て、悲しげに息を吐くショーン。


「でも駄目なんですよう。……あいつら、っていうかあのグループのリーダーの機嫌損ねると、すっごく面倒なことになるんですよね……」

「どういうことですか?」

「この学園を無事に卒業してジョブ資格を得ても、それで終わりじゃないのはご存知でしょう?その後学園のギルドに所属して、そのギルドに求人出してる企業や市町村に応募して、お眼鏡に叶ったら念願の冒険者デビューができるわけです。有名なパーティとかになれば、こっちから応募しなくても企業側が依頼をかけてくれるようにもなるわけですが……駆け出しの冒険者は、こっちから売り込みにいかないと雇っては貰えませんよね」


 確かに、そういう仕組みにはなっている。自分達がこの学園で取れるのはあくまで“ジョブ資格”まで。つまり冒険者として必要な技能訓練を終えた証明書貰えるようなもの、だ。

 一応便宜上はジョブ資格を持っていれば冒険者を名乗ることは出来るが――きちんと安定した収入を得たいのなら、最初のうちはどこかの企業や市町村のお抱え冒険者になっておいた方が極めて安全と聞いている。何故なら悲しいかな、未開の土地に探索に行くという行為はそれだけでバカにならないお金がかかってしまうからだ。依頼された任務をこなして、その都度雇用主から任務難易度に応じた報酬を貰わなければまず生活が成り立たないのである。そして、そもそもの依頼を定期的に貰うには、まずどこかの企業などと専属契約をした方が妥当というわけだ。

 勿論フリーで冒険者をするグループもいる。しかし現在フリーで活動しているパーティの大半は、どこかの組織と専属契約を経てから独立していった者達ばかりだ。新人は金もないし知名度もない。その両方を得なければ大きな任務はこなせない。そして、今どれほど伝説級の冒険者であったとしても、最初は誰だってヒヨコマークの新人からスタートしているのだ。


「結論を言いますと。……さっきのイジメっ子の親玉の彼……公爵家の次男です」

「うげっ……マジ?」

「マジです。そしてお父さんは貿易会社“ダイヤモンドダスト”の社長さんです」

「うわぁぁぁ……」


 ショーンの言葉に、頭を抱えるテリス。


「あーあーあー……やべーよカッシー!めっちゃくちゃやべーよ!お前ぜってー目ぇつけられたぞ!?」


 まあ、テリスが慌てるのも当然だろう。

 ガーネット王国には階級制度がある。昔ほどの影響力はないが、今でも貴族達には多くの特権が認められていると言って過言ではない。例えば税金の一部免除であったり、国の特別指定施設に無料で入れたり、議会で発言権が大きかったりするのだ。そして、もっと言うとその貴族にもピンからキリまであるのである。

 貴族の階級は下から順に、男爵、子爵、伯爵、侯爵、公爵と分かれている。公爵というのは、貴族の中でも最上位の地位だ。カナシダ王家の親戚などがこれに当たると言われており、その分王宮での発言力も強い。また、貿易会社“ダイヤモンドダスト”は、ダイヤシティに本社を置く最も大きな貿易会社である。島中の川を利用し船で運ぶ物流をコントロールしている会社といっても過言ではない。取引先も少なくはない。そんな企業の社長、そして公爵家。そんな人物に目をつけられて親に告げ口でもされた暁には――卒業できたところで酷く干されるのは目に見えているだろう。テリスが恐れているのは、つまりそういうことだ。


「本当にごめんなさい、カサンドラさん……。僕を助けたせいで、カサンドラさんまで嫌な思いをすることになるかもしれません。悪いのは、指定の日までにちゃんとお金を持ってこれなかった僕なのに……」


 ショーンは心から申し訳なさそうに頭を垂れた。事情はなんとなく理解できた。何も、彼はただ怯えてヤンキーどもに従っていたわけではなかったらしい。ジョブ資格をまだ取ってはいないとはいえ、高等部ともなれば本格的に資格取得のための実地訓練は始まっている。つまり、戦闘能力皆無の生徒は一人もいないのである。抵抗しようと思えば抵抗できないこともない。いくら連中が、大柄でいかにもガラの悪そうな面子であったとしても、だ。


「理解はしました」


 カサンドラは、言う。


「しかし納得するかどうかは別問題です。どうしてショーン、貴方が彼らに金品を渡す必要があったのでしょうか」

「どうしてって……」

「彼らが貴方のために何かをしてくれて、それが正当な報酬だと仰るのなら話は別です。しかしそうではないでしょう?彼らの地位に怯えてお金を渡してどうなりますか。何も解決しません。彼らは“脅せばタダ同然でお金が手に入るのだ”と誤った学習をして……同じことを繰り返すでしょう。ショーン、貴方だけが危険を免れられたらそれで全て終わりなんて、そんなことはないんですよ」


 それはただの一時しのぎにすぎない。

 ショーン自身がまた金を巻き上げられる可能性も充分にあるだろう。


「良いことなど一つもありません。おとなしく言うことを聞いていれば干されないなんて保証もない。だったら……彼らがどんな工作をしてこようが妨害をしてこようが、黙らせられるくらいの実力で捩じ伏せたらいいのです」


 目を丸くするショーンに、カサンドラは言った。


「例えばそう……ジョブ資格者のトップに立った人間をそう簡単に干すことなんて出来ないでしょう?一位になるほど優秀な人間をみんなが揃って避けて通るのはあまりにも不自然。雇わない理由を説明するのも難しくなってくる。圧力、なんてものは公にその存在を明言できないからこそ意味があるものなんです。……私の邪魔をしたい者がいるからそれもそれで構いません。全部薙ぎ払って差し上げるだけです」


 そうだ、とカサンドラは思う。

 あんな奴等がなんだというのだ。自分達で努力することもせず、弱いと決めつけた者から金を巻き上げて楽をして、親の権力をカサに着て偉くなった気になっている。そんな連中にどうして負ける理由があるだろうか。

 自分はこんな場所で躓いてやるつもりはないし、あんな連中に邪魔されて泣いてやるほど殊勝でもない。この程度、トラブルのうちにも入らないことだ。


「ショーン、貴方も……自分が正しいと思うことがあるなら、それを偽らないことです。どんな状況であっても、自分を通すやり方はきっとある。妥協した結果、後で死ぬほど後悔する羽目になったら……それが一番退屈なことではありませんか」


 あれ、と思った。どうしてショーンはそんなポカーンとしているのだろう。

 それを見かねてか、テリスがひらひらとショーンの顔の前で手を振ってみせる。


「ショーンセンパイー?生きてますー?」

「あへっ!?あ、は、はい……すみません!」

「びっくりした?したよな。まあ、コイツこーゆーやつなんで。気にしなくていいぜ。大丈夫、あいつらが襲ってきたらかるーく捻るくらいにはこいつ強いし。ショーンセンパイも、勉強頑張ってなー」

「は、はい……」


 こーゆーやつだから、ってどういうことなのだろう。何をそんなに彼はびっくりしていたのか。カサンドラはぼんやりと時計を見て――ずっこけそうになった。いつの間にかすっかり時間が過ぎている。一限目の講義がもうすぐ始まってしまうではないか!


「テリス……!」

「はいはいはーい、わかってますって!ほら、ダッシュなダッシュ!」


 テリスとは同じクラスだ。当然目的地も同じである。食堂から一番遠い西棟での講義――間に合ってくれるだろうか、と僅かに残っていた食事を掻き込みながら思う。こんなところでマイナス評価を食らうなど悲しいにもほどがあるではないか!


――……クシル。我が主クシル。貴方もこの学園のどこかにいるのでしょうか。


 彼ならこんなバカなミスなんぞしないだろうにな。そんなことを考えつつ、カサンドラは大急ぎで椅子から立ち上がったのだった。




 ***




 もうすぐ授業が始まる、という時間。

 誰もが慌ただしく講義室への移動を開始している中で、一人不自然に佇む人物がいた。

 頭から下まで、真っ黒なローブを着込んでいる。フードを被っているせいで、その下の面を見ることは叶わない。ただ、何より不自然なのはそんな不審者丸出しの格好をして食堂の隅に立っているにも関わらず、誰もその人物に目を向ける者がいないということだ。当然声をかける者もぶつかる者もいない。まるで幽霊かアヤカシに化かされてでもいるかのよう。この場所にいる多くの人間たちにとって“彼”はそう、まさに――存在しない者、だった。


「……なるほど。あれが“神贄の騎士”……か」


 フードの下から、“彼”が目で追うのは――食堂から早足で出ていこうとしているカサンドラの後ろ姿だ。


「そして、転生者。……なるほど、魔女が目をつけるわけだ」


 低く呟き――その姿は、陽炎が揺らめくように消えていく。

 既に物語は始まっているのだ。

 誰かが願うがまま、誰かがそうであれと、記し続けるままに。

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