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<第二話・王国、ガーネット>

 カサンドラが生きるこの場所は、ある広大な世界の島国である。

 一応は王国として成り立っているが、一部自治区も存在している。王国の名は、“ガーネット”。遠い昔に、はるか彼方の大陸から海を渡ってきた者達がこの国の先祖だった。

 学校で学ぶ歴史によれば――かつて大陸では大きな戦争が巻き起こっていたのだという。それはそれは凄惨な争いで、軍需工場のみならず普通の人々が住む場所にも次々兵士が押し寄せ、火が放たれ、多くの罪なき一般市民が大量に戦闘の巻き添えになって死んでいったのだそうだ。命の危機を感じたとある小国の貴族、カナシダ家の一族は船を作り、命からがら大陸から逃れてきたのだという。

 そして、辿り着いたこの島に自分達だけの国を築いた。それ以来おおよそ千年。この島は外界から完全に隔絶され、独自の文化を築き進化を遂げていったのだという。

 今、大陸がどうなっているかを知る者は誰もいない。

 そもそも、歴史書に記されている歴史が本当に正しいのかさえわからない。

 それは島から出て、長い距離を安全に航海する術が見つからなかったのもあるし――カナシダ王家が、外界に行けば災いと争いの種を引き込むとして、島の外に出ていくのを禁止したからというのもある。

 ゆえに此処は、一つの国だけで完結する島国だった。島とはいっても非常に広い。千年も過ぎたのに未だに未開の土地が大量に眠っている。増えてきた人口を養うためには、その未開の土地を少しずつ開拓し、潤沢な資源を入手し続ける必要があった。ただ、それには大きな問題があったのである。

 先祖が移り住んできた時、この島は僅かな先住民族が暮らすだけの、殆ど無人島に近い存在であったのだそうだ。その僅かな先住民族以外に存在していたのが、数多の種類を誇るモンスター達である。未開の土地の多くが彼らの縄張りだった。彼らを打ち倒すか共存する道を探さなければ、土地に眠る多くの天然資源を入手することは叶わない。だが、普通の人間が太刀打ちできるほどモンスター達は甘い存在ではなかったのだ。

 そこで国や貴族、あるいは村単位で募集されたのが。そういった土地を探索し、調査し、資源を入手して帰ってくることのできる――勇猛果敢にして強靭な、冒険者達である。

 魔法や剣の技術を磨き、正式にジョブ資格を得た者は冒険者としての求人に応募することができる。冒険者達は基本的に五人一組のパーティで動くのが通例だ。パーティはそれぞれが雇用主の求めに応じて、西へ東へと危険な土地を探索していくのである。

 命を落とす可能性もある、非常に困難な任務、そして職。しかしそれに見合う収入があり、仕事を安定してこなせば億万長者さえ夢ではないとされる仕事でもあった。多くの危険な任務をこなした冒険者は尊敬され、時には崇拝に近い感情を向けられることさえあるのだ。ゆえに、冒険者を志す者は後を絶たないのである。ある者は安定した収入のために――ある者は勇敢な先人達に憧れて。

 カサンドラが通うこのダイヤモンド・アカデミアは、ガーネット王国首都“ダイヤシティ”の、国立教育機関であった。中高一貫校であり、遠い地方からこの学園に通うため親元を離れて寮生活する者も少なくない。理由は単純明快。この学校が最も優れた、冒険者の育成と資格取得に特化した学校であるからである。無事に卒業すれば、選んだコースのジョブ資格を取得することができ、正式な冒険者として雇用主を探すことが出来るのだ。

 冒険者の志望者は多い。

 しかし、国や企業の募集は途切れることがない。

 それはつまり、どれほど希望者が多くても慢性的に人手不足に陥っている――つまり、それほど命を落とす若者が多いということを意味していた。


――命を落としかねない危険な仕事……。そして、同じだけ人々の役に立てる仕事…。


 カサンドラは朝食を食べながら黙々と考えていた。


――何度転生しても、あの方の根本的な性格や性質は変わらない。男になっても女になっても同じだった。ならこの世界ならきっと……あの方もまた、冒険者を志しているはずだ。


 あるいは、既に旅立っているかもしれないが。高い確率で、まだそうではないだろうとも踏んでいた。今までの経験上、カサンドラとあの方の年齢が離れることはそうそうない。年が違ってもほんの少しどちらかが年上になるという程度だ。なら、彼あるいは彼女が飛び級でもしていない限り――まだ資格取得には至っていないことだろう。

 大切なたった一人の人を守るため、異世界への転生を繰り返してきたカサンドラ。あの人の結末と、起こる出来事には一定のルールがあることもわかっている。そのうちの一つが、自分とあの人はどこかで繋がっている、ということ。不思議とあの人を見つけられない世界はなく、カサンドラがあの人を見つける前にあの人に死なれてもらうこともなかったのだ。

 なら、必ずどこかで出会うことができるはず。そのためにも、カサンドラはあの人が最も選びそうな仕事に就くべく、この学校に入学を決めたのだから。


「よー、カッシー。今日も相変わらず素敵に無表情だな!」


 ぽん、と肩を叩かれて振り返れば、同期の友人が立っていた。テリス・マルシエ。あっちこっち元気にハネた黒髪黒目が特徴的な少年は、明朗快活に手を上げて挨拶してきた。鉄仮面とも揶揄されるカサンドラにも気さくに話しかけてくる、入学当初からの友人である。出会ったきっかけは単純明快、たまたま入学式で隣の席に座ったから――だった。


「素敵に無表情……なんか、変です」

「そうか?カッシーはせっかく可愛いんだからもっと笑ってもいいんだぜ?表情筋鍛えようぜ表情筋!あ、でもそれでモテたらちょっとムカつく気もする!!俺よりモテるようになったら許せんからな!!」

「何で貴方はそんなに女の子にモテることを気にするんですか……謎です。結婚は二十歳を過ぎないと出来ませんし、この御時世では四十代で結婚する人も珍しくはないんですよ?」


 ちなみにカッシー、というのはカサンドラ、の愛称だ。自分をこう呼んでくる人間は極めて限定的ではあったが。


「年齢とカノジョいない歴が一致していたって、別にいいじゃないですか。私だって誰かとお付き合いしたことなんてないですし、あの伝説の剣士“ジャスト”さんだって独り身だったはずですよ?」


 ジャスト。冒険者を志す者で、彼の名前を知らぬ者など皆無だろう。筋骨隆々、大剣豪快に振り回し、討伐が困難とされてきたドラゴン種も軽々と捩じ伏せるその様は何度も雑誌や新聞で特集されてきたものだ。彼に憧れて冒険者を志した者もきっと少なくはあるまい。恐らく、目の前にいるテリスもその一人だろう。既に五十歳間近という年齢でありながらまだまだ現役で戦い続ける生きたレジェンド。彼も確か、結婚はおろか恋人の類いもいなかったはずである。

 しかし。


「ちっがーう!あの人はいんだよ、仕事が恋人だからいーの!あのなカッシー。恋人が“いない”のと、恋人を“作れない”じゃ天と地ほども差があるわけっ!?おわかり!?」


 テリスには気にくわなかったらしい。くわっ!と拳を突き上げて力説して見せる彼。


「出来るけど作らない人なんぞ参考にならんのだよ!ジャストとお前はその類いなの!俺は違うの!モテたいけどモテないのっ!?この空しさわかります?顔がいいやつにはわかんねーんだろどうせ!!」

「そうですね、わかりません」

「即答!」


 わかる努力もしてくれねーのかよおおお!と悶え始めるテリス。相変わらず鬱陶しい。卵焼きについていたウインナーをフォークでぶっさしながら思う。こいつのトゲトゲ頭もなかなかぶっ刺し甲斐がありそうだな、と。あまりにも食事の邪魔を続行してくれるようなら決行しようそうしよう。

 というか、この男はご飯は食べ終わったのだろうか。この食堂で朝食が出る時間は限られている。早く食べなければ間違いなく食いっぱぐれてしまうのだが。


「テリス、ご飯は食べたんですか?昼まで同じ授業なのに、ずっと横でお腹鳴らされたりしたら鬱陶しいんですけど」


 はっきり言ってやれば、冷たい!と甲高い声が返ってくる。


「食べました!ちゃんと食べましたよもう!」

「そうですか。じゃあ私のご飯の邪魔でもしに来たんですか?」

「ちっがーう!訊きに来たんだよ、お前はどのコースにするのかって!このガッコに通ってるってことは、お前も冒険者を目指してるんどろ?」


 ナイフとフォークを動かしていたカサンドラの手が止まる。そうだった、とここでやっと思い出したのだ。この学校では高等部から、ジョブごとにコースを選択して訓練を始めるのだ。どのコースにするかによって取得できる資格が変わってくる。締め切りはもうすぐに迫っていた。まだ申請の用紙は、カサンドラの手元にある。


「……まだ、用紙出してないです」


 希望するジョブが、ないわけではなかった。

 それでもまだ提出していないのは、少し躊躇うものがあったからだ。


「へえ。優等生のカッシーが珍しいな。即決するのかと思ってた」

「まだ迷ってるだけです。そういうテリスはどうなんですか。希望は決まったんです?」

「まあねぇ」


 へへへ、と少しはにかんだように笑ってテリスは言った。


「俺は、白魔導士にしようかと思っててさ。予想外?」


 その言葉に、カサンドラは目をぱちくりとさせた。彼の言うとおり、予想外には違いなかったからである。

 何故なら人一倍ジャストに憧れていたフシのあるテリスだ。てっきり彼と同じ剣士を志すかと思っていたのに。


「……ええ、意外でした。理由をお聞きしても?」

「理由なあ。……やっぱり、安定してるってのが大きいかね。白魔導士は一番雇用率たけーもん。剣士ほど数も多くないし……ヒーラー雇わない企業や国はどこにもないからなあ」


 それはそうだ。剣士がいないパーティはあっても、白魔導士がいないパーティはまず存在しない。冒険は基本的に長丁場になる。回復なしで乗りきれる討伐は殆ど無きに等しいだろう。


「それにさ。……白魔導士の力は、仕事以外でも役立つし。俺、誰かを助ける仕事がしたかったんだよな。かといってジャストみたいにムキムキじゃねーし、シーフ系できるほど足も速くねーし。そう思ったらさ。白魔導士ってのは妥当な選択だと思うわけよ。魔力の値なら他のモンよりマシだしなー」


 カッシーは違うだろ、とテリス。


「お前は割りとオールマイティだけどさ。就こうかどうか迷ってるジョブは、後衛職じゃないだろ?」

「なんでそう思うんです?」

「思うだろ普通!あのとんでもない脚力を見たらさ!!」


 キラキラした眼で、テリスはずばりと告げた。


「ズバリ!お前が就きたいと思ってるジョブは……竜騎士だ!どうだ、当たってるだろ!!」


 彼には、カサンドラの事情を話していない。むしろ、カサンドラは多くの場合自分の正体や目的を誰かに話すということはしない。巻き込みたくないのもあるし、そもそも前世の記憶を残しているなんてこと自体、どうして信じて貰えるだろうか。

 だから、テリスは何も知らない。

 実際竜騎士のコースに入ろうかカサンドラが迷ってるということも――どうして迷っているのか、その理由も。


「……そうですね、正解です」


 竜騎士。――そのジョブや能力は、かつてカサンドラが生きていた世界にも存在していたものだ。


「でも……迷ってるんですよね。それでいいのか、どうか」


 自分に一番向いているのは間違いない。それでも迷ってしまう理由はひとつ。

 竜騎士は、自分が――カサンドラが。転生を始める一番最初の世界で就いていた職であったからだ。

 竜騎士・カレン。それが一番最初の、カサンドラの名前。

 そしてあの人を初めて失った――あの日のことを否応なしに思い出させる、そんなジョブでもあったのだ。


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