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第23話 侵入

「春馬君は小夜さや大蛇おろちのお嬢ちゃんと一緒にスーパーへ入ってくれ。鼠神そじんたちと話をつけてきてくれるかな? 「キング直々じきじきの出陣だから鼠神の連中が構えちゃってねぇ……俺と睡魔はここでキングを守るよ」

「……」


 ひろしは苦笑しながら指示を出しているが、春馬は何となく嘘を言っている気がした。根拠があるわけではない。寛には何か別の目的があるのではないか? と、直観的に感じていた。寛は春馬が抱く疑念なんて気にせずに続けた。



「キングの使いだと言えば……鼠神の奴ら、喜んで喰魂じきこんの居場所を調べてくれるよ。それに、自分の目的は自分で果たす……そうだろ?」



 そう言いながら寛は春馬にバットを手渡してくる。バットの表面には梵字で退魔の文言もんごんが彫りこまれてあった。



「寛さん、ありがとうございます」



 春馬は再びバットを受け取った。寛が言う通り家族の問題。自分で決着をつけなければならない。春馬が緊張した面持おももちになると寛は大袈裟に肩を組んできた。



「なあに、心配すんな。小夜を護衛に付けてやるから」

「わたしは春馬のボディーガードなんかじゃないよ」



 小夜は鋭い口調で反論し、春馬をちらりと見る。



「ねえ、春馬。自分の身は自分で守ってよ」

「う、うん……」



 春馬はバットを見つめながら頷いた。隣では禍津姫まがつひめが小夜を睨んでいた。



「小夜……そなた、デッドマンズハンドの活動で春馬が傷ついたらどうなるかわかっておろうの?」

「ハイハイ、わかってるよ。わたしを喰らうんでしょ」



 小夜も禍津姫を睨み返している。二人のやり取りを見ていた寛はニヤニヤと笑い始めた。



「春馬君は二人の美女をはべらせて堂々と乗りこむんだ。ギャングスターみたいでカッコイイだろ? まあ、アレだ。スーパーに正面から入って、店員を捕まえて、一発かませば鼠神どもはおとなしく言うことを聞くよ」

「兄さん、わたしたちは対話しに行くの。鼠神が喰魂じきこんの居場所を探してくれるなら何も問題はないでしょ?」

「ああ、おとなしく探しくれるならな」

「じゃあ、よけいなことを言わないで……あ、そうだ」



 小夜は何かを思い出すと春馬の肩を叩いた。



「ねぇ、春馬。春馬のご両親にはわたしの家で勉強会をしてるって言っておいたから」

「え!? そうなの!?」

「うん。さっき、連絡したんだ。停学中に無断で出歩いたらもっと問題になるし、ご両親も心配するでしょ? 睡魔義姉ねえさんの大人の力も借りたけどね……だから、安心して」



 確かに、停学処分の初日に夜遅くまで出歩いていたら両親は心配するだろう。春馬は小夜の気配りが嬉しく思えた。



「小夜さん、ありがとう。僕、頑張るよ」

「変に張り切らないでね」

「二人とも、そろそろ参るぞ」



 禍津姫に促されると春馬はバットを肩に担ぎ、スーパーへ向かって歩き始めた。小夜と禍津姫は春馬の左右に並んで足並みをそろえる。



──僕は夏実を救うんだ。やってやる……。



 春馬は静かに覚悟を決めて何度もバットのグリップを握り直す。バットを持って来店するなんて非常識だが、夏実を想う気持ちで良識をねじ伏せる。いつの間にかひたいには玉の汗が浮かび上がっていた。


 春馬の右隣では黒いパーカーを着た禍津姫が艶やかな黒髪を街灯や月明かりにきらめかせて進む。漆黒の瞳は太古を生きた神獣が持つ妖しさを秘めていた。


 そして、春馬の左隣りでは白いパーカーを着た小夜が栗色の髪を夏の夜風に揺らめかせて歩いている。小夜は一度だけ大きく伸びをすると真っすぐに前を見つめた。眼差まなざしはやはり嗜虐性しぎゃくせいを秘めている。禍津姫と小夜は色違いのパーカーを着た双子のようだった。やがて、来客センサーが反応して自動ドアが開くと三人は足並みをそろえて店内へ入った。



×  ×  ×



「誰もいないじゃん……」



 店内へ足を踏み入れた小夜さやは拍子抜けした。客の姿はおろか店員の姿もない。すると、春馬が用心深く辺りを見回した。



「小夜さん、さっきの自動ドアに『営業は20時まで』って書かれていたんだ。お客さんはともかく、店員さんがいないって、おかしいよ……」

「そうだよね。もしかしたらわたしたちを怖がって逃げたのかも……」

「いや、るぞ」



 小夜の言葉を禍津姫まがつひめが即座に否定する。



鼠神そじんたちのを多数、感じるのじゃ」

禍津姫まがつひめさん、そうなの?」



 熱という単語を聞いて、春馬は生物の授業で習った『ピット器官きかん』を思い出した。蛇の一種には『ピット器官』という熱を探知する特性が備わっている。蛇は『ピット器官』を使って暗闇でも鼠を捕らえてしまう。禍津姫にそういった能力があっても不思議ではなかった。



「じゃあ、見えないだけでここには……」



 春馬が話しを続けようとしたとき、フッと店内の電灯が一斉に消えた。電灯だけではない。冷蔵庫や換気扇までもが同時に停止する。



「誰かが、ブレーカーを落としたようね」



 小夜は腰のベルトに取り付けたホルダーから三段警棒を取り出し、シャフトを伸ばして身構える。春馬も慌ててバットのグリップと中心部を握り、ゆっくりと前へ進んだ。やがて、小夜は店内へ向かって呼びかけた。



鼠神そじん九兵衛きゅうべえさん!! わたしは鈴宝院れいほういん当主、鈴宝院臣れいほういんおみの使いでやってきました!! 緋咲ひさき小夜さやといいます。協定を守って姿を見せてください!!」



 小夜の声は店内全体へ響き渡った。しかし、答えは返ってこない。



「どうして……」



 小夜が焦り顔になると隣で春馬が首を傾げた。



「えっと、小夜さん。小夜さんは九兵衛さんを知っているの?」

「……知らない」

「じゃあ、呼びかけても無駄じゃないかな。一度戻って、九兵衛さんを知っている寛さんに……」

「春馬、何を言っているの? 兄さんだって九兵衛さんを知らないよ」

「?? だって今、協定って……?」

「それは……鈴宝院家の先代さまが協定を結んだから」

「????」



 春馬は意味がわからなかった。寛は「九兵衛に会いに行くんだろ?」と、九兵衛を知っている口ぶりだった。何が何だかわからない。すると、禍津姫が口元に笑みを浮かべた。



「ふふふ。九兵衛とは鼠神の統領を指す名じゃ。鼠神そじんの一族は時の統領が『九兵衛きゅうべえ』を名乗るのじゃ。先代が亡くなれば子が。子が亡くなれば孫が。子孫がいなければ眷属が。そうやって一族を守る……まるで幕藩体制下の大名じゃ」



 禍津姫は面白そうに語りながら周囲を見渡した。月明りと避難経路を示す緑の非常灯がぼんやりと辺りを照らし出している。店内は思ったより広く、雑貨売り場や生鮮売り場の奥には農機具を展示販売するコーナーまであった。



「これで隠れているつもりとは……児戯じぎにも等しいのぅ」



 禍津姫はため息まじりにつぶやいて春馬を見た。



「春馬、少し力を解放してもよいか?」

「えっ!?」

「ダ、ダメ!! 春馬、話し合いに来たんだよ!!」



 小夜が慌てて割って入る禍津姫は呆れて眉根をよせた。



「小夜、そなたも兵仗へいじょうを構えているではないか」

「こ、これは護身のためで仕方なく……」

「ふふふ、安心いたせ。わらわの存在を知らしめるだけじゃ」

「知らしめる?」

「さよう。鼠神は根がとても臆病で警戒心も強い。だから、わらわがここにることを教えてやるのじゃ」

「それって、逆効果でしょ。逃げ出しちゃったらもうどうしようも……」

「いや、わらわの呼びかけだけは絶対に無視できぬ。わらわの呼びかけに応じねばどうなるか……の一族は痛いほどよく知っておる。往時おうじを知らなくとも、が覚えておろう」



 禍津姫は再び春馬を見た。



「春馬、夏実を救うためには鼠神の力が必要なのであろう? ここで逃げられれば、元も子もないぞ」

「わ、わかったよ。でも、どうやって禍津姫さんの力を……?」



 考えてみれば、確かに春馬は禍津姫と神約しんやくわした。しかし、どうやってその力を使えばよいのか全くわからない。



「願うがよい。わらわの名を呼び、一言ひとこと、『許す』と言うのじゃ」



 禍津姫の隣では小夜が不安げにこちらを見つめている。春馬は一瞬だけ躊躇ためらったが、すぐに気を取り直した。禍津姫の瞳をジッと覗きこむ。



「禍津姫、僕の願いを叶えよ。僕は力の行使を許す!!」

「……相分かった……」



 春馬が呼びかけると禍津姫は嬉しそうに目を細めた。

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