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第22話 夜空

 春馬たちを乗せた黒いハイエースが夜の幹線道路を進んでゆく。鈴宝院れいほういん当主であるおみが乗っているため、ハイエースの前後は黒塗りの高級車が護衛している。物々しい車列だが、ハイエースの車内では女の子たちの明るい声が飛び交っていた。



「ちょっと、禍津姫まがつひめ!! わたしと服がかぶってるじゃん!!」

「仕方ないじゃろう。わらわにとって小夜さやは『ふぁっしょんり~だ~』じゃもの」

睡魔すいまさん、夜だというのに外がこんなに明るいなんて!! それに、車がたくさん走っていますよ!!」

「そうですね、おみさま。あの高いところにある大きな道路は高速道路ですよ」

「いっぱいスピードを出しても大丈夫な道路ですよね!? ボク、ちゃんと知っています!!」

「ふふふ。呪縛者の末裔よ、高速道路ならわらわも知っておるぞ」

「禍津姫、臣さま相手に調子に乗らないで!!」

「あまり怒るでない。小夜はうるさいのぅ……」



 みんながはしゃぐと車内の喧騒は激しさを増してゆく。それもそのはずだった。小夜と禍津姫は性格が噛み合わないが、お互いを補い合うところもある。本人たちは認めないだろうが傍目はためには仲のよい友人同士だった。


 臣も初めて目にする景色に感激して睡魔に質問を重ねている。ネットやテレビで外の世界を知ってはいても、実際に目にした感動はやはり大きい。見るものすべてに心を奪われていた。


 車内はまるで観光にでも向かうような雰囲気で、これから鼠神そじんと対峙する緊張感はない。それでも、春馬は嬉しかった。



──みんな、夏実を救うために来てくれた。そして、そのなかにはちゃんと僕もいる……。



 助手席に座る春馬は後ろで交わされる会話に耳を傾けながら、その輪の中にいる自分を誇らしく思っていた。



──それにしても、ここって……?



 辺りの景色に気を配っていた春馬は運転席へ顔を向ける。



「寛さん、どこへ行くんですか?」

「ん? 鍵屋かぎやの東部にある農村だ」



 タバコが吸えないためか寛は少し苛ついている。春馬は声を小さくして質問を続けた。



「いわくつきの洋館でもあるんですか? それとも廃屋とか?」

「いや、あるのはスーパーだ。産直さんちょくとコンビニが合体した中規模スーパー」

「スーパー? そこに鼠神がいるんですか?」

「ああ。いっちょ前に人さまへ野菜を売って経済活動をしてやがる。いけ好かねぇだろ?」

「……」

「鼠神は外見じゃ人間と区別できない。だから簡単に人間社会にざりこむんだ」

「そうなんですか……でも、区別できないならどうやって見分けるんですか?」

「そりゃ、春馬君や大蛇おろちのお嬢ちゃんと一緒だよ。目を見ればわかる。目は人間だけじゃなく、『神域しんいきの住人』や『幽世かくりよの住人』にとっても心を映す鏡なんだ」

「下郎!! 大蛇のお嬢ちゃんとはわらわのことか!?」



 突然、後部座席から禍津姫の咎めるような声が聞こえてきた。



「春馬が隣にいるからと思うて調子に乗るでない。わらわをからかうなら……」

……でしょ?」



 小夜が禍津姫の口調を真似しながら笑ってみせる。禍津姫は「えっ!?」と目をパチクリとさせて呆気あっけにとられていた。すると、臣と睡魔がクスクスと笑い、春馬と寛もつられて笑顔になる。禍津姫はムゥと頬を膨らませた。



「さすがは『ふぁっしょんり~だ~』じゃ。やりおる」

「だから、ファッションは関係ないじゃん」



 小夜が苦笑いを浮かべると禍津姫の口元もほころんだ。車内では誰もが笑顔になり、賑やかな会話はいつまでも続いた。



×  ×  ×



 車列が広域農道へ入ると道はだんだん物寂しくなり、人家の灯りがチラホラと見えるだけになった。目的地が近いためか車内は沈黙が支配するようになっている。



「こんな所にスーパーなんてあるんですか?」



 春馬は沈黙に耐え切れなくなってひろしへ尋ねた。間もなく夏実を救う手がかりに会える。そう思うと気持ちばかりが焦ってしまった。



「……」



 ひろしは答えるかわりにクイッと顎を前へ突き出した。春馬が前方を見ると先頭車両がウインカーを上げながら右折していた。車道ぞいには『篠津しのつ総合スーパー』と書かれたネオンサインの看板が出ている。LEDが切れかかっているのか、ネオンサインは所々で不規則に点滅していた。


 さらに進むと田園風景のなかにスーパーが見えてくる。時刻は夜の9時を回っているが店内の電灯はまだついていた。店内に人影は見当たらないが、駐車場には店員のものとおぼしき車が数台とめてあった。春馬たちは駐車場の中央に一列縦隊じゅうたいで停車した。



「あ~やっと着いた!!」



 30分ほどの運転だったが、寛にとってはタバコの吸えない窮屈な時間だった。車外へ出るなり大きく伸びをしてタバコに火をつける。そして、タバコを咥えたまま降りてきた睡魔すいまに語りかけた。



「なあ、ハニー。俺たちが来るってことはにちゃんと伝えたんだろ?」

「ええ。これから行くって伝えたわ」



 睡魔は携帯灰皿を差し出しながら答えた。寛は「サンキュー」と言いながら携帯灰皿を受け取り、改めて『篠津しのつ総合スーパー』を眺めた。その目つきはどこか憎々しげで怒気を含んでいる。



鈴宝院れいほういんの当主がわざわざ出向いたってのに……挨拶すらしねぇとはいい度胸だ。ネズミだからなぁ~を忘れているのかもなぁ~。まあ、いいさ。今はキングがいらっしゃる♪」



 寛は怒りを抑えて不敵な笑みを浮かべる。睡魔はそんな寛を一瞥いちべつすると春馬たちにも車外へ出るように促した。春馬、小夜さや禍津姫まがつひめおみが次々と外へ出る。夜空を見上げた臣は思わず感動の声を漏らした。



「うわぁ……」



 夜空には無数の星々がまたたき、手を伸ばせば届きそうな気がする。こと座ベガはくちょう座デネブわし座アルタイルが織りなす『夏の大三角形』を知っているが、見るのは初めてだった。あまりに壮大で美しく、讃える言葉がすぐに出てこない。臣は深呼吸をしてからようやく口を開いた。



「夏の星空はこんなにも綺麗だったのですね。稲邪寺とうやじから見上げる夜空も素敵ですけど……やっぱり、星空は違いますね」



 稲邪寺では夏場、巨木の葉が空を覆い隠してしまう。樹々《きぎ》の葉の合間あいまから見える小さな夜空が臣の知る星空だった。暗い森の中でひっそりと生きてきた臣にとって、さえぎるもののない星空は何よりも美しく見えた。



「すごいなぁ……今にも降ってきそう……」



 臣は角度を変えて何度も空を仰ぎ見る。臣の瞳には淡い光のもやと輝く星々が無数に点在する『天の川』が広がっていた。少したつと禍津姫も臣の隣に立って星空を見上げた。



「わらわも、ゆるりと星空を眺めるのはいつぶりか。確かに、数多あまたの星が輝く姿は綺麗じゃのぅ……」



 禍津姫はきらめく星々を眺めながら右手を臣の頭上へ置いてそっとなでる。臣はキョトンとした顔つきで禍津姫を見上げた。



「禍津姫さん?」 

「いつの世も、またたく星は美しきものよな」

「……はい」



 禍津姫が臣をいつくしむように目を細めると、臣も頷きながらニコリと微笑んだ。もはや禍津姫に臣を憎む様子はない。そして、臣もまた禍津姫を恐怖の対象としていなかった。二人を見ていた春馬はふと物思いに沈んだ。



──考えてみれば……臣君は稲邪寺に、禍津姫さんは鏡の中に、二人ともずっと囚われていた……。



 そんなことを考えていると睡魔の落ち着いた声が聞こえてきた。



「申し訳ありませんが臣さま、そろそろ……」



 睡魔は臣に車内へ戻るように促している。鼠神そじんとの対峙が迫っていた。

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