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第21話 喰魂師

小夜さやさん、お帰りなさい!! 春馬さんも、いらっしゃいませ!!」



 春馬と小夜が稲邪寺とうやじの会議室へ入ると鈴宝院臣れいほういんおみが嬉しそうに出迎えた。隣では緋咲ひさき睡魔すいまがニコニコと微笑んでいる。



「春馬君、いらっしゃい」

「睡魔さん、突然すいません」



 春馬が頭を下げると小夜はその背中をポンと叩いた。



「緊張しすぎ。じゃあ、わたしは着替えてくるから。また後でね」

「う、うん」



 小夜が部屋をあとにすると春馬はたった一人で臣や睡魔と向き合うことになった。



──な、何から話せば……。



 春馬は気のいた会話が思いつかない。、黙りこんでいると臣が身を乗り出して春馬の顔を覗きこんだ。



「春馬さんとこんなにも早く会えるなんて、ボクはとっても嬉しいです!! えっと。今、ボクは学校に通う準備をしててですね……授業のこととか、友達の作り方とか……いろいろ教えてください!!」

「僕が臣君に教えるの!?」

「はい!! どうか教えてください!!」



 臣は友達が遊びに来て喜ぶ子供のようだった。無邪気な姿を見ていると、春馬は本来の目的を忘れてしまいそうになる。



「あ、あの。臣君、僕が来たのは……」



 春馬が恐る恐る切り出すと、それまで笑顔だった臣は真剣な顔つきになった。



「……わかっています。夏実なつみさんの件で訪ねて来られたんですよね? さっき、睡魔さんに寛さんを呼んでもらいました。みんながそろったら、夏実さんを救う手立てをお教えします」

「……」



 臣は春馬が来た理由を知っているかのような口ぶりだった。春馬は機先を制されてうなずくことしかできない。すると、小夜が寛と一緒に会議室へ戻ってきた。


 小夜はデニムのショートパンツに白の半袖パーカーという服装に着替えている。寛はジャケット姿で、飲み物を乗せたトレーを持っていた。



「キング、春馬君、お待たせ~♪」



 寛は得意げに進み出て飲み物を振るまった。



「はい、春馬君には大人のブラックコーヒー。そして、ハニーと小夜にはストレートティー。キングには……蜂蜜をガッツリと使った特製のアイスレモネード!!」

「やったー!! 寛さん、ありがとうございます!!」

「炭酸水も持ってきたから、レモンスカッシュにもできちゃう優れモノ♪」

「本当だ~!! 寛さん、凄いです!!」



 臣は目を輝かせてパチパチと拍手をする。おどける寛と嬉しそうにはしゃぐ臣。二人の雰囲気からは、これから深刻な話をする気配が微塵みじんも感じられない。話を切り出せずにいる春馬を見かねて睡魔が口を開いた。



「あなた、臣さま、春馬君が困ってますよ」

「ああ、そっか。悪い、春馬君」

「も、申し訳ありません……春馬さん」



 二人がたしなめられると小夜はクスクスと笑う。春馬は小夜が隣に座ると小声で話しかけた。



「あの……禍津姫まがつひめさんは呼ばなくていいのかな?」

「え? 何を言ってるの?」



 小夜は怪訝そうに春馬の顔を見つめた。



「禍津姫は春馬の目のなかにいるんだよ。わざわざ呼ばなくても、ちゃんと聞いてるよ。それに、必要だったら出てくるでしょ」

「なんか、気紛れな猫みたいだね」



 春馬はフラリと現れては消える街角の猫を想像した。禍津姫も、ふいに現れたかと思えば、断りなく消える。



「猫って言うより、蛇だけどね」

「そっか……そうだよね」



 小夜が指摘すると春馬は苦笑しながら頷いた。気紛れな禍津姫は今もどかで聞き耳を立てている……そんなことを考えていると臣はさっそく口火をきった。



「実はもう、夏実さんと会ってきました」

「!?」



 春馬が思わず身を乗り出すと臣は落ち着いた口調で続けた。



「正確には『バンテージ・ポイント』という能力を使って、夢の中で夏実さんを見てきました」



 『バンテージ・ポイント』とは、寝ている間に魂魄こんぱくが身体を離れ、時と空間を隔てた場所を観察する能力のことだった。鈴宝院臣れいほういんおみはその独特な能力で過去、現在、未来の様々な事象を観測し、予見するという。


 臣の説明によれば……『バンテージ・ポイント』を使えば、シチュエーションコメディでも観ているように他人の夢を覗けるという。



「そ、それで……夏実は?」

「結論から言えば、夏実さんは夢の中に囚われています。夢の中で『同じ毎日』を過ごしていました」

「同じ毎日?」

「はい。春馬さんの前で昏倒した一日を繰り返しているんです」

「どうして、そんなことに……」

「それは、この事象の元凶が喰魂じきこんと言って……その……」



 臣は会話の途中で辛そうに眉を顰め、俯いてしまった。この先を口にするのを躊躇ためらっている。



「臣君、教えて下さい!! 喰魂師ってなんですか!?」

「そ、それは……」

「キングが言いづらいなら俺から説明するよ」



 言い淀む臣の代わりに寛が進み出た。



「春馬君、喰人じきにんって知ってるかい?」

「いえ、知らないです……」

「まあ、食人しょくじんと言ったらわかるだろ? 喰魂じきこんは食人鬼の一種なんだ。もっとも、喰魂師は書いて字のごとく、人のたましいを喰らうだ」



 寛は忌々しい顔をしながら喰魂師について説明した。



「本来であれば魂の浄化や成仏を祈念するはずの人間が、何かの拍子で喰らう側に回る。それが喰魂師じきこんしだ。聖職者が身を堕として喰魂師になることが多い。夏実ちゃんが同じ毎日を過ごしているのは……家族と過ごす幸せの絶頂から、連れ去られる恐怖のどん底まで……魂が生み出す感情の振り幅が大きければ大きいほど、かてとしての価値が高くなるからだ」

「じゃ、じゃあ。夏実は毎日、連れ去られる恐怖と絶望を味わっている……?」

「ああ、そうだ。喰魂師は夏実ちゃんの魂を喰らって喜んでやがる」 



──なんで、夏実がそんな目に……。



 春馬は怒りで全身の血が逆流し、視界もくらくなった。高ぶる感情を抑えるため、膝へ置いた両手をギュッと固く握りしめる。その仕草を見ていた寛は急に目を細めた。



喰魂師じきこんしのせいで夏実ちゃんの魂はすり減っている。このまま放っておけば必ず死に至るぞ」



 寛は春馬の肩へ手を置いた。



「その前に喰魂師のクソヤローを見つけ出して、徹底的に制裁を加えるんだ」

「……はい。寛さん、その喰魂じきこんってヤツはどこにいるんですか?」



 春馬は静かに尋ねているが、目つきは人を射竦いすくめるほど鋭くなっている。寛の口の端はニヤリと上がった。



「喰魂師は妖怪のたぐいで『神域しんいきの住人』。しかも、雑魚ザコじゃなくて高位の存在だ。居場所までとなると、キングの『バンテージ・ポイント』でも簡単には見つけ出せない。時間がかかっちまう」

「で、でも!! それじゃあ、夏実が……」

「春馬君、焦るなよ。同じ『神域の住人』ならすぐに見つけ出せるさ。じゃの道はへびって言うだろ?」



 『蛇の道は蛇』と言われて春馬は瞳を大きく見開いた。



「そっか!! 禍津まがつひめさんに頼めば……」



 春馬が禍津姫の名前を口にした瞬間だった。



「それはやめておいた方が賢明じゃ」

「「「!!!???」」」



 いつの間にか会議室の椅子に禍津まがつひめが座っていた。深々と腰をかけて細く長い脚を組んでいる。小夜さやと同じ服装をしているが、パーカーだけは黒を着ていた。あまりにも突然の出現で、みんなは同様に目を丸くした。



「禍津姫さん、どうして喰魂師を探してくれないんですか!?」



 春馬にとって喰魂師は復讐の相手。禍津姫が探すのを嫌がるとは思えない。春馬が席を立って詰めよると禍津姫は申し訳なさそうに眉根をよせた。



「それは、わらわの力が強大過ぎるからじゃ」

「それはどういう……」



 春馬が要領を得ずにいるとおみが説明を始めた。



「春馬さん。禍津姫さんは……つまり、八頭やず大蛇おろちは他の神や幽霊にとっても恐怖の対象。復活しただけでも大事件なんです。八頭大蛇が喰魂じきこんを探しているとなったら、きっと姿をくらますでしょう」

「キングの言う通りだ。喰魂師のヤツはびびって逃げちまう。そうなったら、もう手に負えない。そうだろ?」



 ひろしが尋ねると禍津姫は小さく頷きながら春馬の方を見た。



「春馬の仇敵きゅうてきじゃ。喰魂師ごとき、ほふるのは容易たやすい。しかし、探し出すとなると……気取けどられれば、捕まえること生半なまなかには叶わぬ。許せ、春馬」

「それじゃあ、結局……」



 春馬が途方に暮れてうなだれると臣の凛とした声が響いた。



「そこでです!! 『鼠神そじん』のみなさんに頼んでみるのは、どうでしょうか?」


──ソジン??



 春馬が顔を上げると臣はニコニコと微笑んでいる。興味をかれたのか、禍津姫が口を挟んできた。



「ほう。おみよ、この区域に鼠神そじんが根付いていると申すか?」

「はい。鼠神たちとは協定を結んでいます。きっと助けになってくれるはずです」

「それは面妖めんような。あの鼠神そじんたちが退魔を生業なりわいとするそなたらに協力するとは……どのような協定なのじゃ?」

「鼠神のみなさんにはデッドマンズハンドの『狩りの対象』にしないかわりに、何かと協力してもらっています。特に、ボクの『バンテージ・ポイント』では知り得ない情報をもたらしてくれるので、とても便利なんです」

「ふむ、そういったカラクリか。わらわと春馬が交わした神約しんやくではなく、力で鼠神を押さえつけておるのじゃな? 力で神を使役しえきするとは……大した子供じゃ」

「やった~睡魔さん、禍津姫さんに褒められましたよ!!」

「臣さま、よかったですね」



 臣が嬉しそうに隣を見上げる睡魔も静かに微笑んでいた。



「なるほどのぅ……」



 禍津姫は納得した様子で春馬を見た。



「春馬よ、安心いたせ。鼠神は数も多く、神域では情報通として名が通っておる。きっと喰魂師の居場所も知っておろう」

「ご、ごめんなさい。臣君、禍津姫さん……鼠神そじんって?」

「ああ、春馬さんには説明不足ですよね。失礼いたしました」



 臣は鼠神について語り始めた。



鼠神そじん


 鼠神は『神使しんし』や『御先みさき』と呼ばれる、文字通り神の使いだった。有名どころの神の名を上げれば七福神の一柱ひとはしら、大黒天の神使が鼠神になる。鼠神は神の意志を人間に告げる、言わば神域しんいき現世うつしよを繋ぐ橋渡し役だった。


 しかし、いつのころからか鼠神の一部が神域を離れ、人間にふんして現世で暮らすようになった。その数は眷属を含めると万を下らない。臣の言う鼠神は後者のことを言っている。説明が終わると寛が顔をしかめながら補足した。



「人間さまの真似をして社会にまぎれこんでやがる。薄汚いネズミどもだ」 

「寛さん、口を慎んで下さい。協定を結んでいる相手なのです」

「……わかりました、キング」



 不満そうな寛は横目で臣を確認しながら春馬の耳元へ口を近づけた。



「春馬君、鼠神の言うことが全部本当とはかぎらない。必ず疑うんだ」

「は、はい」



 春馬が頷くと寛は立ち上がってみんなを見渡した。



「じゃあ、九兵衛きゅうべえに会いに行くんだろ? すぐに車を用意させる。キングは初陣ういじんですねぇ。油断なさらないようにお願いします」

「は、はい!! 緊張しますけれど、頑張ります!!」



 臣が元気に答えると寛は満足そうに微笑んで部屋を出ていった。



「それでは、みなさんと一緒にお出かけですね!! ボク、初めて稲邪寺とうやじの外へ出るんです!!」



 よほど嬉しいのだろう。臣は期待で目をキラキラと輝かせている。



「睡魔さん、ボクはとっても楽しみにしていたんです!! 小夜さん、春馬さん、禍津姫さん、よろしくお願いします!!」



 臣は頬を紅潮させて早口になる。そうかと思えば、よくかされた黒髪を前へらしながらお辞儀をした。

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