「
放課後になり、小夜が帰り支度を終えて教室を出ると
「どうしたの? 媛さん、何か困りごとですか?」
小夜はわざとらしい笑顔で接してくる。禍津姫はムッとして
「春馬が停学処分とやらになったぞ」
「は!?」
「無期停学処分と言うらしい」
「え……ど、どうして??」
「
小夜には春馬が喧嘩するとは思えなかった。
「何があったの? 何で喧嘩になったの?」
「そなた、直接春馬に聞けばよいじゃろう」
「もしかして、昼間……あなたの雰囲気が変わったのって……え?」
言葉の途中で小夜は目を見張った。一瞬にして禍津姫の姿が
──いったい、何なのよ!! でも、あの春馬が喧嘩するなんて……。
小夜はスマホを取り出して春馬の番号をタップした。
──ちょっと、春馬……出てよ……。
春馬が出る気配は一向にない。代わりに、スマホを見ていると
『今日って会えるかな? 相談したいことがあるんだ』
──涼が相談?
普段の小夜なら、涼に「相談がある」と言われればすぐに駆けつけただろう。しかし、今の小夜は春馬のことで頭が一杯だった。
『少しなら会えるよ』
メッセージを打ちこむとすぐに涼から返信がきた。
『急にゴメン』
『いいよ、気にしないで』
『じゃあ、いつもの駅で』
『わかった。何時にする?』
『もういるから……小夜の都合のいい時間で大丈夫』
『今、学校だから。すぐに向かうね!!』
小夜はスクールカバンを手に取ると駆け足で学校をあとにする。このときばかりは禍津姫の身軽さが羨ましく思えた。
✕ × ×
「涼、ごめん。お待たせ」
「大丈夫。そんなに待ってないよ」
謝る小夜を気づかって涼は微かに微笑んでみせる。やはり、涼からは普段の元気が感じられない。
「どうしたの?」
「いや……別に……大したことじゃないんだけど……」
涼はわざと気丈に振る舞っている様子だった。小夜は涼の隣に腰かけると涼の手をそっと握った。
「小夜……?」
涼は少し驚いた顔をしたあと、小夜の手を強く握り返した。その強さが涼の心配事がただ事ではないと告げていた。
「ねえ、話して」
小夜が優しく
「小夜は幽霊とか怪奇現象に詳しかったでしょ?」
「まあ……ね」
小夜はデッドマンズハンドでの活動を秘密にしている。少し後ろめたく思いながら涼の話に耳を傾けた。
「あのね小夜、わたしの高校で変な噂が立ってるの」
「変な噂?」
「うん。どこにでもあるような学校の怪談なんだけど……わたしが通う高校には『
「『幽霊当番』?」
「う、うん。変な名前だよね……それは校舎の4階、今は使われてない空き教室の掃除当番の別名なんだ。今はわたしがその『幽霊当番』で……」
ここまで話すと涼は言い出し
「ちゃんと、聞いてるよ」
「う、うん」
小夜が微笑むと涼はゆっくりと顔を上げて頷いた。
「誰がいつ始めたのかわからないけど。幽霊当番には『教室にある花瓶の花をきらせてはいけない』っていうルールがあるの。いつも何かの
「どういうこと?」
「この前、クラスの子が幽霊当番だったときに、周りが『もし、花瓶の花をきらせたらどうなるか試そう』って言い出したんだ。その子、本当に嫌がってて……代わりに、わたしが幽霊当番のときに花を飾らないって決めたんだ」
「……」
涼の優しい性格を考えれば容易に想像がつく。涼は友人が困っているのを、見て見ぬふりができなかったのだろう。
──それにしても、涼は何を苦しんでいるの……。
涼は幽霊や学校の怪談を信じるような人間ではない。その涼がこうやって相談するなら、よほどのことがあったのだろう。小夜は静かに涼の言葉を待った。
「最初は何ともなかったんだ。花を飾らなくても、何も起きなかった。でも、最近……教室の掃除をしていると、聞こえるようになったんだ……」
「何が聞こえるの?」
「……
涼は絞り出すような声で言った。繋いだ手も汗ばんでいる。
「最初は誰かの
「なんて話しかけられたの?」
「……『オマエニアイタイ』って……」
普段は爽やかな笑顔を見せる涼の顔が恐怖で歪んでいる。涼は顔を引きつらせながら小夜を見ていた。
「おかしなことを言ってると思うよね?」
「ううん。そんなことない」
「本当? 信じてくれるの?」
「当たり前だよ。涼の言葉は信じる」
「……ありがとう、小夜」
小夜に信じてもらえて安心したのだろう。話し終えた涼の目にはうっすらと涙がたまっていた。涼がホッとした様子で微笑むと、小夜も優しく微笑み返した。
──低級の土地神か地縛霊が涼に
小夜は直観的に涼の言っていることが事実だと感じた。神か幽霊かわからないが、人外が涼に干渉している。
──でも、焦るほどのことじゃない。いつでも対処できる……。
「今度、もっと詳しく話を聞くね。今日は時間がなくて……」
「こっちこそ急にゴメン。小夜に聞いてもらえただけで楽になった」
涼が答えたとき構内アナウンスが流れて電車がホームへ入ってきた。
「わたしはもう行くけど……涼は?」
「わたしは次の快速で帰る……」
「そっか……」
小夜は繋いでいた手を放して立ち上がった。いつもの小夜であれば、誰よりも涼の心配をして、何よりも優先したはずだった。しかし、今は春馬が気になって仕方がない。
「涼、その声に返事したり、言うことを聞いたりしちゃ絶対にダメだからね!!」
「う、うん。わかった……」
小夜は涼へ強く言い含めると電車に乗った。閉まるドアの向こう側で、両手の人差し指と親指を使ってハートマークを作る。小夜のわかりやすいボディーランゲージを見た涼は自然と顔をほころばせた。小夜へ軽く手を振り、電車が見えなくなると深く息をつく。小夜の笑顔にはいつも励まされ、勇気をもらっていた。
──きっと気のせいだ。しっかりしなきゃ……。
そう思い直した瞬間だった。突然、涼は戦慄を覚えて身体を硬直させた。
「ヤットアエタネ」
声は息づかいが聞こえるほど近い。涼は見る間に顔面蒼白となり、身じろぎ一つできなかった。