窓から差しこむ朝の
──へ、蛇!? 蛇が目に!!
昨夜の記憶が
「どうした? 春馬?」
出勤前の父親が通りかかり、
「別に……何も。大丈夫だよ」
「そうか……。ん? 春馬、どうしたんだ!? それは??」
「え!?」
父親は春馬の左手を見た。左手の人差し指では小夜からもらったシルバーリングが鈍い輝きを放っている。
「こ、これは……も、もらったんだよ」
「……もしかして、あの写真のお嬢さんにか?」
「うん……」
春馬の返事を聞くと父親は少し困った顔になった。
「そんな高価なものをもらって……お前、ちゃんとお礼を言ったのか?」
「い、言ったよ。当たり前だろ……」
「そうか……じゃあ、こんど家に連れて来なさい。お父さんやお母さんからもちゃんとお礼を……」
「そ、それはまた今度!! 学校に行く準備があるから、もう行くね!!」
春馬は詮索されることを恐れて慌ただしく自室へ戻った。
──な、何がどうなったんだ……?
春馬は混乱していた。
──僕はまた気絶したのか? 部屋にいたってことは、寛さんか誰かが連れ帰ってくれたんだ……それなら。
春馬はスマホを手にして小夜の番号をタップする。しかし、呼び出し音は鳴り続けるばかりで小夜の出る気配はない。やがて、呼び出し音は無機質な音声案内へと切り替わる。禍津姫の
──学校で小夜さんに聞いてみよう……。
春馬はそう決めると制服に着替えてリングを胸ポケットにしまいこんだ。
× × ×
春馬は朝の学校が苦手だった。特に今日は朝から教室がざわついている。それもそのはずで、クラスは一つの話題で持ちきりだった。
「転校生が来るんだって……」
春馬の横に陣取る女子生徒たちが興味津々といった様子で話している。夏休みを目前に控えたこの時期に転校生がくるとは珍しい。春馬はなんとなく「転校生」という単語に嫌な予感を覚えた。
「みなさん、席についてください!!」
春馬の心配をよそに、予鈴が鳴ると若い男の先生が教室へ入ってきた。
「今日はみなさんに転校生を紹介します。さあ、
先生に呼ばれると転校生が教室へ入ってくる。転校生は腰まである黒髪の女の子で、背筋をぴんと伸ばしている。優雅で気品のある佇まいは深窓の令嬢を連想させるが、春馬は違う感想を抱いた。
──
春馬の不安は的中していた。
× × ×
「え~聖ミリシア学院付属高等学校から転校してきた、
先生は黒板に『真月 媛』と書いた。窓際の一番後ろに座る春馬からも漢字がはっきりと読み取れる。
──『真月 媛』……『マガツ ヒメ』……そのままだ。
春馬は頬を焼かれた記憶を思い出して胃がキリキリと痛くなった。しかし、
「めっちゃ美人さんじゃん!!」
「背も高いしモデルみたい!!」
「お姫さまみたい!!」
クラスメイトたちが称賛すると禍津姫は照れながらお辞儀をした。
「あ、あの……
禍津姫は照れる仕草までもが可愛らしい。クラスメイトたちは「可愛い!!」と盛り上がるが、。春馬だけは心の底から震え上がっていた。誰も、美人の転校生が神獣だなんて思わない。この学校で禍津姫の危険性を知っているのは、春馬の他に
──
春馬は禍津姫と目を合わせないように顔を伏せる。しかし、着席を
「初めまして。
禍津姫はにこやかに会釈をする。春馬は震え声で頭を下げた。
「な、成瀬春馬です……」
「春馬さん、これからよろしくお願いしますね♪」
禍津姫はまるで初対面かのように振る舞い、微笑みながら席へつく。一見すると可憐なお嬢さまだが、正体を知る春馬は緊張してこめかみに汗を浮かべた。すると、突然……。
──伴侶よ、会えて嬉しく思うぞ。
春馬の頭のなかに禍津姫の声が響いた。慌てて隣を見るが、禍津姫はすました顔で前方を向いている。
──そのように驚いた顔でわらわを見るな……恥ずかしいではないか。わらわの本体はそなたの瞳におる。声が聞こえても不思議ではなかろう。
再び頭に禍津姫の声が響く。不思議なもので、数分経つと春馬は脳内での会話に違和感がなくなっていた。
──じゃあ……
──そうじゃ。
──復活した昨日の今日で転校とか……神さまって何でもアリなんだね……。
──ふふふ。春馬、そなたは知っておるか?
禍津姫は得意げに話すが、新しい身分を手に入れて江陵館高校へ転校させたのは
──臣と合議したのじゃ。化身であるわらわは、しばらくのあいだ
──現世の理?
──そうじゃ。そなたと
──それは、そうかもしれないけど……。
──……。
声が途切れると春馬は隣を見た。すると、禍津姫がこちらをジッと見つめている。視線が絡み合うと禍津姫の頬が赤く染まった。
──伴侶よ、そなたはわらわと『
──え……う、うん……。
禍津姫は春馬を「伴侶」と呼び、どこか感覚がズレている。まともな学校生活を送れるのだろうか? と、春馬は心配した。と・こ・ろ・が……昼休みになるころ、禍津姫は春馬にとって最も遠い存在になっていた。
禍津姫は容姿の美しさに加えて聡明で謙虚。そして、適度に他人に興味を持って会話を盛り上げる。それでいて、自分の
長年
結局、春馬が禍津姫と話したのは朝だけだった。春馬の脳内に再び禍津姫の言葉が響くことはなかった。授業中に何度か「禍津姫さん。聞こえますか?」と脳内で呼びかけてみたが反応はない。春馬は両目に
昼休みになると禍津姫はクラスメイトたちと一緒に学食へ向かう。春馬はただ茫然と禍津姫の背中を見送った。