春馬の顔面を激痛が襲い、視界も
──僕はなんて情けないんだ……。
春馬は痛みと悔しさを
──目を見て、名前を呼んで、契約をすればいいだけだ……。
春馬は震える膝を鼓舞して立ち上がる。両頬は赤黒く焼け
──はて……わらわはこの少年を知っている……。
女は疑問に駆られ、ふわりと春馬の前へ舞い降りた。そのとき、。春馬は小さく息を吸いこんで語りかけた。
「
春馬は女の名前を呼んだ。『
──こ奴は……。
目の前の少年と、かつて禍津姫を『鏡の中の世界』へと封印した男の姿が重なって見える。それは、八頭大蛇に身を堕とす前。人間だったころにただ一人、深く愛した男だった。
──な、なんということじゃ。
禍津姫の顔に驚愕が広がったかと思えば、急に眉尻が下がる。今度は禍津姫が切なさで身を焦がす顔つきになった。
「とこしえとも思える
禍津姫の白く細い手が春馬の胸や肩に触れる。今度は触れた部分のパーカーが腐食してボロボロと床に落ちた。
「ぼ、僕は……あなたと……契約……」
春馬は激痛でふらつきながらも必死に言葉を絞り出す。それしかできなかった。すると、憐れむ目つきで見ていた禍津姫の口元が動く。
「正気かえ? わらわと『
「は、はい。僕はあなたと……あなたの持つ力が欲しい」
「……」
少したつと禍津姫は
「その脆い体で『
急に禍津姫の目が殺気立った。返答
「禍津姫……僕は、あなたに
禍津姫の迫力に
「安住と安息……安住と安息……安住と安息……」
禍津姫は胸に手を当てて春馬の言葉を
「
禍津姫は顔を春馬へ近づける。春馬のたおやかな息づかいを肌に感じながら
「
禍津姫はささやくと春馬の唇に自身の唇を重ねた。その瞬間、禍津姫の姿は
蛇たちは赤い口をめいっぱいに広げて、立ち尽くす春馬の瞳へと一直線に喰らいつく。春馬は抵抗を一切せず、されるがままにその身を預けていた。蛇たちは次々と春馬の瞳の中へ消えていった。
全てが終わると、春馬は糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。そして、
「春馬さん!!」
ようやく起き上がった
「春馬さん!!」
臣はもう一度叫んだが、春馬からの返事はない。ホールは何事もなかったかのように静まり返っていた。
× × ×
不思議なことに巨大な『
「これはどういうことでしょうか……」
臣は寛が気がつくと一緒になって禍津姫へ近づいた。春馬の頬は
「は、春馬さん……」
「キング、下がっててください。……お前、何をした!?」
寛は臣の前に出ると禍津姫を睨みつけながら手榴弾を握りこんだ。緊迫した雰囲気になると禍津姫はゆっくりと顔を上げた。
「案ずるな。契約は
手榴弾を知ってか、知らずか。禍津姫は静かに寛を制した。口調は穏やかで敵意はまったく感じない。
「春馬は寝ているだけじゃ……静かにいたせ」
禍津姫は春馬へ視線を戻している。臣は歩みよって禍津姫を見つめた。
「禍津姫さん、その姿は……?」
「……春馬の記憶じゃ。現世において、わらわと容姿の近しい娘はこのような格好をしておるのじゃな。面白いものじゃ、神職の
「あの、そうではなくて……なぜ、外に出ていられるのですか?」
「わらわの本体は春馬の瞳のなかで眠っておる。この姿は、いわば化身……」
「化身?」
「ふふふ。安心いたせ。春馬の許しなくして、わらわが暴れることはない」
禍津姫が力を振るうためには春馬の許可が必要らしい。
「勘違いせぬ方がよいぞ。呪縛者の末裔よ、もはや、わらわに
禍津姫は細い指先で春馬の唇をそっとなぞる。愛おしいものを決して傷つけないように……禍津姫の仕草は愛と
「春馬の心のなかは他者に対する嫉妬、羨望、
ささやかれた言葉の端を臣が拾った。
「……それはよかったです。じゃあ、ボクは『
臣は寛から
「……待て」
禍津姫が臣を呼び止めた。
「一つ
──先客だって??
寛は振り返って禍津姫を見る。禍津姫は春馬の顔を覗きこみながら付け加えた。
「春馬のなかにはもう一人、
──なんだと!?
寛は慌てて臣へ視線を送る。しかし、臣に動じた様子はない。
「それは
臣は静かに答えて歩き始めた。すると、禍津姫はクスクスと笑い、遠ざかる臣の背中へ向かって呼びかける。
「呪縛者の末裔よ……そなた、知っておったのであろう?」
「……」
臣は問いかけに答えない。そのかわり一瞬だけ歩みを止めた。しかし、無言のまますぐに歩みを再開する。
──ど、どういうことだ??
疑念に駆られた寛は臣へ追いつき、真偽を問い
「キン……グ?」
寛はゾクリとして言葉を失った。臣の均整の取れた顔が醜く歪んでいる。赤い口角はつり上がり、目はいっそう細くなっている。臣は