目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
第12話 転封01

 一時間ほどたつと客間にひろしが戻ってきた。



「よう、お二人さん。戻ったよ……ん?」



 寛は春馬の左手で輝くリングに気づき、「ふふん」と鼻で笑う。すかさず、小夜が寛を睨んだ。



「な、何よ……?」

「別に何でもねぇよ……さて、鈴宝院臣れいほういんおみさまの御成おなぁ~りぃ~!!」



 寛は両手を広げて振り返った。すると、睡魔に手を引かれて臣が客間へ入ってくる。その姿を見て春馬は目を見張った。


 おみは紋付きの白衣と緋袴ひばかままとい、頭にはかしりがほどこされた金細工の天冠てんかんいただいている。おごそかで美しく、神職にふさわしいで立ちだった。ただ、当の本人である臣は恥ずかしそうに頬を赤くして俯いている。



「に、似合いますか? ボク、この衣装が苦手なんです……」

「似合ってますよ臣さま。凛々しいお姿です。ね? 春馬?」

「う、うん。臣君、カッコイイよ!!」



 小夜と春馬が褒めると臣の表情がパァッと明るくなった。



「睡魔さん、二人とも褒めてくれましたよ!!」

「よかったですね、臣さま」



 臣が喜ぶと睡魔も微笑んでいる。なごやかな雰囲気になると寛がみんなをかした。



「じゃあ、サクッと転封てんぷうの儀式を済ませようぜ」

「ちょ、ちょっと待ってください。僕はどうすれば……」



 春馬は慌てた。八頭やず大蛇おろちを転封する儀式において主役のはずだが、どうすればよいのか全く知らされていない。すると、不安げな春馬に臣がそっと近づいた。



「春馬さんの役目は簡単です」

「……」



 間近で見る臣は均整の取れた顔立ちと衣装が相まって神々しく見える。春馬が見とれていると臣は薄く微笑みながら説明を始めた。



「今から八頭大蛇との『神約しんやく』……つまり、神との契約の仕方を教えます。封印が解けたら、春馬さんは八頭大蛇の目を見てください。そしてを呼び、『契約を交わしたい』と告げるのです」

「たったそれだけ?」

「はい。問題はその後です。八頭大蛇は必ずを求めてきます。そうしたら……」



 臣は春馬のパーカーのそでを強く引いた。春馬が前屈みになると耳元へ声をひそめながら語りかける。臣の細長い目は、さらに細くなっていた。



×  ×  ×



 小夜は臣の説明に聞き入る春馬を眺めている。『わたしが春馬をへ引き入れた』と思うと、複雑な気持ちになった。



「リング……本当にあげたんだな」



 ふいに、寛が話しかけてきた。兄は妹の心境を見透みすかすようにニヤリと笑った。



「春馬君、喜んだだろ?」

「……まあね。わたしが持っているより、きっと役に立つから」

「ふぅん。小夜、本当にそれだけか?」

「……」



 小夜がチラリと視線を動かすと、寛は悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべている。すると、そんな寛の隣に睡魔が並んだ。



「女心は複雑なの。あなたには理解できないわ」

「なんだよ睡魔。俺にだって少しぐらい女心はわかるよ」

「さあ……どうかしらね」



 睡魔は臣を見つめたまま淡々と話す。やがて、その声色こわいろが真剣なものへと変わった。



「あなた……緋咲ひさき家の他にも、朝霧家あさぎりけ黒鉄家くろがねけ蛮堂家ばんどうけ閑叢家しずむらけ……鈴宝院家れいほういんけに忠誠を誓う諸家しょかおさたちは全て集まったわ」

「そうか……わかったよ、ハニー」

「もし、あなたがを使う事態になったら……わたしが指揮をって、全力で八頭やず大蛇おろちを地中深くに封印する」



 睡魔は寛の胸元へ視線を送る。寛のジャケットは以前より少し膨らんでいた。



「それができれば苦労しねぇよ。足掻あがくのは俺だけで十分だ。俺がを使うハメになったら……睡魔、お前は小夜を連れて逃げろ」

「……嫌よ。緋咲ひさきの女は夫と死ぬ日をたがえない」



 睡魔のつやっぽい唇が過激な言葉を並べる。瞳には並々ならぬ覚悟が秘められていた。小夜も眼光鋭く寛を見すえている。



「兄さん、わたしも緋咲の女。逃げるのはイヤ」

「なんて女たちだ。時代じだい錯誤さくごはなはだしい……まあ、好きにしたらいいさ」



 寛は呆れながらも少し嬉しそうに笑う。そして、視界に説明を終えた臣と春馬が映ると静かに決意を促した。



「終わったみたいだな……それじゃあ、本番だ」



 気取けどられないように会話していた三人は、あらためて臣と春馬へ近づいた。



「春馬君、大丈夫かい?」

「『名前』と『条件』を覚えるだけでしたから……大丈夫です」



 寛が尋ねると春馬は気丈に答える。しかし、その顔には緊張が垣間かいま見えた。寛は苦笑しながら臣の方を向いた。



「キング、春馬君は本当に大丈夫ですか?」

「はい。春馬さんは大丈夫だと思います。……あ、そうだ。まだ言ってないことがありました。八頭やず大蛇おろちの元へは、ボクと春馬さんと寛さんだけで行きます」

「え!? そうなんですか?? 僕はてっきり、みんなで行くものかと……」

「春馬君。万が一のとき、犠牲は少ない方がいいだろ?」



 寛が肩を竦めながら言うと春馬はギクリとして固まった。



「なんちゃって。犠牲なんて出るはずがないだろ? 春馬君、冗談だよ♪」



 寛はおどけた態度で茶化してみせる。しかし、春馬には冗談に聞こえなかった。一瞬だけだが小夜と睡魔の顔が強張こわばっていた。



「では、そろそろ参りましょう。八頭大蛇が封印されている『猜火さいかかがみ』は、稲邪寺とうやじの地下7階にあるホールにあります。中庭近くのエレベーターで向かいます」



 春馬の疑念をよそに、臣は先導して歩き始めた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?