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第11話 インデックスリング

「なんか……ごめん」



 二人きりになると小夜は申し訳なさそうに呟いた。普段の勝ち気な姿とは変わり、やるせない顔つきで春馬を見る。



「兄さんの態度とか……本当にごめん」

「寛さんにはちょっと驚いたけど……。おみ君はまだ子供だろ? 嬉しければはしゃぐよ」

「……そう」



 小夜には春馬の従容しょうようとした態度が疑問だった。



──どうして落ち着いていられるの? 勢いだけで決断して、ことの重大性を理解してないから?



 困惑していると春馬が苦笑いを浮かべる。



「それにしても、家族とかを簡単に調べ上げるんだね」

「え?」

「ほら、夏実のこととか……僕の両親も調べ上げているんでしょ」

「……」



 小夜の沈黙は肯定を意味しているのだろう。春馬は気まずさを感じて話題をかえた。



「そういえば、デッドマンズハンドってどういう意味なの?」

「それはね、『死者の手札』って意味」

「手札?」

「うん。1800年代後半のアメリカにジェーン・バトラー・ヒコックっていうガンファイターがいたの。ポーカーをしているときに後ろから頭を撃たれて亡くなったんだけど……そのときに持っていたカードが黒いエースと8のペア、あとはハートのキングだったかな……それがデッドマンズハンド、『死者の手札』って呼ばれているんだ」

「そうなんだ。なんだか不吉な名前だね……」



 春馬が正直に言うと小夜は苦笑いを浮かべた。



「あはは、そうだよね。でも、兄さんに言わせれば『幽霊と戦う俺たちは死人と同じ。死人を自覚するにはちょうどいい名前だ』……だって。映画の観すぎなんだよ。バカバカしいでしょ?」

「あはは」



 春馬は思わず噴き出してしまった。



「確かに、映画に出てくる秘密組織の名前みたいだよね。それに、目にバケモノを封印するとか……かなりバカバカしいよ」

「ご、ごめん、そんなつもりじゃ……」

「いいよ、気にしてない。自分で決めたことだから」



 目の中にバケモノを入れる。はたから見れば突飛とっぴで信じがたい話だろう。小夜と出会ってから春馬の日常は急変したが、その事実に春馬は言い知れない高揚感を抱いていた。



──当たり前の日常が、こうもあっさりと変わる……。



 決断して、行動する。たったそれだけで夏実を救う可能性をつかめた。急に視界が開けて特別な存在にでもなった気がした。



──きっかけをくれたのは小夜さんだ。



 そう思っていると小夜が何かを思い出した顔つきになった。



「あ、そうだ……これ、春馬にあげる」



 小夜はショートパンツのポケットからキーホルダーを取り出して春馬に手渡した。キーホルダーには『支柱の上に球体が乗った形』のアクセサリーがついている。春馬はこの形に見覚えがあった。チェスで使われるポーンだった。



「これ、ポーン?」

「うん。ホラ、兄さんは臣さまのことをキングって呼ぶでしょ? それはね、デッドマンズハンドのメンバーをチェスの駒になぞらえているからなの。臣さまがキング。兄さんがルーク。義姉ねえさんがビショップ」

「僕はポーンか……小夜さんは? クイーン?」

「わたしはナイト。女の子なのにね」



 小夜は呆れ気味に笑うと、今度はブラウスの胸ポケットからシルバーリングを取り出した。



「これ、カッコイイでしょ」



 小夜はシルバーリングも春馬へ手渡した。リングには馬の頭部をデザインした紋章が彫りこまれてあり、チェスのナイトを連想させる。たてがみが凛々しく、格好よかった。



「それもあげる」

「え!? こんなに高価そうな物、二つももらえないよ!!」

「いいから、もらってよ。春馬の名前にもが付くし、ちょうどいいじゃん。ナイトつながりってことで」

「そ、そういう問題じゃ……」

「そのリング、兄さんにもらったんだけど……わたしにはちょっと大きくて重いの」



 言われてみると、確かにリングは小夜の指には大き過ぎる。



「で、でも……だったらなおさら、もらえないよ!! 勝手にあげたって知ったら……寛さん、きっと怒るよ」

「そうかもね。でも、二つとも春馬がデッドマンズハンドに入ったら渡そうって決めてたんだ」

「え? どうして?」

「嬉しいから……かな」

「……」

「誕生日は過ぎちゃったけどね。春馬、誕生日おめでとう」



 小夜は少しだけはにかんでみせる。照れくさそうな表情や仕草はとても可愛かわいらしく、春馬の胸はドキリと高鳴った。けれども、春馬は同時に戸惑いも感じていた。小夜がバス停で「オメデトウとか言うつもりはない」と言っていたからだった。



──きっと、小夜さんには小夜さんなりの考えや葛藤があったんだ……。



 春馬は躊躇ためらっていたが、やがて素直にキーホルダーとリングを受け取ることに決めた。



「小夜さん、ありがとう」



 春馬はポーンのキーホルダーをパーカーのポケットにしまいこみ、リングをはめようとする。しかし、どの指に装着すればよいのか全くわからない。女の子からプレゼントをもらうのが初めてなら、リングをするのも初めてだった。手間取る春馬を見て小夜がクスクスと笑う。



「その指輪、インデックスリングって言って、左手の人差し指にするものなの」

「え? そうなの?」

「うん。勇気を与え、導いてくれるんだって。今の春馬にピッタリじゃない?」

「う、うん……そうだね……」



 春馬が左手の人差し指へリングを通すと、まるではかったかのようにピタリと合った。



「春馬、似合ってるよ」

「そ、そうかな? こういうの、僕にはよくわからなくて。でも、嬉しいよ」

「喜んでくれるとわたしも嬉しい。大切にしてよね」

「う、うん。もちろんだよ……」



 小夜が微笑みかけると、春馬は頬を赤く染めながら気恥ずかしそうに頷いた。

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