「まあ、コーヒーでも飲んで落ち着いてくれよ」
突然、春馬の後ろから声がする。春馬が振り向くと
「え~と。ハニーはアールグレイで、
「やった~!! 寛さん、ありがとうございます!!」
「臣さま、本当は夜中に甘い物など駄目なのですが……今日は特別ですよ」
睡魔はマグカップを受け取りながら寛を睨む。寛は少しだけバツの悪そうな顔をしていたが、飲み物を配り終えると春馬の隣に座って話し始めた。
「
ヤマタノオロチという名前は春馬も知っている。古典の授業で何回か見かけた名前だった。『古事記』や『日本書紀』に登場するヤマタノオロチは災厄をもたらす邪神であり、神の国を追放されたスサノヲノミコトに討伐される。春馬の認識として、ヤマタノオロチは日本神話最強にして最凶の存在だった。
「八頭大蛇は俺たちの業界でいうヤマタノオロチの別名だ。かつて、日本には八頭大蛇が三体存在した。その内の一体をキングのご先祖さまが封印したんだ。今、その封印が
寛が尋ねると臣は細い
「酸雨、地震、疫病……紫外線にガンマ線……それに、電離放射線による電磁波兵器の要素も考えると……多分、北海道に人が住めなくなります」
「まあ、そうなるよな。つまりは、八頭大蛇を封印している
話が本当なら八頭大蛇の力は近代化学兵器と同等、もしくはそれ以上になる。突拍子もない条件に春馬は戸惑った。
──バケモノを僕の目の中に入れろって!?
夏実を救いたいのは切実な願いだが、簡単に決断できることじゃない。春馬はちらりと臣を見た。
「い、今、決めなければいけませんか?」
「はい……ボクが再びお願いすることはありません」
臣は申し訳なさそうに言っているが、決断するように迫っている。春馬が
「正直に言うと……
「?」
春馬は言葉の意味を今一つ理解できず、怪訝な顔つきで寛を見る。寛は臣の様子を確認しながら続けた。
「キングは生まれてからこの方、一度も稲邪寺から出たことがないんだよ」
「そんな……じゃあ……」
「キングの両親は、もう生きちゃいない。キングが産まれてすぐ、先代さまは亡くなったんだ。キングは産まれたばかりの身体に封印の秘術を……」
「ボクの話はやめましょう」
寛の説明を嫌って臣が会話をさえぎった。
「わかりました……キング」
不満そうな寛は突然、春馬の肩に右手を回した。親しげに春馬と肩を組む姿を見て、臣、小夜、睡魔が一斉に眉を
「春馬君の瞳に
「……」
急に、寛は肩を握る手に力をこめた。
「さっさと決めてくれないかなぁ。俺はさぁ、お前の目をくり貫いてことが足りるんだったら……迷わずそうしてるよ」
「……」
春馬は身じろぎ一つできなかったが、初めて寛の本音を聞けた気がした。視線だけを動かして前を見ると、臣は困り顔でうなだれている。
「さっさと決めろよ……」
寛は左手の指先で春馬の左目の
「兄さん、やめて」
寛を見かねて小夜が睨みつけた。
「小夜、怒るな……冗談だよ♪」
寛が薄ら笑いを浮かべて春馬から離れようとした瞬間だった。寛は右手に
──!?
臣、小夜、睡魔も
「臣君……バンテージ・ポイントだっけ? その能力で予測した未来だと僕はどうしたの? 断ったんじゃない? だから未来を変えるために、僕に『幽霊狩り』を見せて、夏実を駆け引きに使って、臣君の不幸話までして……みんな必死過ぎ……めっちゃ笑える」
「「「……」
春馬の指摘が図星だったのか、誰も何も言わなかった。
──僕を
春馬は面白くて仕方なかった。結局のところ、
「
春馬は『僕をバカにするな!!』という言葉を呑みこんだ。そして、ジロリと全員を睨みつける。落ち着いた口調を心がけて覚悟を伝えた。
「僕の覚悟を見くびらないで欲しい。僕は臆病で卑怯だけど、夏実のために覚悟を決めることくらいはできる」
静かに言い放つと春馬は背もたれによりかかった。
「幽霊を見て気絶した僕が言っても説得力ないけど……夏実が救えるなら何でもする。目が欲しいならあげます」
「「「……」」」
春馬が告げるとみんなは黙りこんだ。やがて、臣は俯いたまま口を開いた。
「本当に、
「今さら聞くの? いいって言ってるだろ」
「……」
春馬が答えると臣はおもむろに顔を上げる。その顔は赤く
「やった!! やった!! やったぁー!!!!」
臣の姿は欲しかったおもちゃを与えられた子供のようだった。急変した態度を見て春馬は呆気にとられた。臣は春馬を無視して隣の睡魔を仰ぎ見る。
「睡魔さん、春馬さんが引き受けてくれましたよ!!」
「よかったですね」
「ねえ、ボク……学校に通えますか??」
「ええ、もちろんです」
「友達とか、できるかな??」
「臣さまでしたら、すぐにお友達ができます」
「楽しみだなぁ~♪」
──なんだ、コイツ……。
春馬は
「話はまとまったな。これで春馬君も『デッドマンズハンド』の仲間入りだ♪」
寛は立ち上がって再び春馬の耳元へ口を近づける。
「春馬君、色々と思うところはあるかもしれないが……
寛は春馬の頭をクシャクシャとなでて部屋を出て行った。
「じゃあ、ボクと睡魔さんも『転封』の準備をしてきます。春馬さん、また後で会いましょう!!」
臣も睡魔を