石灯篭が
やがて、カツン、カツンとコンクリートを叩くような音を響かせて女が現れた。女はピンヒールにスリットのある黒のタイトスカート、胸元のはだけた白いノースリーブを着ている。髪はアップにしており、左目の下には泣きぼくろがあった。スタイルのよい女だが、右の二の腕から指先まで
「おかえりなさい」
「ただいま、
女は
「意外と早かったのね」
「まあな。キングに言われた通り、ポーンを連れてきたぜ」
「……」
女は春馬を見ると、しっとりとした低い声で語りかけた。
「あなたが成瀬春馬君ね。夫から話は聞いてるわ」
「話?? ……夫!?」
「ああ、
寛が付け加えると睡魔は左手をかざしてみせる。薬指ではシルバーリングが輝いていた。
「初めまして。わたしは
睡魔は微笑みながら手を出した。春馬が握手を交わしながら寛を見ると、寛はリングをしていない。疑問に思っていると寛が先に口を開いた。
「俺はマリッジリングにチェーンを通して首から下げているんだ。『幽霊狩り』で傷ついたら大変だろ?」
寛が言うと睡魔はすぐに目を細めた。
「あら、本当にそれだけ?」
「本当だよハニー」
「何か後ろめたいことがあるんじゃないの?」
「えっと……キングは?」
寛は話をはぐらかすように尋ねた。
「……奥にいるわ。ついて来て」
睡魔は先導して歩き始めた。建物のなかはとても広く、幾つもの廊下が
「
睡魔は
「寛さん、小夜さん、お帰りなさい!!」
「臣さま……ただ今、戻りました」
小夜はそっと臣の頭をなでた。よほど臣が大切で愛おしいのだろう。臣を見つめる眼差しが慈愛に満ちている。臣はそんな小夜から寛へ視線を移した。
「寛さん、二重跳びができるようになりましたよ!!」
臣は寛に駆けよって目をキラキラと輝かせる。寛も大げさに驚きながら臣の頭をなでた。
「さすがキング!! キングは縄跳びの天才ですね!!」
「えへへ♪ 寛さんに褒められちゃいました」
「……なあキング、成瀬春馬君が来てるんだ。紹介させてくれないかな?」
「は、はい……」
人見知りが激しいのか、春馬を見た臣は顔を真っ赤にさせて睡魔の後ろに隠れてしまった。寛が苦笑いを浮かべながら臣を紹介する。
「こちらが、俺たち
「よ、ようこそ、成瀬春馬さん……こんばんは」
臣は消え入りそうな声で挨拶をする。春馬はキングが自分より年下で驚いたが、丁寧に挨拶をかわした。
「こちらこそ、初めまして……成瀬春馬です」
──あれ?
臣の顔を見ていた春馬は突然、金縛りにでもなったかのように視線を外せなくなった。臣は睡魔の陰からジイっとこちらを凝視している。
見開かれた目。
茶色がかった瞳。
臣の視線は心の奥を覗きこもうとしている。春馬は身体を動かせなくなり、少しずつ震えはじめた。すると……。
「臣さま……客間で話しましょう」
睡魔が交差する視線を刺青のほどこされた右手でさえぎった。とたんに春馬の緊張がとける。
──い、今のはいったい……。
春馬の背中を嫌な汗が伝い、心はざわざわと波立ったままだった。
「ホラ、春馬。行くよ」
まだ緊張の余韻が残る背中を小夜が押した。
× × ×
春馬は大きな本棚や龍の彫刻が置かれた客間へと案内された。木製の巨大なテーブルと肘掛け付きの椅子が20脚ほど置かれてある。客間というよりは重役会議室のようだった。小さな窓を背にした中央に臣が座り、その隣に睡魔が直立する。春馬、小夜、寛は臣の正面に並んで座った。
「あらためまして、ボクは
臣は春馬に対する緊張した態度が嘘のように、にこやかに自己紹介を始めた。
「我が鈴宝院家は代々、神と呼ばれる存在と契約し、その力を行使してきました。怪異を調伏し、天変地異を
静かに語る臣は威厳に満ちあふれており、春馬と年の離れた子供には見えなかった。
「この世界に住んでいるのは、人間である『
臣がここまで話すと寛は「長くなりそうだからコーヒーでも
「あ、わたしは紅茶」
「兄さん、わたしはブラックでいいから。アイスね」
「ボクは温かくて甘い飲み物がいいです」
「みんな、注文が多いな……」
寛は苦笑いを浮かべながら春馬へも視線を送る。
「春馬君はどうするんだい?」
「ぼ、僕もコーヒーでお願いします……普通でお願いします」
「わかったよ」
寛が客間から出て行くと臣は続きを話し始めた。
「ボクは眠ると
「僕を……?」
「春馬さん。あなたの瞳は悪意と狂気を内包した『
「呼応……」
春馬は臣と会ったときを思い出した。睡魔が視線をさえぎらなければ、どうなっていただろうか。
「ボクはただの観測者にすぎません。でも、過ぎ去った過去は変えられませんが、予測した未来は努力次第で変えることが可能です」
「……」
「春馬さんの妹である夏実さん……夏実さんが昏睡状態になった原因と、どうすれば救えるかをボクは知っています」
「お願いです。教えて下さい!!」
「申し訳ないのですが……条件があります」
「条件って、『デッドマンズハンド』に入ることですよね!? それなら、そのつもりで……」
「条件はもう一つあるんです」
「えっ!? もう一つ??」
春馬は慌てて隣に座る小夜を見た。小夜は他にも条件があることを知っていたのか、黙って
「この屋敷の地下深くには『
「神獣……八頭大蛇」
春馬は
「その神獣、八頭大蛇を……春馬さん、あなたの
「……は?」
「先ほども言いましたが、春馬さんの瞳は
「……」
臣は突拍子もないことを言っている。春馬は思考が追いつかず、混乱して言葉を失った。