春馬を乗せた車は
「どこへ行くんですか?」
「行ってみればわかるよ」
寛はタバコを
門扉の上部左右には監視カメラが設置されている。かかげられた表札には豪快な
「
「寺というか、なんというか……秘密基地みたいなモンだ」
寛は車窓を開けると監視カメラに向かってVサインをする。すると、門扉がゆっくりと開き始めた。さらに中へ進むと車道の両側に
「ちょっと待ってて……」
「な? 秘密基地みたいだろ? 春馬君、
寛は警備員室の前で車を止めると得意げに春馬を見た。
「さあ、行こうぜ」
「は、はい」
春馬たちが車から降りると警備員室から3人の男たちが出てくる。男たちは体格がよく、ダークスーツを着ていた。ひときわ背の高い壮年の男が頭を下げる。
「寛さま、小夜さま、お帰りなさいませ。
「
寛が返事をすると莞爾は春馬へ近づいた。
「初めまして。わたしは
「は、初めまして。僕は成瀬春馬と言います」
「春馬さま、すいませんが外部の方には規則ですので……」
莞爾はそう言いながら春馬のボディーチェックを始める。春馬が初めてのボディーチェックに戸惑っていると小夜が苦笑いを浮かべた。
「春馬、こうやって腕を伸ばして。すぐ終わるから」
「う、うん……」
春馬は小夜の真似をしてTの字型に腕を伸ばす。すると、莞爾は慣れた手つきで春馬の身体を調べ終えた。
「失礼いたしました。それでは、春馬さまどうぞ稲邪寺へ」
全てが終わると莞爾は他の2人を連れて警備員室へ戻っていった。
──こんなに警戒するのはどうしてだろう……?
春馬が疑問に思っていると寛が肩を組んできた。
「偽装した駐車場に黒服の警備。映画みたいでカッコイイと思わないか?」
「は、はい……でも、どうして警備が厳重なんですか?」
「そりゃ、忍びこもうとする奴がいるからだよ」
寛は『なぜ当たり前のことを聞く?』とでも言いたげで、肩に手を回したまま駐車場のエレベーターを指さした。
「こっから先は
寛は春馬の背中をポンと叩いてエレベーターへ向かう。
──
春馬は言い知れない不安を感じて足が
「変に緊張しないでよ。気楽についてきて」
「さ、小夜さん待って……」
小夜はにこやかに告げてエレベーターへと向かう。春馬は早足で二人を追いかけた。
× × ×
エレベーターは3階分を昇った。扉が開くとそこは石造りの小さな待合室になっており、ソファーと壁掛けの大型モニター、そして古めかしい黒の固定電話だけが置かれてあった。
大型モニターには真っ青な海中を遊泳する魚の群れが映し出されている。春馬が何気なく見つめていると寛が外への扉を開けた。
「春馬君、こっちだ。少し歩くぞ」
「……!?」
寛に続いて外へ出た春馬は思わず息を
──ここが
春馬は緊張しながら足を踏み出した。視線の先では
「だから、緊張しないでって言ってるでしょ。そんなに警戒していると
小夜は春馬を追い抜くと、寛と一緒になって飛び石の上を進んでゆく。春馬が二人を追いかけるといっそう蛍の飛び交う池が見えてくる。そのとき、樹々の合間を
──え……?
春馬が足を止めて辺りを見回すと池のほとり、巨大な岩の上にぼんやりとした人影がある。再び歩き出すと人影がはっきり見えてきた。人影は
「人……ですか?」
春馬は人ならざる気配を感じて寛に尋ねた。
「ああ、アイツか? アイツは
「平敦盛……」
春馬は歴史と古典の授業で平敦盛という名前を聞いた。平敦盛は平安時代、源氏と平氏が争ったおりに『
「じゃあ、幽霊ですか?」
「いや、幽霊じゃない。人が死んだら必ず幽霊になる……そういうわけでもないんだ。幽霊になる奴もいれば、大人しく成仏する奴もいる。かと思えば、神になる奴だっているのさ」
「兄さん、
小夜がポツリと口を挟む。春馬は「
「禍津神ってなんですか?」
「まあ……邪神って意味だよ」
寛は短く答えて歩き始める。春馬は再び平敦盛へ視線を戻した。平敦盛は一騎打ちの際、自らを組み伏せた武将に向かって、
「お前にとって、わたしは手柄になる良い敵だ。名乗らないが、わたしの首を持って人に尋ねるがいい。みんな、わたしが誰か知っている。さあ、早く首を取れ」
と言って
──平敦盛が慰める神獣っていったい……。
もの悲しげな笛の