春馬は小刻みな振動で目を覚ました。気がつくと車の後部座席に横たわっている。目は覚めたものの身体は重く、意識も
──な、何が……どうなったんだ?
『
「う、うぅ……」
春馬が
「おや、目が覚めた? 大丈夫かい?」
「……ハイ」
「今日は大変だったねぇ。家まで送っていくから住所を教えてよ」
「えっと……
春馬は答えながら車外へ視線を向けた。車はすでに
「春馬君、デートはどうだったかな? 刺激的だっただろ?」
──あ、あれがデート!? 怪物を相手にするのが!?
春馬は面白そうに尋ねてくる寛に腹が立った。目を閉じると
「あの……僕のところに出た怪物はどうなったんですか?」
「春馬は覚えてないの? あいつは……」
「俺と
小夜が説明しようとすると寛が割りこんでくる。しかも、『
「二人がかりだから楽勝だった。そうだろ? 小夜?」
「う、うん。わたしと兄さんで倒したから安心して……」
「そうなんだ……よかった……」
春馬は自分で『宿り女』を倒したことを覚えていない。寛は大事な部分を隠したまま話を続けた。
「凄かったよ。部屋のなかで爆発が起きたみたいになったんだ。窓ガラスとか派手に飛び散って……管理人さんに説明するのが大変だったなぁ」
「あんな怪物を倒すなんて、寛さんも小夜さんも凄いですね」
春馬は怒っていたことも忘れて二人に感心する。そんな春馬を小夜はバックミラー越しに何度も見た。
──春馬はどうやって『宿り女』を倒したの?
小夜は春馬が『宿り女』を倒す瞬間を見ていない。玄関の曇りガラスが吹き飛ぶのを見て慌てて戻ったが、部屋のなかには春馬が倒れているだけで『宿り女』の気配は
──確かに『宿り女』の叫び声が聞こえた。でも、いったいなかで何が……。
小夜が疑問に思う一方で、寛は上機嫌そのものだった。
「春馬君、来るときも言ったけど……俺と小夜は幽霊や妖怪を倒す組織に所属しているんだ。人間さまに逆らうバケモノたちに裁きの鉄槌を!! 超クールな組織『デッドマンズハンド』!! 春馬君は興味ないかな?? 入ってみない??」
寛は
「『デッドマンズ・ハンド』に入って俺や小夜と一緒にまた『幽霊狩り』をしようよ!! きっと、春馬君も楽しめるさ!!」
「そんな……僕は何も……できないし……」
春馬は
「僕は……遠慮します……」
「そっかぁ~残念だなぁ~♪」
大袈裟に誘ってきたわりに寛はあっさり引き下がる。だが、その顔はなぜか落胆していない。予定通りとでも言いたげでニヤニヤしていた。やがて、車は閑静な住宅街の一角で止まった。
「送ってくれてありがとうございました。小夜さんも、今日は声をかけてくれてありがとう……」
春馬は素直にお礼を言った。とても怖い思いをしたが『小夜に誘われた』という事実は本当に嬉しかった。
「別に、感謝されることなんてしてないよ」
小夜は素っ気ない態度で応じる。本当は騙したことを謝りたかったが、きっかけをつかめないまま時間だけが過ぎていった。
「それじゃあ、失礼します」
春馬は頭を下げて足早に家路へつく。すると、後ろから小夜の呼び止める声がした。
「春馬、ちょっと待って!!」
振り返ると車から降りた小夜がスマホを片手に歩いてくる。
「ねえ、連絡先を交換しよう」
「え!? ぼ、僕と!?」
「他に誰かいる?」
小夜は髪を耳にかけながら視線を外す。気恥ずかしそうな仕草を見て春馬は慌てた。
「そ、そうだよね。ちょ、ちょっと待って!!」
春馬は制服のポケットをさぐるがスマホが見当たらない。親しい友人もなく、特に趣味もない春馬はスマホをスクールバッグのなかに放置したままだった。
「僕は動画も見ないし、ゲームもあまりしないから……」
言いわけを並べながらやっとスマホを取り出してみたものの、今度は初めてのアドレス交換に手間取った。
「えっと……どうすれば……」
「もう、ちょっと貸して」
小夜は春馬からスマホを取り上げると、自分のスマホと見比べながら手際よく操作する。
「はい。終わったよ」
「ありがとう……えっ!?」
春馬が渡されたスマホの画面を見ると番号のほかに小夜の写真も表示されていた。制服姿の小夜が砂浜で微笑んでいる。見入ってしまうほど明るく、爽やかな笑顔だった。
「小樽にいったときのヤツ。可愛いでしょ」
「う、うん。でも写真まで……いいの?」
「まあ、自意識過剰かもだけど友情の
「そ、そんなことしないよ!! あ、僕の写真もいる??」
「イラナイ」
「そっか。そうだよね……」
小夜が即答すると春馬は恥ずかしさを隠すように苦笑いを浮かべる。そして何度もスマホの画面に視線を落とした。
「僕なんかと連絡先を交換してくれてありがとう」
「やめてよ。そういうの」
小夜は呆れるように笑いながら車へ振り返る。運転席では寛が退屈そうに
「じゃあ、兄さんが待ってるから行くね」
「うん。小夜さんまたね」
「……ねえ、春馬」
「?」
「
「う、うん」
小夜は意味深な
「小夜さん……」
春馬はぎこちない笑顔で写真を見つめていた。
× × ×
小夜が車に戻ると寛はエンジンをかけながらニヤリと口の端を上げた。
「小夜、お前のことだから写真も渡しただろ」
「……」
「お前は学園の女王さまだからなぁ。女王さまのプライベート写真を持つ春馬君は誰もからかえねぇなぁ」
「……」
「俺の妹は律儀だねぇ。騙したお詫びのつもりか? それとも憐れみか? 男はバカだからなぁ。春馬君、勘違いするぞぉ~」
「兄さんやめてよ。それより……」
小夜は寛を睨みつける。
「どうしてあんな嘘をついたの?」
「嘘?」
「わたしたちで『宿り女』を倒したって……答えてよ」
「ああ、あれね……」
小夜が尋ねると寛は面倒くさそうに答えた。
「
寛には思惑があるのだろう。不敵に笑いながらアクセルを踏みこんだ。