目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報
第2話 幽霊マンション

 ひろしの運転する車は丘陵地帯を抜けて札幌市郊外に入った。ショッピングセンターが並ぶ幹線道路を進んでゆく。


 どこへ向かっているのか? 何をして遊ぶのか? 春馬は全くわからなかったがそれほど気にならなかった。デートに誘われて一緒に車で出かける……今までの自分からは想像もつかない出来事に気持ちがたかぶり、めずらしく積極的に会話していた。話によれば、寛は宵闇よいやみ市で床屋を営んでいるという。



「じゃあ、寛さんは美容師さんなんですか?」

「違う、違う。理容師だよ、理容師」

「あ、床屋さん」

「そう町の床屋さん。小夜の髪も俺が切ってるんだ」

「へぇ~。すごいですね……」



 春馬は後部座席から助手席に座る小夜さやの髪型をチラリと見る。視線に気づいた小夜は髪に触れながら寛へ顔を向けた。



「兄さんはレザーカットじゃないから曲線とかホント下手」

「オイオイ、切ってもらいながらそれはないだろ」

「だって事実じゃん」

「アハハ、小夜は厳しいな。ハサミは床屋の魂なんだよ」



 小夜と寛は他愛もない会話で盛り上がる。仲のよい兄妹だった。二人を見ていると春馬は妹を思い出して胸が締めつけられる。春馬が眉根をよせてうつむくと、その姿をバックミラーで確認した寛が再び話しかけた。



「ところで、春馬君は小夜にどうやって誘われたの??」

「えっ!? あ、あのですね……」



 春馬は『デート』という単語を口にしてよいかどうか躊躇ためらった。すると、言いよどむ春馬にかわって小夜が答える。



「わたしがデートしようって言ったの」

「デート!? 小夜、お前も罪な誘い方するねぇ。春馬君、驚いたでしょ?」

「はい。何かの間違いだと思いました。小夜さんはすごくモテるから……」



 寛は照れる春馬を見て口角を上げた。



「俺の妹だからねぇ。そりゃモテるさ。ところで話は変わるけど……春馬君はスレンダーマンって知ってる?」

「あ、それ知ってます。アメリカの都市伝説ですよね? 確かダークスーツを着た背の高いノッペラボウで……子供たちをさらっちゃうんですよね?」

「さっすが~♪ 春馬君は詳しいなぁ~♪」



 寛は嬉しそうにウンウンと頷いた。



「もし……もしもだよ。スレンダーマンが実在したら春馬君はどうする?」

「どうって……怖いですけど……」

「そうだよね、怖いよね!? 人間さまの法が及ばない奴らがいて、しかも好き放題にしてるんだから!!」

「まるでスレンダーマンが本当にいるみたいな口ぶりですね……」

「いるかもよぉ~♪ 俺と小夜はそんなクソな奴らに正義の裁きを下す秘密組織に所属しているんだ。その名も『デッドマンズ・ハンド』!! 今日は出動日なんだよ、イエスッ!!!!」



 寛は興奮して小夜にハイタッチを求めるが、小夜はため息をついて無視をする。困った春馬はたりさわりのない返事を探した。



「つ、強そうな名前ですね……」

「そうだろ、強くてカッコイイ名前だろ!? 『デッドマンズ・ハンド』は幽霊や妖怪と戦って街の平和を守るんだ!!」



 寛は何度も後部座席を振り返ってまくしたてる。春馬は寛の剣幕に唖然として言葉を失った。



「兄さん、ちゃんと前を向いて運転して……」



 小夜が呆れ気味に呟いたころ車は幹線道路をれて住宅街へ入った。寛はハンドルを切りながら再び口を開く。それは唐突とうとつな質問だった。



「そういえば、春馬君は幽霊が見えちゃう人でしょ?」

「え……」



 春馬はギクリとして小夜を見る。しかし、小夜は会話を無視するように手元のスマホへ視線を落としていた。



「僕は……別に幽霊なんて……」

「隠してもだめだよ。俺は見える人がわかっちゃうんだ♪ あ、警戒しなくても大丈夫。俺と小夜も見えるから。さっきも言ったけど、今日は俺と小夜で幽霊を狩るんだ……春馬君、一緒に狩ろうよ」

「ゆ、幽霊狩り……ですか?」



 春馬の戸惑いは大きくなった。本当のことを言えば……春馬はこれまでに何度も幽霊や妖怪を目撃したことがある。人気ひとけのない学校や路地裏、かと思えば街中の雑踏で。


 人外の存在は昼夜を問わず視界の片隅に現れるが、春馬はそれらをことごとく無視してきた。見なかったことにしてきた。もちろん、誰かに話したこともない。話せば変人扱いされてしまうだけだった。


 しかし、寛と小夜にとって幽霊が見えることはいたって普通のことらしい。それどころか幽霊を『狩る』とまで言っている。幽霊が見える春馬にとっても、にわかには信じられない話だった。


 もしかすると『デッドマンズ・ハンド』とはオカルトクラブか何かの名称で、『幽霊狩り』は肝試しみたいなことかもしれないと春馬は考えた。それに、初めて誘われたのにこのまま帰るなんて勿体もったいない……という感情が心を支配していた。



「……わかりました」

「さすが春馬君、話が早いねぇ♪ 」



 春馬が頷くと寛は嬉しそうにニヤリと笑う。『デート』はいつの間にか『幽霊狩り』に変わっていた。だが、春馬にとっては『デート』だろうが『幽霊狩り』だろうが、どちらでもかまわなかった。



──僕を誘ってくれるなんて、小夜さんも寛さんもいい人たちだ。今日は賑やかで楽しいな。うん、うん。きっといい日なんだ……。



 人とおしゃべりをしながら一緒に何かをする。たったそれだけのことに春馬は期待で胸が膨らんでいた。



──あれ?



 ふと、バックミラーを見た春馬は小夜と目が合った。こちらを見つめる小夜の眼差まなざしはどこか深刻で何かを訴えかけている。しかし、春馬に気づくとすぐに横を向いて視線を外してしまった。



×  ×  ×



 到着したのは9階建てのマンションだった。いたる所で塗装がげかかり、外観だけで判断すると人が住んでいるとは到底とうてい思えない。ひろしは駐車場に車をとめるとトランクからバットを取り出して春馬に手渡した。



「はい、春馬君にはこれをあげちゃう♪」

「え!?」

「小夜から聞いてるよ。今日は誕生日なんだろ? プレゼントするから遠慮なく使ってくれ。じゃあ、俺は管理人に話を通してくる。ここで待っててくれよ」



 そう言い残して寛はマンションのエントランスへ消えてゆく。春馬はバットを持ったまま茫然と立ちつくていたが、やがてスマホを見ている小夜さやに話しかけた。



「小夜さん、どういうこと?」

「どういうことって……さっき兄さんが言ってたでしょ。これからわたしたちは『幽霊狩り』をするんだよ」

「でも、これはバットだよ……」

「だから? バットを使って『幽霊狩り』をするの。ちゃんと退魔の秘文字が彫られてるでしょ」



 小夜はバットを指さした。よく見るとバットの表面は綺麗に削られており、見たことのない文様もんようが彫りこまれてある。



「その文様には除霊の効果があるの。持つ人の能力に応じて威力は変化するけど、に幽霊が見えるならそれなりの効果が期待できるよ」



 小夜は親しげに春馬を呼び捨てにする。そして、スクールバッグから三段警棒を取り出すと軽く振ってみせた。シュッという音がしてシャフトが伸びると、そこにはバットと同じ文様が彫りこまれてあった。



「わたしはコレ」

「じゃあ、バットと警棒で幽霊を殴るの?」

「そうだよ」

「……」



 小夜は簡単に言うが、春馬には幽霊を『殴る』という行為が想像できなかった。



「僕は除霊って御札とか呪文を唱えてやると思ってた」

「あ、ソレ。兄さんの前じゃ絶対に言わない方がいいよ」

「え? どうして?」

「怒るから」

「う、うん……わかった……」



 なぜ怒るのか? と春馬は聞けなかった。戸惑いながら改めてバットを確認すると、文様は流れるような書体で美しい。



「これは文字? カッコイイね」

「それは梵字ぼんじって言うんだよ」

「梵字?」

「1200年以上前、仏教と一緒に日本へ伝来した神聖文字。そのバットには不浄をはらう、不動明王にまつわる退魔の文言もんごんが刻まれているんだって」

「不動明王? 小夜さん読めるの?」

「まさか。読めないよ。これは聞いた話……」



 小夜はチラリとマンションの方を見る。春馬が視線を追いかけると、ちょうど寛がエントランスから出てくるところだった。寛の後ろには小太りの中年男性がいる。



「よお、待たせたな。こちらはマンションの管理人さん」



 寛に紹介されると中年男性はペコリと頭を下げた。



×  ×  ×



 春馬たちは1階にある管理人室へ案内された。管理人室にはソファーや冷蔵庫が置いてあり、扇風機が1台だけ稼働している。防犯カメラの映像を確認するモニターも4台設置されていた。



「防犯カメラは駐車場、エントランス、裏口、エレベーターの4か所です。ただ、が出るのは9階の905号室ですから……あまり意味があるとは思えません……」



 管理人は何かを嫌悪けんおして顔をしかめる。アレとは何なのだろうか? 春馬がそう思っていると話を聞いていた寛がおもむろに顔を上げた。



「905号室ですね、わかりました。小夜、出現予定時刻まで何分?」

「……およそ30分かな」



 小夜がスマホを確認しながら答えると寛は口元をゆるめた。



「サンキュー。じゃあ管理人さん、あとは俺たちに任せてください。喫茶店でコーヒーでも飲んで、ゆっくりくつろいで……1時間後にまた戻って来て下さい。そのときには全てが解決してますよ」

「ほ、本当ですか!? わ、わかりました。この部屋は自由に使ってもらってかまいませんので……気味の悪い怪奇現象をなんとか終わらせて下さい」



 管理人は早口で告げると早足で部屋を出ていった。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?