どこへ向かっているのか? 何をして遊ぶのか? 春馬は全くわからなかったがそれほど気にならなかった。デートに誘われて一緒に車で出かける……今までの自分からは想像もつかない出来事に気持ちが
「じゃあ、寛さんは美容師さんなんですか?」
「違う、違う。理容師だよ、理容師」
「あ、床屋さん」
「そう町の床屋さん。小夜の髪も俺が切ってるんだ」
「へぇ~。すごいですね……」
春馬は後部座席から助手席に座る
「兄さんはレザーカットじゃないから曲線とかホント下手」
「オイオイ、切ってもらいながらそれはないだろ」
「だって事実じゃん」
「アハハ、小夜は厳しいな。ハサミは床屋の魂なんだよ」
小夜と寛は他愛もない会話で盛り上がる。仲のよい兄妹だった。二人を見ていると春馬は妹を思い出して胸が締めつけられる。春馬が眉根をよせて
「ところで、春馬君は小夜にどうやって誘われたの??」
「えっ!? あ、あのですね……」
春馬は『デート』という単語を口にしてよいかどうか
「わたしがデートしようって言ったの」
「デート!? 小夜、お前も罪な誘い方するねぇ。春馬君、驚いたでしょ?」
「はい。何かの間違いだと思いました。小夜さんはすごくモテるから……」
寛は照れる春馬を見て口角を上げた。
「俺の妹だからねぇ。そりゃモテるさ。ところで話は変わるけど……春馬君はスレンダーマンって知ってる?」
「あ、それ知ってます。アメリカの都市伝説ですよね? 確かダークスーツを着た背の高いノッペラボウで……子供たちを
「さっすが~♪ 春馬君は詳しいなぁ~♪」
寛は嬉しそうにウンウンと頷いた。
「もし……もしもだよ。スレンダーマンが実在したら春馬君はどうする?」
「どうって……怖いですけど……」
「そうだよね、怖いよね!? 人間さまの法が及ばない奴らがいて、しかも好き放題にしてるんだから!!」
「まるでスレンダーマンが本当にいるみたいな口ぶりですね……」
「いるかもよぉ~♪ 俺と小夜はそんなクソな奴らに正義の裁きを下す秘密組織に所属しているんだ。その名も『デッドマンズ・ハンド』!! 今日は出動日なんだよ、イエスッ!!!!」
寛は興奮して小夜にハイタッチを求めるが、小夜はため息をついて無視をする。困った春馬は
「つ、強そうな名前ですね……」
「そうだろ、強くてカッコイイ名前だろ!? 『デッドマンズ・ハンド』は幽霊や妖怪と戦って街の平和を守るんだ!!」
寛は何度も後部座席を振り返って
「兄さん、ちゃんと前を向いて運転して……」
小夜が呆れ気味に呟いたころ車は幹線道路を
「そういえば、春馬君は幽霊が見えちゃう人でしょ?」
「え……」
春馬はギクリとして小夜を見る。しかし、小夜は会話を無視するように手元のスマホへ視線を落としていた。
「僕は……別に幽霊なんて……」
「隠してもだめだよ。俺は見える人がわかっちゃうんだ♪ あ、警戒しなくても大丈夫。俺と小夜も見えるから。さっきも言ったけど、今日は俺と小夜で幽霊を狩るんだ……春馬君、一緒に狩ろうよ」
「ゆ、幽霊狩り……ですか?」
春馬の戸惑いは大きくなった。本当のことを言えば……春馬はこれまでに何度も幽霊や妖怪を目撃したことがある。
人外の存在は昼夜を問わず視界の片隅に現れるが、春馬はそれらをことごとく無視してきた。見なかったことにしてきた。もちろん、誰かに話したこともない。話せば変人扱いされてしまうだけだった。
しかし、寛と小夜にとって幽霊が見えることはいたって普通のことらしい。それどころか幽霊を『狩る』とまで言っている。幽霊が見える春馬にとっても、にわかには信じられない話だった。
もしかすると『デッドマンズ・ハンド』とはオカルトクラブか何かの名称で、『幽霊狩り』は肝試しみたいなことかもしれないと春馬は考えた。それに、初めて誘われたのにこのまま帰るなんて
「……わかりました」
「さすが春馬君、話が早いねぇ♪ 」
春馬が頷くと寛は嬉しそうにニヤリと笑う。『デート』はいつの間にか『幽霊狩り』に変わっていた。だが、春馬にとっては『デート』だろうが『幽霊狩り』だろうが、どちらでもかまわなかった。
──僕を誘ってくれるなんて、小夜さんも寛さんもいい人たちだ。今日は賑やかで楽しいな。うん、うん。きっといい日なんだ……。
人とおしゃべりをしながら一緒に何かをする。たったそれだけのことに春馬は期待で胸が膨らんでいた。
──あれ?
ふと、バックミラーを見た春馬は小夜と目が合った。こちらを見つめる小夜の
× × ×
到着したのは9階建てのマンションだった。いたる所で塗装が
「はい、春馬君にはこれをあげちゃう♪」
「え!?」
「小夜から聞いてるよ。今日は誕生日なんだろ? プレゼントするから遠慮なく使ってくれ。じゃあ、俺は管理人に話を通してくる。ここで待っててくれよ」
そう言い残して寛はマンションのエントランスへ消えてゆく。春馬はバットを持ったまま茫然と立ちつくていたが、やがてスマホを見ている
「小夜さん、どういうこと?」
「どういうことって……さっき兄さんが言ってたでしょ。これからわたしたちは『幽霊狩り』をするんだよ」
「でも、これはバットだよ……」
「だから? バットを使って『幽霊狩り』をするの。ちゃんと退魔の秘文字が彫られてるでしょ」
小夜はバットを指さした。よく見るとバットの表面は綺麗に削られており、見たことのない
「その文様には除霊の効果があるの。持つ人の能力に応じて威力は変化するけど、
小夜は親しげに春馬を呼び捨てにする。そして、スクールバッグから三段警棒を取り出すと軽く振ってみせた。シュッという音がしてシャフトが伸びると、そこにはバットと同じ文様が彫りこまれてあった。
「わたしはコレ」
「じゃあ、バットと警棒で幽霊を殴るの?」
「そうだよ」
「……」
小夜は簡単に言うが、春馬には幽霊を『殴る』という行為が想像できなかった。
「僕は除霊って御札とか呪文を唱えてやると思ってた」
「あ、ソレ。兄さんの前じゃ絶対に言わない方がいいよ」
「え? どうして?」
「怒るから」
「う、うん……わかった……」
なぜ怒るのか? と春馬は聞けなかった。戸惑いながら改めてバットを確認すると、文様は流れるような書体で美しい。
「これは文字? カッコイイね」
「それは
「梵字?」
「1200年以上前、仏教と一緒に日本へ伝来した神聖文字。そのバットには不浄を
「不動明王? 小夜さん読めるの?」
「まさか。読めないよ。これは聞いた話……」
小夜はチラリとマンションの方を見る。春馬が視線を追いかけると、ちょうど寛がエントランスから出てくるところだった。寛の後ろには小太りの中年男性がいる。
「よお、待たせたな。こちらはマンションの管理人さん」
寛に紹介されると中年男性はペコリと頭を下げた。
× × ×
春馬たちは1階にある管理人室へ案内された。管理人室にはソファーや冷蔵庫が置いてあり、扇風機が1台だけ稼働している。防犯カメラの映像を確認するモニターも4台設置されていた。
「防犯カメラは駐車場、エントランス、裏口、エレベーターの4か所です。ただ、
管理人は何かを
「905号室ですね、わかりました。小夜、出現予定時刻まで何分?」
「……およそ30分かな」
小夜がスマホを確認しながら答えると寛は口元をゆるめた。
「サンキュー。じゃあ管理人さん、あとは俺たちに任せてください。喫茶店でコーヒーでも飲んで、ゆっくりくつろいで……1時間後にまた戻って来て下さい。そのときには全てが解決してますよ」
「ほ、本当ですか!? わ、わかりました。この部屋は自由に使ってもらってかまいませんので……気味の悪い怪奇現象をなんとか終わらせて下さい」
管理人は早口で告げると早足で部屋を出ていった。