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Dead Man's Hand ー臥龍転生編ー
綾野智仁
ホラー都市伝説
2024年11月30日
公開日
5.2万字
連載中
 成瀬春馬(なるせはるま)は何事もうまくいかない高校生。そんな春馬はある日、学園に君臨する『冷たい女王 緋咲小夜(ひさきさや)』からデートに誘われる。しかし、それはデートという名の『幽霊狩り』だった。春馬は戸惑いながらも小夜と一緒に過ごし、少しずつ人の理(ことわり)から外れてゆく。そして、美しい古代の神獣『禍津姫(まがつひめ)』が永い眠りから覚醒するとき、春馬は避けることのできない運命と対峙する。

幽霊狩り01

 重なり合う唇。柔らかな感触が消えると緋咲ひさき小夜さやはゆっくりまぶたを開いた。視線を少し上げるとショートカットの少女がこちらに微笑みかけている。日に焼けた褐色の肌と涼しげな目元。思わず見とれてしまうほど爽やかな笑顔だった。


 少女は小夜と違う高校の制服を着ている。肩から下げた大きめのスポーツバッグには『雨藤あまふじ女子高等学校 陸上部 双葉ふたばりょう』と刺繍ししゅうがほどこされていた。小夜はいつものように涼の胸元へひたいをよせる。涼は何も言わずにそっと小夜の髪をなでた。


 駅のホームの片隅、自販機の陰が二人にとって心の休まる場所だった。しかし、反対側のホームに続くエスカレーターを数人の女子高生が上がってくる。制服姿から小夜と同じ江陵館こうりょうかん高校だとわかった。



「「「小夜ー!!」」」



 女子高生たちは小夜に気づくと甲高い声を上げる。涼はすぐに横へずれて小夜と少し距離を取った。



「本当は……気をつかう必要なんて、ないのかもしれないけれど……」



 涼はどこか寂しそうに呟く。小夜はそんな涼をチラリと見たあと、反対側のホームへ向かって手を振った。小夜の社交辞令が終わると関係を確認するために涼の薄い唇が動いた。



「クラスメイト?」

「ううん、隣のクラス。体育が一緒なんだ」

「そっか……」



 涼も小夜の視線を追いかけた。女子高生たちは小夜と涼を見ながら何事かを話している。きっと、興味本位で詮索することを楽しんでいるのだろう。



りょうの言う通りだよ。誰かに気をつかう必要なんてない」



 小夜は気にするそぶりを見せず、優しく微笑んでみせる。さりげない笑顔に涼の胸は締めつけられた。



──ああ、わたしはこの笑顔が好きだ。



 小夜は昔から自分のことよりも他人の気持ちを優先する。だから、涼が好奇こうきの目を向けられると涼以上に傷ついてしまう。



──いつだって小夜は優しい。でも、どれだけ辛くて悲しいことがあっても、わたしには何も言わない……きっと、小夜自身がそう決めている。



 涼には小夜が笑顔の裏に人知ひとしれない痛みや悲しみを隠しているように思えた。それは直感的なもので根拠などなく、『小夜、何かあったの?』と踏みこんで尋ねる勇気が出てこない。涼は下唇を噛んで話題を変えた。



「そういえば……江陵館高校のテスト期間って、明後日まで?」

「うん。そうだよ」

「そっか。テストが終わったら一緒にどこか行こうよ。小夜は行きたいところとかある?」

「……」



 涼が明るく尋ねると小夜は申しわけなさそうに俯いた。



「涼……今日も途中までしか一緒に帰れない」

「え? そうなんだ……」

「ゴメンね……」

「いいよ。気にしないで」

「……」



 涼は残念な気持ちを隠して明るく振る舞う。そんな涼を見て小夜は後ろめたさを感じた。小夜には涼に言えない秘密があった。罪悪感を抱いて両手をギュッと強く握りしめる。



──ごめんね、涼。わたしは……。



 小夜は涼の気づかいに甘えてばかりの自分が嫌だった。今までに何度か秘密を打ち明けようとしたこともあるが、そのたびに『涼に嫌われたくない』という感情が邪魔をする。



──わたしはとても臆病なんだよ……。



 いつものように結論づけるとタイミングよく電車がホームへ入ってくる。小夜と涼は足並みをそろえて乗りこんだ。取りとめのない会話を楽しんでいると、あっという間に小夜が降りる神無かみなしえきへ到着した。



「じゃあね。小夜」

「うん。また連絡するね」



 小夜は名残惜しい気持ちを押し殺して電車を降りた。車窓越しの涼が遠くなると改札へ向かい、そのまま早足で女子トイレに入る。鏡の前に立つとポケットからダークブルーのシュシュを取り出し、アッシュブラウンに染まる髪を後ろでまとめた。次にリップクリームを取り出すと緊張で乾ききった唇をなぞり、鏡に映る姿を鋭い目つきで見つめる。



「怯えるな……わらえ、緋咲小夜」



 小夜は自分に言い聞かせながら唇の端をかすかに上げる。それは、これから起きることを楽しもうとする、嗜虐性しぎゃくせいを秘めた微笑みだった。



×  ×  ×



 小夜がさびれた駅のロータリーへ向かうと黒いオフロード車が停まっていた。ハンドルを握る男は短髪で、気の強そうな眼差しが小夜に似ている。小夜が助手席へ乗りこむと不機嫌そうに顔をしかめた。



「遅い。俺を待たせるな」

「うっさいな。兄さんが早いんだよ」

「まあいいさ……今日はお前のだ」



 男は小夜の兄で、緋咲ひさきひろしという。寛はダッシュボードを指さした。



「獲物の情報が入ってる。今日の獲物はビッグネームだ。さっさと読んで頭に入れろ」

「……」



 小夜はダッシュボードを開けて資料を取り出した。クリップに挟まれた資料には『七人ミサキ』と書かれてある。



『七人ミサキ』


 ・高知出身の幽霊であり、七人組で現れて対象者へとりく。とりかれた対象者は必ず殺される。


 ・対象者を殺すと七人のなかから一人が成仏し、殺された人が新たに七人ミサキへ加わる。


 ・出現予測場所は鍵屋かぎや市、比呂隠岐川ひろおきがわぞいの広域農道。交差点名「牛久うしく地区東52」付近。


 ・出現予定時刻 19時47分。



 資料には必要最低限のことしか書かれていない。小夜は呆れながら資料の裏も確認するが、もちろん何も書かれていなかった。



「これだけ? もっと詳しく説明してよ」

「例えば?」

「例えば、『七人ミサキ』の弱点とか……」

「弱点だ? 笑わせんな。お前はこの俺の妹。弱点なんか必要ねぇよ……ガタガタ言ってないでさっさと行くぞ」



 寛は不敵に笑って車を発進させた。

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