「あの頃の月華は《つきはな》……、まあ、それは今もなのだけれど。闇底に墜とされたり迷い込んだりした女の子に、妖魔と戦うための力を与える。それだけが目的で、それはそれでいいのだけれど、その後のことまでは考えていないというか……」
「アフターケアがなってないんだよねー。力を与えたら、それでもう『はい、さよなら』みたいなさー」
カップにいろいろ投入して、スプーンでカチャカチャ混ぜている。
人は見かけによらない。
さくさくと軽やかにクッキーを噛み砕きながら、月見さんは話を続けた。
「なんか、気が付いたら薄暗い世界に迷い込んでて、いつの間にやらでっかい岩の塊みたいな妖魔に食べられそうになっててね。そこに颯爽と現れて、あたしを助けてくれたのが
うむうむ。あたしの時と、ほとんど一緒ですな。
うん。とてもきれいで、カッコよかった。
「で、力が欲しいかーって聞かれて、なんも考えずに『はい!』って答えてた。てかさ、あの流れで『はい!』以外の選択肢は存在しないよね?」
あー。確かに。あたしも、“血の契約”とか“下僕”とかいうフレーズが混じってなかったら、その場で『はい』って答えてたかも。
「それで、晴れて契約が成立して力をもらえたのは良かったんだけどさ。月華ってば、ひどいんだよ? 力を与えたら、もう用はないとばかりに、挨拶もしないでそのまま一人でどっかへ行っちゃおうとするんだもん」
「あの頃はまだ、
合いの手、のような、独り言のようなことを、月下さんがポツリと漏らした。目線は天井を通り越した先、遠いどこかへ向けられている。
雪白は月華の相棒で、真っ白い鳥型の妖魔だ。でも、人間の言葉を喋るし、月華よりも中身はよっぽど人間らしいんだよね。この二人の馴れ初めも気になる。妖魔は問答無用で全員敵みたいなところのある月華が、どうして妖魔の雪白と一緒に行動するようになったんだろう?
「あー、かもねー。んで、力をもらって、身体能力とかは向上している感じがあったし、体の中から力があふれてくる感じもあったんだけどさ。それで、どうやって妖魔と戦えばいいのかとかはさっぱりじゃん? 剣道とか空手とかでも習ってれば、また別かもしれなけどさ。戦ったことなんて、一度もないんだよ? てっきり、そういうのは月華が教えてくれるもんだと思ってたし、こう仲間になるっていうか、一緒に行動するもんだと思ってたんよ」
ですよねー。分かります。
「ここで逃したら、生死にかかわる! と思って、月華のセーラー服の裾を握りしめて、『見捨てないでー! 一緒に連れてってー!』って騒いでいたら、第二の救世主・
「力は、使いこなせなきゃ意味がないじゃない? 力を与えるだけじゃ、ただの自己満足。せっかく助けた女の子のためにはならないわ。だから、せめて力を与えた子が一人で妖魔と戦えるようになるまでは、ちゃんと面倒を見てあげなさいって、何度言っても聞き入れないんだもの。顔を合わせるたびに、お小言を言っていたわね」
「大分、喧嘩腰なお小言だったよね?」
「あの頃は、私も熱かったわよね……」
喧嘩腰な月下さん。
うーん、想像ができない。
「結局さ。月華は、月下にあたしを押し付けて、自分は一人でどっかへ行っちゃったんだよね」
「そうだったわね」
「で、あたしは月下に戦い方を教えてもらうことになったんよ」
「ええ。私は、地上にいた頃から、妖魔と戦う術を知っていたから」
ほ、ほえ?
「闇底だけじゃなくて、地上にも妖魔はいるの。私は、地上では霊能者とか祓い屋とか呼ばれている、妖魔を倒すことを生業にしている家で生まれ育ったの」
あ、あー。
だから、月華と契約して力をもらったわけじゃないのに、力が使えるんだ。
月華と月下さんは、同じなんだ。
元々、力を持っていた。
力を持って生まれてきた。
で、つまり。
な、なるほどー。
「でねー、月下に力の使い方を教わることになったはいいんだけどさ」
「…………私の教え方がよくないのか、これがなかなか難しくて。マリ、じゃない、月見の前にも力の使い方を教えてあげた子がいるんだけど、その時ももの凄く苦労したわ。うまく教えられないまま、はぐれちゃった子もいるのよ……。その後、探したのだけれど、見つからなかったのよね。まだ、どこかで生きていてくれてるのかしら……?」
月下さんの目が虚ろになる。
え、えと。
よ、妖魔に食べられちゃったんでなければいいけど。
げ、元気出して。どこかで生きてるかもしれないし!
月下さんだけのせいではない……っていうか、アフターケアを怠った月華のせいでもあるよね?
う、うん。月下さんが喧嘩腰で突っかかる理由はよく分かった。
月華は、せっかく助けた女の子が、その後で妖魔に食べられちゃっても、平気なのかな?
う、うーん。
「えーと、まあ、それでね? 散々、修行をした挙句、全然物にならなくてね。魔法少女みたいに、マスコットキャラ的な何かと契約した次の瞬間から、当たり前みたいに魔法を使って敵と戦えるようになればいいのになー、ってあたしが愚痴ったらさ。月下が、それだわとか言い出して。あなたは、月の女神と契約して、魔法少女になったのよ。さあ、心に浮かんだ呪文を唱えてみて! って、言われて」
「結果、マジカル・マリンが誕生したのよね。あんなに苦労したのに、あんなにあっさりうまくいくなんてね」
当時のあれやこれや思い出しているのか、虚ろに笑う月下さん。
げ、元気出して。元気出してください、月下さん。
月見さんの何気ない一言を拾って、契約して魔法少女になる作戦を月下さんが思いついてくれたからこそ、今のあたしたちがあるわけで!
月見さんだって、月下さんに会えたからこそ、こんなに立派な、こんなに立派な……迷走中のマジシャン風な魔法少女になれたわけですし!
てゆーか。それで、あっさり魔法少女に変身しちゃった月見さんもすごいな……。
「そうそう。呪文を唱えたら、一発で変身出来ちゃって。テキトーに呪文を唱えるだけで、簡単に魔法を使えるようになったし。ホント、今までの苦労は何だったんだって感じ! あの修行、まったく意味なかったよね!?」
「それは、悪かったわ……」
月下さんが意気消沈している。
でも、月見さんは、お構いなしで突っ走る。
「でさ。その後は、二人で月華を探して、今度女の子を助けて力を与えたら、『月の女神と契約して魔法少女になったんだ』って言っときなさいって言い聞かせたんだよね」
「ピンク色の正統派魔法少女になった月見を見て、珍しく驚いた顔をしていたわよね」
「そうそう! でね! その時は、月下もテンションがおかしなことになっててね!」
「ちょ、余計なことは言わなくていいから!」
「私たちはこの闇底で魔法少女として生まれ変わったんだから、新しく名前を決めましょうって言いだしてさ」
「ちょ、やめて!」
「月華と月下美人って名前は、その時に決めたんだよ! あっは。自分で自分に月下美人って名付けるとか、役に立たない修行疲れのせいか、月下も大分、おかしくなってたよね! あの時!! あっはは」
「……………………」
うつむいた月下さんの耳が、赤く染まっている。
え、えーと。
なんて、コメントしたらいいものか。
き、きっと、お疲れだったんですね。
「あ、月華はね。月華の本名をちょっといじって、あたしと月下でつけてあげたんだー。月の女神にふさわしい、いい名前だよね! あ、本名はー、内緒! 知りたかったら、本人に聞いてみてね! あんまり名乗りたくないみたいで、あの時もやっとのことで聞き出したしね」
食い入るように月見さんを見つめていた夜咲花が、残念そうに肩を落とした。
まあ、月華本人が知られたくないって思っているんなら、勝手に聞いたらいけないよね。
「元祖魔法少女と魔法少女の生みの親の理由は分かったけどよ。月華が、女子しか助けないのは何でなんだ?」
話が一段落したからか、ちゃぶ台に頬杖をついて大人しく話を聞いていた
「え? さあ? そうなの? あ、でも。そう言えば、サトーもそんなようなことを言っていたっけ? んー、単に、男ギライなんじゃない?」
月見さんの答えは、実にあっさりしたものだった。
というか。月華が女子しか助けないーっていうのも、よくは知らないみたいだ。
「そっか……」
元々、期待していなかったのか、紅桃はさして落胆した風もなく軽く頷くと、紅茶の入ったマグカップを弄びながらぼんやりし始める。
やっぱり、ショックだったんだろうか?
紅桃の頷きを最後に、ちゃぶ台の上には静かな時間が訪れた。
みんな、それぞれ。
何かに、思いを馳せているようだった。
何かっていうか。
たぶん、月華に。
月華。
今、どこで何をしているのかな?
次にアジトに帰ってくるのは、いつだろう?
月華には、いろんな『どうして?』がある。
どうして、女の子しか助けないんだろう?
どうして、女の子を助けるため“だけ”に、あんなに一生懸命なんだろう?
女の子を助けることには、あんなに拘るのに、その後のことをまるで気にしないのは、どうして?
妖魔に容赦がないくせに、お供の鳥妖魔・雪白には、気を許している…………っぽいのは、どうして?
月華は、何をしたいんだろう?
何のために、あんなに…………?
会って。
会って、話がしてみたいな。
もっと、月華のことが知りたいな。
クッキーをさくりとやりながら、あたしはぼんやりとそう思った。