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第27話 劇場型魔法少女

 野生のプリンセスが現れた。


 …………たぶん、野生。

 いや、どうかな。

 どうなんだろ?

 深窓のご令嬢、とかいうやつ、ではない。それは、もう。何があっても、絶対に。


 やー…………。

 なんか。

 なんか、すごいの、来ちゃったよ……。





 それは、あたしと紅桃べにももとルナの三人が、懲りずに河原でカケラ探しをしていた時のことだった。

 月下けっかさんも魔女に興味があるみたいだったし、話を聞きに行くならやっぱり手土産があったほうがいいよねってことで、場所を荒野から河原へと変えてカケラ探しを再開することにしたのだ。

 河原を選んだのは、なんだかこういうところにはカケラとか落ちていそうな感じがするって、誰かが言ったから。紅桃だったかな。いや、月下さんだったかも。

 まあ、それはどうでもよくて。

 荒野では三人バラバラになって、カケラ探し競争とかしていたあたしたちだけど。

 今回は、三人で固まって河原を漁っている。

 河原には、荒野よりも強い妖魔がいて危険だからだ。主にあたしが。紅桃とルナは一人でも妖魔をやっつけられるけど、あたしはまだ、ちょっと自信ないし。見た目が怖いのとか、気持ち悪いのとかが現れたら、固まっちゃって何もできないうちに食べられちゃうかも。

 それに、サトーさんの言っていた魔法少女狩りの話のこともある。たぶん、例のあの子のことだろうってことにはなったんだけど。でも、もしかしたら、そう思わせるのもフェイントで、本当に危険な魔法少女ハンターがいるかもしれないから、念のため三人一緒に行動したほうがいいと思うわ、って月下さんに言われたのだ。



 川は、割とちゃんとした川だった。

 大河ではないけど、小川でもなくて。二車線の道路くらいの幅はある感じで、流れもまあまあ速い感じ?

 川の上にも、河原にも、ホタルモドキがふわふわ飛んでいる。

 幻想的というか。

 そこはかとなく、あの世チックだなー、と思う。思ってしまう。

 賽の河原には、鬼がいるんだっけ? どうだっけ?

 そういう妖魔が、現れませんようにー。

 お祈りしながら、河原に転がっている石と石の間にカケラが潜んでいたりしないか探して回る。もちろん、石を積んだりはしない。


 カケラはなかなか見つからなかったけれど、壊れた人形とか、割れたマグカップとか、アンティークな感じの鍵とか、地上から彷徨い込んできたみたいなものがいくつか見つかって、それなりに楽しく探索をしていた。


「せっかく河原だし、バーベキューとかしたいなー」

「あー、いいなー。肉食いたい。肉」

「ヨウマのお肉?」

「え? 食べても大丈夫なの? んー、そういうのじゃなくてさ。夜咲花よるさくはなに頼んだら、錬金魔法で牛肉とか作ってくれないかなー。高級なヤツ!」

「河原でやるなら、無理じゃね? あいつ、引きこもりだから、ここまで来れないし」

「じゃー、アジトでバーベキュー?」

「アジトでかー……」

「それなら、焼き肉でもいい気がするな」

「だね……」


 なーんて、雑談に花が咲いちゃってるけど、ちゃんと手と目も動かしてるよ。大丈夫。


「…………いろいろ、落ちてはいるけど、カケラは見つからねーな」


 耳がちぎれたウサギのぬいぐるみを拾い上げながら、紅桃がぼやいた。


「うん……」


 白地に赤の水玉の丸くて平べったい缶を見つけたあたしは、生返事を返しながら蓋を開けてみる。


「うわ…………」


 溶けかかった飴が缶の底にへばりついていた。

 缶は可愛いんだけどなー。

 洗えば使えるかな?

 集めたカケラを入れておくのに、ちょうどいいサイズだと思うんだけどな。まあ、肝心のカケラはまだ一つも集まってないんだけどさ。


 缶を持ち帰ろうか、捨てようか迷っていると。


「おーほほほほほほほほほほ」


 川下のほうから、女の人の高笑いが聞こえてきた。

 なんだろう、と顔を上げて、そのまま固まる。


 それは、一言でいうなら、野生のお姫様? いや、プリンセス?

 いや、あの。

 どっちも、同じといえば同じなんだけど。

 それは、分かってるんだけど。

 着物じゃなくて、ドレス的な意味のあれでね?


 なんかね? なんていうの?


 プリンセスは、緑色のドレスを着ていた。金髪だけど、縦ロールにはしていない。腰までのふわふわの髪の毛。軽く結ってあって、頭のてっぺんにはティアラが載っている。アイドル並みに可愛い。でも、妖精のような紅桃や、女神様とか月そのものみたいな月華と比べると、人間のアイドル程度の可愛さという感じ。

 そんな感じの生き物が。

 高笑いしながら、こっちに向かって走って来る。川の上を。水の上を。ものすごく軽やかな足取りで。背景を背負って。

 背景、と言っても。バラの花とか、そんな可愛いもんじゃない。

 背景というか、大道具……いや、やっぱり背景?

 うん。あれ、あれだよね?

 どっかで見たことのある、シンデレラのお城。ほぼ原寸大。

 どっから現れた、そのお城!?


「あ。城は、本物じゃないぞ。魔法で作った幻みたいなものだ。つかず離れずついてくるだろ? あと、あれは本当の意味で背景的なもので、中に入ったりは出来ないらしいぜ。まあ、サトー情報なんだけど」


 立ち上がった紅桃が、頭の後ろで手を組みながら教えてくれた。


 あ。そ、そう。

 幻の背景のお城なんだ。なんだ、そっかぁ。


 って。

 いやいやいや?

 お城、いる?

 お姫様というかプリンセスのコスプレにしてもさ、そのお城、いる?

 いるとしてもだよ?

 背景ごと走ってこなくてもよくない?

 もっと、近づいてから出せばいいんじゃない?

 もしくは、先に、気づかれないように近づいて来ておいてから、お城を出して高笑いを始めるとかじゃ、だめなの!?


 黙って見てればいいから、と紅桃に言われたけれど。

 言われなくても、普通に口ぽかーんだよ!?



 固まったまま、ぽかーんしていたら、ついに。

 ついに、プリンセスが目の前までやってきた。


 河原にいるあたしたちのちょうど真ん前で止まると、あたしたちの方へと向き直る。背景のお城も一緒に、ぐるんと回転する。

 エレベーターで高い階まで一気に登った時みたいな、軽いめまいがした。


「わたくしは、夜陽よるひ。この常夜の世界を照らす太陽! 闇底を統べるのは、このわたくし!」


 近くで見ると、緑のドレスには、赤い小花の飾りがあちこちにくっついていて、かなり可愛い。

 いいな、ドレス。

 あたしも、着てみたいかも。


 女子アイで凝視している間にも、口上は続いていた。


「このわたくしが統べる闇底に、魔法少女なんて無粋な生き物は不要でしてよ! なぜなら、女王たるこのわたくしが一番美しいのだから! 邪魔な魔法少女は、このわたくし自ら一人残らず抹殺して差し上げますわ! ありがたく思いなさい!?」


 ノリノリで、白雪姫のお后様みたいなこと、言い始めた!?

 芝居がかかったセリフを一回も噛まずに言えてるけど、一人で練習したんだろうか。

 あと、抹殺とか言っているけど、バトルになっちゃたりはしないの?

 魔法少女バトルって、ちょっとかっこいい気もするけど、自分が戦うのは嫌だな。

 本当に黙って見てても大丈夫なの、これ?

 ちらちらと紅桃とルナの様子を伺ってみると、二人とも家でテレビでも見ているかのように、のんびりのほほんと夜陽の一人芝居を鑑賞している。


「ご安心なさいな。ほんの一瞬で済みますわ」


 夜陽が、流れるような仕草で両手を天に掲げた。

 そして、その手の中に、眩い光が生まれる。

 のんびりのほほんは、そのままだ。


「乙女の正義の証! プリンセス・ソード!!」


 夜陽の手の中の光は、白く眩い輝きを放つ光の大剣になった。

 夜陽の身長くらいありそうな、でっかい剣。本物だったら、女の子の夜陽があんな風に掲げるなんて無理そうだけど、魔法で作った剣だからか軽々持ち上げている。


 それは、まあいいとして。

乙女の……正義?

 いや、自分より綺麗な子を抹殺するのは、ある意味乙女の正義なの……か?

 てゆーか、女王様って名乗っておきながら、プリンセス・ソードなんだ。そうなんだ。

 あと、黒歴史を抹殺は、どこ行った?


「そう! 忌まわしき魔法少女たちを全員抹殺したその時こそ、わたくしは一点の曇りなき真の女王となるのですわ!」


 大剣を掲げる両手が、ふるりと震える。

 一点の曇りっていうのが、おまたをほかほかにしちゃった黒歴史のことかな。


「さあ、受けるがいいです……わ?」


 夜陽が最後まで言い切る前に、川の中から何かがザパリと姿を現した。

 夜陽を含む、みんなの視線が、何かに集中する。


「お前が夜陽、か? そのお城は、お前のお城か?」


 つぶらな瞳で、じっと夜陽を見つめる、それは、河童だった。

 河童と言っても、いかにも妖怪さんな気持ち悪くて怖いやつじゃない。

 ファンシーショップとかに売っていそうな、どこかぬいぐるみチックな可愛いやつだ。丸くてコロッとしたフォルムがまた、乙女心をくすぐる。

 サイズはお相撲さん並みだけどね!

 ああん。子河童とかはいないの?

 もっと小さい河童さんなら、連れて帰ってペットにして可愛がりたい!


「ほ、ほほほほほ! そうですわ。わたくしが、夜陽。闇底の女王となるべき存在ですわ! そして、もちろん! お城は、わたくしのお城ですわ! ほほほ! わたくしの子分になりたいのなら、特別に許してあげないこともありませんが、ちなみにもっと小さいサイズの子河童とかは、いないのかしら? もし、いるなら、まとめて……って、あら?」


 夜陽は、今度も最後まで言い切れなかった。


「オラと結婚しよう。結婚したら、あのお城はオラのものになるって、サトーが言ってた」


 つぶらな瞳でそう言うなり、河童さんは夜陽を抱き上げた。

 当然、姫抱っこだ。


「幸せにする……って言えば大丈夫だって、サトーが言ってた。さあ、行くぞ。これから、あのお城で暮らすんだ」

「へ? サトー? え? は? ちょ、んにゃあああああああ!! お、おろせ、ばかぁああああああ!!」


 思わぬ展開に、夜陽のプリンセスが剥がれ落ちる。

 言葉遣いが、乱れてますよ? お姫様。いや、女王様だっけ?


 夜陽を抱き上げた河童さんは、お城へ向かって走り出……そうとして、その場でグルグル回りだした。

 背景であるお城は、夜陽の背後、一定の距離を保つように設定されているんだろう。

 姫抱っこにした夜陽の背後にあるお城に向かおうとそっちへ体を向けると、抱えている夜陽の体も一緒に動くから、背後のお城がぐるんと回って、それを延々と繰り返すという。

 回っても回っても、お城へは辿り着けない。

 それでも、河童さんは足を止めない。

 幻のお城を目指して。

 叫ぶ夜陽を姫抱きにしたまま。

 グルグルくるくると回り続ける。


 見てるほうが、目が回るってば。

 紅桃が肩を叩いて、行こうぜって合図をしてきた。

 あたしは無言で頷いて、その後に続いて闇空へと飛び立つ。


「もしかして、いつもこんな感じなの?」

「そーだよー」

「だから、言ったろー。余計な手を出さないで、黙って見てれば、勝手に幕が下りるんだよ。ま、この辺りはあらかた探したし、そろそろ場所を変えようぜ」

「だいじょーぶ! そのうち、なれる!」


 紅桃とルナは、慣れているのか何事もなかったように、次の探索スポットを探し始める。

 けど。

 あたしは。

 日常へのスイッチがまだ入らなくて。

 次はどこにしようかと話し合う二人の会話に混ざることも出来ずに、そのうち溶けてなくなってしまいそうな、回転するふたりとお城を、つい目で追ってしまう。


 お城の幻を消せばいいのでは?

 とは思ったけれど、まあ、今さらだね。

 あれだけ勢いがついていたら、河童さんが完全に目を回すか、疲れて倒れるまで止まらないだろうなー。


 えー、なんと申しますか。

 一人と一匹のこれからに、幸あれ――――?


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