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第26話 闇を照らす太陽

 狭いちゃぶ台の上に、五つのカツ丼がぎっちぎちに並んでいた。

 これから、あたしたちは。


 尋問されるのだ。


 ――――なんて、言いすぎた。

 ちゃぶ台とカツ丼は、まあ、なんていうか。

 夜咲花よるさくはなの悪乗り?



 荒野でカケラ探しをしていたあたしたちは、結局一つもカケラを見つけられないまま、アジトに帰ることになった。

 サトーさんに弄ばれるだけで疲れ果てたあたしと紅桃べにももだけじゃなく、ルナのほうも空振りで。三人で合流した後、ルナはそのまま別の場所へカケラ探しに行きたがったけれど、魔女の洞窟に行ってから一度もアジトに帰っていないし、それにサトーさんの残した本当か嘘かわからない物騒な助言を、月下げっかさんたちにも伝えといたほうがいいだろうしね。

 ルナはむくれて、一人でカケラ探しに行こうとしたけれど、紅桃に「いや、そろそろ帰らないと、夜咲花が機嫌を悪くするんじゃね?」と言われると、途端に大人しくなった。

 ルナを丸め込むための方便かと思ったけど、わりと本気で心配しているっぽかった。

 まあ、夜咲花は怒らせると、地味にダメージのでかい嫌がらせをしてくるからなー。



「もー、遅いよ! 何してたの! 晩御飯、抜きにしちゃうからね!」


 紅桃の心配は案の定で、アジトの戸を開けると同時に、夜咲花のブーイングが飛んできた。

 それを聞いたあたしたち三人は、板の間の端に立つ夜咲花の足元にひれ伏す勢いで、それぞれに弁明を始めた。

 基本的にあたしたち魔法少女は、そこらに生えている赤い実を食べるだけで、余裕で生きていけちゃうわけだけれども。

 それはそれ。

 この中で、お料理的なものが作れるのは、夜咲花だけなのだ。

 夜咲花は気分屋さんなところがあるし、毎日みんな揃ってちゃんとしたご飯を食べているわけじゃないけれど、だからこそチャンスは逃したくない!

 そして、さっきのあれは、夜咲花と月下さんの二人だけでおいしいご飯を食べているのを指を咥えて見ていろよ的な意味、のはずだ。しかも、こういう時には、絶対に渾身の料理をぶっこんでくるはずなのだ。夜咲花の性格からして。

 なんとか夜咲花のご機嫌を取らなければ、おあずけ状態のわんこよりもつらくて悲しいことになってしまう。


「マジョのカケラを探してて!」

「サトーが現れたんだよ!」

「魔法少女くずれが、魔法少女狩りを!」


 あー、だめだー!

 みんな動転しているせいで、てんでバラバラな上に、あんまり弁明になってない!

 これは、お仕置き確定?

 コロッケだったら、耐えられない。無理やり奪って逃げちゃうかも!

 だって、コロッケ、大好きだし!

 縋りつかんばかりに見上げると、夜咲花は何かを思いついたようで、腕組みをしてにんまりと笑った。


「………………うむ。よく分からん。これは、尋問が必要だね!」


 で、まあ。

 尋問にカツ丼は付き物だよね! ってことで。

 夜咲花の錬金魔法によって、ちゃぶ台と、尋問する側の夜咲花と月下さんの分を含めた全員分のカツ丼が用意されたのである。



 カツ丼を食べながら、あたしたちは魔女の洞窟に行ったところから順に話していくことにした。

 洞窟の奥の女子部屋で暮らすジャージの魔女ことは二人とも初耳だったみたいで、興味津々だった。

 ルナが、魔女のお茶会で地上さんのお菓子や飲み物をふるまわれたことを話しちゃったときには、ちょっと焦った。あたしたちだけ、飲み食いしたことを怒られるんじゃないかと思って。お土産ももらってこなかったし。

 でも、月下さんは“地上からのお取り寄せ”ってところが気になるみたいで何やら考え込んでいたし(まあ、月下さんがお菓子のことで怒ったりするとは思ってなかったけど)、夜咲花は(問題なのはこっちだ!)別のところのスイッチが入っちゃったみたいで、「紅茶とクッキーくらい、あたしだって作れる!」と燃え上がっていた。その炎はいつまでも燃やし続けてもらって構わないです。あたし的には。


「地上からのお取り寄せ……気になるわね。本当にできるなら、どうやっているのか知りたいけれど。一体、何者なのかしら? 会って、話を聞いてみたい気もするけれど。地上から闇底に物が流れてくるのは、たまにあることだから、たまたま拾ったもの……という可能性も、ないわけではないのよね。流れ着きやすいいい場所を知っている、とか? うーん……」


 形の良い顎に人差し指を当てて、月下さんはしなやかな姿勢で考え込んでいる。

 がっついている感じは見せなかったのに、月下さんの丼は、いつの間にか空になっていた。がつがつしているルナと紅桃はもうすぐ食べ終わりそうだけど、あたしと夜咲花はまだ半分くらい残っているのに。


「地上から闇底に、物が流れてくることがあるんですか?」


 セリフの一部が気になって、あたしは箸を握ったまま月下さんに尋ねた。


「あら? もちろん、あるわよ。人間だって、彷徨い込むことがあるのだもの。物だって、同じよ。このアジトだって、もともとは地上にあったものよ?」

「え? ええ!? そうなんですか!?」


 なんか、さらっと新事実が!

 ん。でも、知らなかったの、新参者のあたしだけ?


「そうよ」


 たおやかに微笑む、月下さん。

 淡い黄色のワンピースがよく似合う月下さんは、名前の通り月下美人のような美しさ。…………名前のイメージだけで、もともとの花がどういうヤツなのかは、知らないんだけどね。

 見とれつつも、アジトが話題に上がったことで、あたしはサトーさんの本当か嘘か分からない話を思い出した。

 あたしは箸を握る手にぐっと力を籠め、思い切って尋ねてみた。


「その、サトーさんが言ってたんですけど。アジトの主って、月下さんなんですか?」

「え? アジトの主?」


 月下さんは意外なことを聞かれた、みたいな感じで目を丸くしてあたしを見つめた。


「ごちそうさん」

「ごちそーサマ!」


 忙しく箸と口を動かしていた紅桃とルナが、満足げに丼を置いた。

 夜咲花は、新作クッキーの構想でも練っているのか、心ここにあらずで箸を口に運んでいる。

 夜咲花はともかく、紅桃とルナは、会話は聞こえているけれど、内容には興味がないって感じで。

 あー、これ。

 半分の嘘のほうだったのかな。

 サトーめ! と思いながら、玉子でとじたカツをほおばる。


「主っていうわけではないけれど、この家を見つけたのは、私よ。まあ、いつもここで留守番をしているし、そういう意味では主と言っても間違いではないわね」


 顎に人差し指をあてて、軽く小首を傾げる月下さん。

 なんでもない仕草が、いちいち女らしい。動きがしなっとしてるというか。

 あたしとは違う素材で、体が作られていそう。

 うーん、しかし。

 嘘でもないけれど、本当でもない感じ?

 となると、月下さんは月華つきはなと契約した魔法少女じゃないのにアジトに魔法少女を集めて、何か企んでいるとかいうのもデタラメってことかな。

 あ、でも。月華と契約していないっていうのは、この間月光つきこちゃんも言っていたし、月下さんも別に否定はしていなかったから、本当のことかもしれない。んー、でもでも。よくよく思い返してみると。

 サトーさんは、月下さんは魔法少女じゃないって言っていた。

 でも、月光ちゃんは、自分のことを生まれついての魔法少女って言っていた。……たぶん。

 えーと、つまり?

 うん……うん…………カツ丼おいしいな。

 …………うん。今度、月光ちゃんに会ったら聞いてみよう。そうしよう。

 あと、月下さんが何か企んでいるっていうのは、さすがにサトーさんの嘘だと思うので、きれいさっぱり忘れることにします。

 だって、綺麗で優しい月下さんが何か企んでいるとか、有り得ないよね?


「他には、何か言っていた?」


 食後のお茶を飲みながら、たおやかに尋ねる月下さんに、あたしは丼の底に残った最後のお米の一粒を箸の先で追いかけるのをやめて頷いた。


「あ、はい。去り際に、気になることを言ってました」


 月下さん関係はまるっと棚の上に上げて、あたしはサトーさんが最後に言ってたちょっと物騒なセリフを伝えることにした。

 嘘なら嘘で、そのほうがいいんだけれど。

 もしも、本当だったら、ちゃんと伝えておかないと。


「その、魔法少女……くずれ? が、魔法少女狩りをしているから、気をつけろって……」


 魔法少女狩り。

 それが本当なら、なんて物騒な話なんだろう。

 追いかけっこを再開し、ようやく掴んだ最後の一粒を噛みしめながら、あたしはふるりと身を震わせた。

 が。

 ぶるっているのは、あたしだけみたいだった。


「んー、それって……」

夜陽よるひのことかしら?」

「まあ、夜陽のことだよな?」

「ん。星空ほしぞらが何も知らないと思って、わざと怖がらせようとしたんじゃない?」


 え? みんな、何か知ってんの?

 ていうか、なんでそんなにのんびりムードなの?

 か、狩られちゃうんだよね?

 え? 何かが、嘘なの?

 くずれが本当で、狩りが嘘ってこと?

 あ。そういえば。

 アジトに一旦帰ろうかって話をしていた時に。紅桃、夜咲花のご機嫌は心配していたけれど、サトーさんの物騒な話のことはあまり気にしていなかったような?


「あいつなー。魔法少女は全員抹殺するとか息巻いているからなー」

「月華に助けてもらったくせに、生意気」

「まあ、しょうがいないわよ。プライドが高そうな子だったし」

「ヨーマが怖くて、お股がほかほかになっちゃったんだよね」

「は!? え!? どういうこと!?」


 全員抹殺とか超物騒な話をなぜそんな、のんきに?

 あと、お股ほかほかって、何?

 一人で混乱しているあたしに、みんなで代わる代わる説明してくれた。


 つまりは、こういうことらしい。



 あたしが仲間になるよりも、もう少し前の話。

 あたし同様、神隠しにあって闇底に迷い込んで妖魔に襲われていた女の子を、月華が助けてあげたんだけれど。

 その子は、妖魔が怖くて、おもらししちゃったんだって。

 それでも、その場で契約は出来たみたいなんだけど。

 その子は、妖魔に襲われたショックか、おもらししちゃったショックか、呆然と涙を流しながら座り込んだきりで動かなくなっちゃって。

 月華は、契約が済んだらもう用はないとばかりに置き去りにしようとしたらしいんだけれど、相棒の鳥型妖魔・雪白ゆきしろに怒られて、呆然自失のその子をアジトまで運んできたのだ(さすがに、お股がぐっしょりの子を姫抱っこは出来なかったみたいで、脇の下を持ち上げる感じで飛んできたらしい)。

 アジトで月下さんが優しく話しかけてあげているうちに、だんだんその子も落ち着いてきて。で、落ち着いたところで、みんなを見回した。なんというか、運の悪いことに、その時アジトには全員がそろっていた。それから、その子は自分のお股を見下ろして。

 自分が、どういう状況なのかに気が付いた。

 気が付いたその子は、真っ赤になって、ぷるぷると震えだし。

 背中を撫でていた月下さんの手を払うと、勢いよく立ち上がり。


「みんな、殺してやる!」


 と、叫んでアジトを飛び出していったのだ。


 その後。

 夜陽よるひと名乗るようになった彼女は。


「わたくしは、この夜の世界を照らす太陽のような女。闇底を統べるのは、このわたくし! だから、わたくしの黒歴史ごと、魔法少女は全員抹殺してやりますわ!」


 とか言いながら、すっかりキャラが出来上がっちゃった感じで、高笑いとともにアジト周辺に定期的に現れるようになったんだそうな。


 女の子として、黒歴史を抹殺した気持ちは分かる。分かるけど。

 魔法少女は抹殺しちゃあかんでしょ!



「まあ、でも。心配しなくても大丈夫よ。現れれば、すぐ分かるし。何もしないで、ただ見ていれば、勝手に通り過ぎていくから」

「ヨルヒ、おもしろい」

「野生の中ボスって感じだよなー」

「あれぞ、真の劇場型魔法少女……くずれ。ふっ」


 って。

 抹殺に憤っているのは、あたしだけで。

 みんな、まったりお茶を啜っているし。


 えーと?

 夜陽って。

 一体、どんな子なの?


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