一人で荒野を探索している最中のことだった。
ルナが、荒野で魔女が欲しがっているカケラを見つけたことがあるっていうから、探しにやってきて、最初は三人一緒に探していた。
でも、なかなか見つからなくて、そのうち
あたしもルナも、おもしろそうって賛成して。
荒野の妖魔はたいして強くないし、あたし一人でもなんとかなるだろうってことで、みんなバラバラになって探し始めて。
でも、全っ然、見つからなくてすっかり飽きて、もう帰りたいなーなんて思いながら、足元の石ころを蹴飛ばしたその先に。
真っ黒い楕円形が音もなく現れて。
そこから、ヨレヨレのスーツを着たくたびれたサラリーマンのおっさんがリヤカーを引きながら出てきたのだ。
リヤカーのお尻が完全に出きったところで、黒い楕円は消えた。やっぱり、音もなく。
おっさんは、あたしに気づいて片手を上げた。
「やあ、お嬢さん。その格好からして、魔法少女みたいだね。見ない顔だけど、新入りかな? おじさんは、魔法使いのサトーだよ。気安くサトーちゃんって呼んでね」
そう言うとおっさんは、顎の下の無精ひげを撫でながら、へらりと笑った。
「あ、どうも。こんにちは。魔法少女の
なんか、胡散臭いけど。
名乗られたからには、こちらも名乗るのが礼儀というものだし、あたしはお行儀よくぺこりと頭を下げた。
この間、ジャージの魔女に会ったと思ったら、今度はよれたスーツの魔法使いかぁ。
闇底って、意味不明な世界だなぁ。
「星空ちゃんかぁ。可愛い名前だねぇ。女の子は、可愛い名前を考えるのが上手だよねぇ。あ、ちなみに、星空ちゃんはソロ活動派? それとも、月下美人《月下美人)のグループに入っているのかな?」
「へ? え、えと、
ソロ活動に、グループって。
アイドルみたいだな。
てゆーか、ソロ活動ってことは、一人で行動している魔法少女もいるってことなのかな?
この間、アジトにやってきた
まだ、他にも魔法少女がいるってこと?
一体、何人いるんだろ?
「そっかぁ。星空ちゃんは、チーム・月下美人のメンバーなんだねぇ。ねえ、星空ちゃん。知ってたかい? 月下美人ってさぁ、本当は魔法少女じゃないんだぜ?」
「あ!? そ、それは、月下さんが昭和生まれだから!?」
おっさんが、あまりにもへらへらと軽薄な感じだったから、ついうっかり反射的に答えちゃったけど、言い終わってから気が付いた。
あ、これ。そういう意味のあれじゃないよね?
この間。月光ちゃんが突撃してきたときに、言っていた。
月光ちゃんは、
そして、これは。たぶん、そういう意味の、あれ、なんだと思うけど。
今更、口に出した言葉は戻らない。
今は、ただ。
あたしのうかつな一言が、月下さん本人の耳に入らないことを祈るだけだ。
月下さんが昭和生まれだから、魔法“少女”じゃないだなんて。
本人の耳に入ったら、絶対にとんでもなくお怒りになる。
ぶるぶる。
引きつった笑顔のまま心の中で震えていると、サトーさんはぽかんとした顔をして、それから。
大爆笑した。
「ぶっは! あっははは! あっはははははははははは!! くっ、くっくく。ぐ、ぐふ! ぐはははははははははははは!! ひー、はははは。い、いいね! その発想! 昭和生まれだから、魔法少女じゃないって、ぐふぐふ、くふはははは! いやー、実にいい! ぜひとも、本人に聞かせてやりたい!」
ひー! やめてー!
抹殺される!?
「いやー、星空ちゃんは面白いなぁ。だけどさー、おじさんが言いたいのは、そういうことじゃなくてね?」
サトーさんは、目じりに浮かんでいた涙を指で拭うと、ぴたりと笑うのを止めた。
一瞬、真顔になった後、またへらりとした笑みを浮かべて、じったりと嫌な感じにあたしを見つめてくる。
「月下美人はさぁ、月華とは契約していないんだよね。なのに、なんでさぁ。自分も仲間みたいな顔して、魔法少女を自分のアジトに集めているんだろうね? 何を企んでいるんだと思う?」
企むって、そんな言い方。
あたしは、むっとした気持ちを隠さずに、サトーさんを軽く睨みつける。
サトーさんは、そんなあたしを気にした様子もなく、顎の下を撫でさすりながら、話を続ける。
「ねえねえ、知ってたかい? 地上と闇底を繋ぐためにはさ、生贄が必要になるんだって。これ、常識」
え?
地上と闇底を繋ぐ?
生贄?
イケニエ…………。
ニエ。
その言葉を、この闇底で、聞いたことがある、気がする。
迷い子とニエ。そんな風に、セットで聞くことが、あった気がする。
どこでだったけ?
月下さん…………? ううん、違うな。そうだ、雪白。雪白だ。
あたしが、闇底に彷徨い込んですぐの時、沼地でお魚妖魔から助けてもらった時。
その時、
ええっと、つまり。
どういうこと、なんだろう?
つまり、何が言いたいの?
「君たちはさ、月華の使い魔だから、月華が闇底にいる限り、地上に戻ることは出来ない。でも、月下美人はさあ、月華と契約した魔法少女じゃないからさ。月華がどこで何をしていようと、戻ろうと思えば地上に戻れないこともないんだよね」
本当に、この人は、何が言いたいんだろう?
それに、どうして。
「どうして、おじさんがそんなことを知っているの?」
「おじさんは、ひどいなぁ。せめて、お兄さんって言ってよ。いやいや、出来れば可愛くサトーちゃんって呼んでほしいんだけどね」
いや、さっき、自分で自分のこと、おじさんって言ってたじゃん。
「どうして、サトーさんが、月華との契約のこととか、月下さんは契約していないとか、そんなことを知っているんですか?」
「んー、んん。サトーさんじゃなくてさぁ、サトーちゃんだってば。ほら、言ってみ。サトーちゃんだよ、サトーちゃん」
かなりきつい感じに問い詰めたつもりだったのに、サトーさんは相変わらずへらへらしたままだった。
サトーちゃんって呼ばないと話が進まなそうだけど、なんか呼びたくない。
「ほーら、サトーちゃんだよ、サトーちゃん。…………んー、だめなの? もーう、しょうがないなぁ。まあ、今回は勘弁してあげるさ。次までに、練習しておくんだよー? じゃ、特別に答えを教えてあげようかね。んっふっふ。答えはー、知ってるんじゃなくて、分かっちゃっただけだよー。ほら、おじさんもさあ、地上ではそれなりの術者だったわけだよ。だからさぁ、まあ、これくらいはねぇ? 誰かに教えてもらったりしなくてもさ、見れば大体分かるっていうかねー」
「はぁ……」
予想に反して話は進んだけど、何が言いたいのかは、さっぱり分からない。
分かったのは、次に会う時までに、サトーちゃん呼びを練習しておかなきゃいけないってことくらい。
心の底から、二度と会いたくないんだけど。
「月下美人はさぁ、自分のアジトに月華の魔法少女を集めて、何をするつもりなんだろうね?」
「自分のアジト?」
思わず聞き返すと、サトーさんはニタリと嬉しそうに笑った。顎の無精ひげを右の人差し指で撫でながら。
「そうだよ? 知らなかったの? 君たちはさ、あそこを魔法少女のアジトなんて呼んでるみたいだけどさ。あそこの主は、月華じゃなくて、月下美人だよ? まあ、なんで月下美人のアジトに月華が魔法少女を連れて行くようになったのかは、おじさんも知らないけどね」
そう言うとサトーさんは、顎をさする指を止めて、闇空に視線を投げた。
「…………月華もさぁ、哀れな子だよねぇ。あの子が本当に助けたいのはさ…………」
皮肉気にゆがんだ口から、ポロリと言葉が零れ落ちる。
あたしに向けての言葉じゃなくて、心の声がうっかり漏れ出ちゃったみたいな、呟きだった。
へらへらした笑みは剥がれ落ちて。
寂しそうで、悲しそうで、何かを諦めたような眼をして、暗い空を見上げている。
暗い、闇空を。
月華が哀れって、どういう意味?
月華が本当に助けたいものって、何なの…………?
呟きの続きがものすごく気になったけれど。
その問いが形になることは、なかった。
「星空。そいつの言うことを信じるなよ」
あたしの隣に、空から何かがすとんと降り立って。
あたしの肩に、手を乗せたのだ。
「紅桃!」
妖精のように可憐な美少女(男の子だけど)。
荒野のどこか別の場所で、カケラ探し競争に精を出しているはずの、紅桃だった。