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第23話 魔法少女は戻れない

 “地上”からのお取り寄せ。

 という、魔女の言葉に、あたしと紅桃べにももは色めき立った。

 椅子をひっくり返しそうな勢いで立ち上がり、魔女の傍へと詰め寄る。


「ち、ちちち、地上からお取り寄せができちゃうってことは、もしかして!」

「地上と闇底を行ったり来たり、できるってことか!?」


 そう!

 お取り寄せができちゃうってことは!

 あたしたちが元居た世界、“地上”に戻れちゃうかもしれないってことだよね!?

 ね!?


 両脇を興奮したあたしと紅桃に挟まれた魔女は、慌てず騒がず静かに紅茶を一口飲んだ。そして、あたしたちのどちらとも目を合わせることなく、手の中の紅茶に視線を落とす。


「君たちが、地上での日常を取り戻すことは出来ないよ」


 魔女の言葉が、紅茶のカップの中に静かに落ちた。


「えっと、それは、どうして……?」


 ぱつんぱつんに膨らんだ期待に、湖の底の冷たい水をぶっかけられた気分で、前のめりになっていた体を少し後ろにそらす。

 魔女は、視線を伏せたままで答えた。


「君たちが、魔法少女だからだ」


 一瞬の沈黙の後。


「あ!」

「ああ!」


 あたしと紅桃は叫んだ。


 うん。それ、知ってる。

 知ってた。

 月下げっかさんも、そんなこと言ってた。

 魔法少女になったら、もう地上には戻れないって。


「君たちは、月華つきはなと契約して“魔法少女”という名の使い魔となった。月華は、地上に戻るつもりはないようだからね。使い魔だけが主のもとを離れて地上に戻ることは…………まあ、出来ないこともないが。出来たところで、正気を失って化け物となるか、すぐに死んでしまうかのどちらかだろうね。人間だったころの日常を取り戻すことは出来ないよ」

「…………」


 あたしは、すごすごと自分の席に戻って、力なく腰を下ろした。

 そうだった。

 ちゃんと、説明してもらって。

 納得して、覚悟して、魔法少女になったんだった。

 忘れてた……。

 地上からのお取り寄せなんて言うから、一瞬夢を見ちゃったよ。

 てゆーか、具体的な末路は知りたくなかったな……。

 はー。

 ため息をつきながら、ちょとだけ、やさぐれ気分でクッキーのお皿に手を伸ばす。


「…………なあ、じゃあさ。もし、もしも、俺たちが魔法少女になってなかったら、地上に…………」


 え?


 ふてくされてクッキーを鷲掴みにしたはしたない格好で、あたしは顔を上げた。

 まだ、魔女の隣に立ち尽くしたままだった紅桃が、ためらいを浮かべた瞳で魔女を見つめている。


 え、と。

 ちょっと、まって。

 それは……。

 知りたくない、わけじゃないけど。 

 今は、まだ。ちょっと、聞きたく、ない、かな?


 鷲掴みにしたクッキーをうっかり砕いちゃう前に、続きを言い淀んでいた紅桃がふるりと頭を振った。


「………………あー、いや。やっぱ、いい。何でもない。それが分かったところで、今更だしな」


 そのまま、自分の席に戻り、ドスンと乱暴に座る。

 あたしは、クッキーを鷲掴んだまま、ほっと息をついた。

 そう、今更、だよね。

 あたしたちはもう、魔法少女になっちゃったんだから。

 今は、そういうの、考えたくない。

 紅茶とお菓子で癒されたい。


 お行儀悪くクッキーを鷲掴んだ手を引き戻して、ふと目の前を見ると、テーブルに戻った紅桃の前には、褐色の液体が入ったグラスが置かれていた。しゅわしゅわしてるから、たぶんコーラかな? 紅茶のカップは、いつの間にか消えている。

 紅桃は眉間にしわを寄せながらグラスをじーっと見つめていたけど、やがて乱暴にグラスをひっつかむと一気に喉に流し込んだ。

 え? ちょっと!

 ぷはーってやるのはいいけど、げっぷとかはやめてよね? 見た目だけは、超絶可憐な美少女なんだからさ!

 星空からのお願いだよ?



「二人とも、地上に帰りたいの?」


 はらはらしながら紅桃の様子を見守っていると、不思議そーな、ルナの声が聞こえてきた。

 えーと……?


「ルナは、帰りたく、ないの?」


 ゆっくりと、顔をルナのほうへ向ける。

 帰りたくないなんて、そんなこと、あるの?

 目が合うと、ルナはにぱっと笑った。


「うん! ルナは、帰りたくない! 帰るトコもないし! ルナは、闇底でみんなと暮らしてるほうが好き! 楽しい!」

「そう、なん、だ? う、うん。あたしも、みんなといるの、楽しい、よ?」

「お、おう? 俺も、だぜ?」


 ちらりと横目で紅桃を見ると、微妙にひきつった表情で、空になったグラスを弄んでいる。

 きっと、あたしも同じような顔をしてると思う。


 帰るトコがないって言った?

 それって、どういうコト、カナ?


 聞きたい、けど。なんか怖くて、聞けない。

 ルナはあっけらかんと笑っているけど。

 あっけらかんとヘビィなご事情を聞かされちゃったらと思うと、怖くて聞けない。


「戻りたいと望む者には叶わず、戻れるものはそれを望まない。皮肉なものだな」


 なんだか思いがけない話の展開に、へこんでいたことも忘れてあわあわしていたら、魔女が湖面に小石を投げるみたいに言葉を落とした。

 水面に、輪が広がっていく。

 ような、気がした。


 それは一体どういうことかと魔女に視線を向けたけれど、ジャージの魔女は静かな笑みを浮かべるだけだった。


「今回は、これでお開きとしよう。カケラを手に入れたら、また来るといい。続きはまた、その時に」



 魔女が言い終わると同時に、目の前が真っ暗になって。

 気が付けば、あたしたちは洞窟の外にいた。



「え? 何? どういうこと? 最後に何か、意味深なこと言ってなかった?」


 脳内“?”乱舞状態なんですけど!?


「お、おう。てか、今のなんだ? 瞬間移動ってヤツか!? なんか、すごくねえ? こんなの、月華にもできないんじゃねーか? あの魔女って、一体、何者だよ!?」

「ルナ、あのマジョ好き! また会いたい! ね、カケラ探そ! カケラ!」


 ルナが目を輝かせながら、あたしと紅桃の腕をつかんでぐいぐいと引っ張ってくる。猫耳がピコピコ、猫しっぽがフリフリしている。

 もしかして、ルナ、餌付けされてない?

 チラッと紅桃の様子を伺うと、紅桃は俄然乗り気なようだった。

 さっきまで、やけコーラしてたくせに。

 瞬間移動に少年心をくすぐられちゃったようだ。


「そうだな。あの魔女は、なんか俺たちが知らないことをいろいろ知ってそうじゃね? それに、カケラを集めてどうするつもりなのかも、聞いてみたい」


 こっちはこっちで、目が輝いている。ルナの好奇心と期待でいっぱいの輝きとは違う、好戦的な光。


「ホシゾラは?」


 期待でいっぱいのほうの瞳があたしを見つめてきた。

 そ、そんなにキラキラされたら、断れないじゃん!


「わ、分かった。二人がやるなら、あたしもやるよ!」

「やったー!」


 ルナは大喜びで、あたしたちから手を放して飛び跳ねた。


 魔女は、確かにあたしたちの知らないことを知ってそうだけど。それを聞いちゃうのは、少し怖いような気もするんだよな。こう、知らなきゃよかったみたいなことを知っちゃいそうでさ。

 ま、まあ、でも。

 あのお茶会には、もう一回くらいお呼ばれしてみたいし。

 それに、最後の魔女の一言もすごく気になる。

 どういう意味なのか、聞いてみたい。

 一体。一体それは、誰のことを言っていたのか、聞いてみたい。

 話の流れからすると、ルナのことかなとも思うけど。

 でも、ルナは魔法少女だ。

 コスチュームは全然魔法少女っぽくないけど(白Tにデニムのショーパンだし)、でも、あたしたちと同じ月華と契約した魔法少女のはずだ。

 魔法少女は、地上に戻れない。

 となると、あとは…………。


 頭の中に浮かんだ三つの顔を、あたしは打ち消した。

 やめとこ……。


「でもよ。星空はカケラ探しの前に、その手の中のものをどうにかしたほうがいいんじゃね?」

「ん? 手の中のもの?」


 一人思い悩んでいたら、紅桃が笑いをかみ殺しながら、あたしの右手に視線を投げてきた。

 そういえば、何か掴んでる?

 右手を持ち上げて、胸の前で開く。


「……………………」


 開いた手の上には、粉々に砕けたクッキーが山盛りになっていた。



 も、もちろん!

 砕けたクッキーは、責任をもっておいしくいただくさ!


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