“地上”からのお取り寄せ。
という、魔女の言葉に、あたしと
椅子をひっくり返しそうな勢いで立ち上がり、魔女の傍へと詰め寄る。
「ち、ちちち、地上からお取り寄せができちゃうってことは、もしかして!」
「地上と闇底を行ったり来たり、できるってことか!?」
そう!
お取り寄せができちゃうってことは!
あたしたちが元居た世界、“地上”に戻れちゃうかもしれないってことだよね!?
ね!?
両脇を興奮したあたしと紅桃に挟まれた魔女は、慌てず騒がず静かに紅茶を一口飲んだ。そして、あたしたちのどちらとも目を合わせることなく、手の中の紅茶に視線を落とす。
「君たちが、地上での日常を取り戻すことは出来ないよ」
魔女の言葉が、紅茶のカップの中に静かに落ちた。
「えっと、それは、どうして……?」
ぱつんぱつんに膨らんだ期待に、湖の底の冷たい水をぶっかけられた気分で、前のめりになっていた体を少し後ろにそらす。
魔女は、視線を伏せたままで答えた。
「君たちが、魔法少女だからだ」
一瞬の沈黙の後。
「あ!」
「ああ!」
あたしと紅桃は叫んだ。
うん。それ、知ってる。
知ってた。
魔法少女になったら、もう地上には戻れないって。
「君たちは、
「…………」
あたしは、すごすごと自分の席に戻って、力なく腰を下ろした。
そうだった。
ちゃんと、説明してもらって。
納得して、覚悟して、魔法少女になったんだった。
忘れてた……。
地上からのお取り寄せなんて言うから、一瞬夢を見ちゃったよ。
てゆーか、具体的な末路は知りたくなかったな……。
はー。
ため息をつきながら、ちょとだけ、やさぐれ気分でクッキーのお皿に手を伸ばす。
「…………なあ、じゃあさ。もし、もしも、俺たちが魔法少女になってなかったら、地上に…………」
え?
ふてくされてクッキーを鷲掴みにしたはしたない格好で、あたしは顔を上げた。
まだ、魔女の隣に立ち尽くしたままだった紅桃が、ためらいを浮かべた瞳で魔女を見つめている。
え、と。
ちょっと、まって。
それは……。
知りたくない、わけじゃないけど。
今は、まだ。ちょっと、聞きたく、ない、かな?
鷲掴みにしたクッキーをうっかり砕いちゃう前に、続きを言い淀んでいた紅桃がふるりと頭を振った。
「………………あー、いや。やっぱ、いい。何でもない。それが分かったところで、今更だしな」
そのまま、自分の席に戻り、ドスンと乱暴に座る。
あたしは、クッキーを鷲掴んだまま、ほっと息をついた。
そう、今更、だよね。
あたしたちはもう、魔法少女になっちゃったんだから。
今は、そういうの、考えたくない。
紅茶とお菓子で癒されたい。
お行儀悪くクッキーを鷲掴んだ手を引き戻して、ふと目の前を見ると、テーブルに戻った紅桃の前には、褐色の液体が入ったグラスが置かれていた。しゅわしゅわしてるから、たぶんコーラかな? 紅茶のカップは、いつの間にか消えている。
紅桃は眉間にしわを寄せながらグラスをじーっと見つめていたけど、やがて乱暴にグラスをひっつかむと一気に喉に流し込んだ。
え? ちょっと!
ぷはーってやるのはいいけど、げっぷとかはやめてよね? 見た目だけは、超絶可憐な美少女なんだからさ!
星空からのお願いだよ?
「二人とも、地上に帰りたいの?」
はらはらしながら紅桃の様子を見守っていると、不思議そーな、ルナの声が聞こえてきた。
えーと……?
「ルナは、帰りたく、ないの?」
ゆっくりと、顔をルナのほうへ向ける。
帰りたくないなんて、そんなこと、あるの?
目が合うと、ルナはにぱっと笑った。
「うん! ルナは、帰りたくない! 帰るトコもないし! ルナは、闇底でみんなと暮らしてるほうが好き! 楽しい!」
「そう、なん、だ? う、うん。あたしも、みんなといるの、楽しい、よ?」
「お、おう? 俺も、だぜ?」
ちらりと横目で紅桃を見ると、微妙にひきつった表情で、空になったグラスを弄んでいる。
きっと、あたしも同じような顔をしてると思う。
帰るトコがないって言った?
それって、どういうコト、カナ?
聞きたい、けど。なんか怖くて、聞けない。
ルナはあっけらかんと笑っているけど。
あっけらかんとヘビィなご事情を聞かされちゃったらと思うと、怖くて聞けない。
「戻りたいと望む者には叶わず、戻れるものはそれを望まない。皮肉なものだな」
なんだか思いがけない話の展開に、へこんでいたことも忘れてあわあわしていたら、魔女が湖面に小石を投げるみたいに言葉を落とした。
水面に、輪が広がっていく。
ような、気がした。
それは一体どういうことかと魔女に視線を向けたけれど、ジャージの魔女は静かな笑みを浮かべるだけだった。
「今回は、これでお開きとしよう。カケラを手に入れたら、また来るといい。続きはまた、その時に」
魔女が言い終わると同時に、目の前が真っ暗になって。
気が付けば、あたしたちは洞窟の外にいた。
「え? 何? どういうこと? 最後に何か、意味深なこと言ってなかった?」
脳内“?”乱舞状態なんですけど!?
「お、おう。てか、今のなんだ? 瞬間移動ってヤツか!? なんか、すごくねえ? こんなの、月華にもできないんじゃねーか? あの魔女って、一体、何者だよ!?」
「ルナ、あのマジョ好き! また会いたい! ね、カケラ探そ! カケラ!」
ルナが目を輝かせながら、あたしと紅桃の腕をつかんでぐいぐいと引っ張ってくる。猫耳がピコピコ、猫しっぽがフリフリしている。
もしかして、ルナ、餌付けされてない?
チラッと紅桃の様子を伺うと、紅桃は俄然乗り気なようだった。
さっきまで、やけコーラしてたくせに。
瞬間移動に少年心をくすぐられちゃったようだ。
「そうだな。あの魔女は、なんか俺たちが知らないことをいろいろ知ってそうじゃね? それに、カケラを集めてどうするつもりなのかも、聞いてみたい」
こっちはこっちで、目が輝いている。ルナの好奇心と期待でいっぱいの輝きとは違う、好戦的な光。
「ホシゾラは?」
期待でいっぱいのほうの瞳があたしを見つめてきた。
そ、そんなにキラキラされたら、断れないじゃん!
「わ、分かった。二人がやるなら、あたしもやるよ!」
「やったー!」
ルナは大喜びで、あたしたちから手を放して飛び跳ねた。
魔女は、確かにあたしたちの知らないことを知ってそうだけど。それを聞いちゃうのは、少し怖いような気もするんだよな。こう、知らなきゃよかったみたいなことを知っちゃいそうでさ。
ま、まあ、でも。
あのお茶会には、もう一回くらいお呼ばれしてみたいし。
それに、最後の魔女の一言もすごく気になる。
どういう意味なのか、聞いてみたい。
一体。一体それは、誰のことを言っていたのか、聞いてみたい。
話の流れからすると、ルナのことかなとも思うけど。
でも、ルナは魔法少女だ。
コスチュームは全然魔法少女っぽくないけど(白Tにデニムのショーパンだし)、でも、あたしたちと同じ月華と契約した魔法少女のはずだ。
魔法少女は、地上に戻れない。
となると、あとは…………。
頭の中に浮かんだ三つの顔を、あたしは打ち消した。
やめとこ……。
「でもよ。星空はカケラ探しの前に、その手の中のものをどうにかしたほうがいいんじゃね?」
「ん? 手の中のもの?」
一人思い悩んでいたら、紅桃が笑いをかみ殺しながら、あたしの右手に視線を投げてきた。
そういえば、何か掴んでる?
右手を持ち上げて、胸の前で開く。
「……………………」
開いた手の上には、粉々に砕けたクッキーが山盛りになっていた。
も、もちろん!
砕けたクッキーは、責任をもっておいしくいただくさ!