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第21話 洞窟の主

 闇底で暮らしているのは、どうやら。

 魔法少女と妖魔だけではないみたい、だった――。




 その洞窟を、最初に見つけたのはルナだった。

 一人で闇底をパトロールしている最中に洞窟を発見したルナは、一人で中に突入したりはせずに、あたしたちを呼びに来た。

 あたしたち――あたしと、桃紅べにももを。

 その時、あたしたちはアジトの外にいた。

 紅桃に、魔法少女のほぼ主食ともいえる赤い実がいっぱい生えている場所とか、妖魔が集まる場所とかを教えてもらっている最中で、アジトからは大分離れていた。おまけに、見通しのいい空じゃなくて、岩場の陰にいた。なのに、ルナは、まるであたしたちがそこにいるって最初から分かっていたみたいにやって来て、なんか普通に話しかけてきた。さっきまで、一緒にいたみたいに。


「ホシゾラ、ベニモモ! あっちに面白そうなどーくつを見つけた! 一緒に行こう!」

「お、おう。って、まだ中には入ってないのか?」

「うん! 面白いモノがいっぱいあるかもだし、リュックがあった方がいいと思って! ちょっとしか持って帰らなかったら、ヨルサクハナが絶対、怒るし!」

「あー。一人じゃ怖いとかじゃなくて、夜咲花よるさくはなに怒られるのが怖かったんだね」

「うん! ヨルサクハナを怒らせると、こわい」


 ルナは元気に答えた後、何かを思い出したのか、プルッと体を震わせた。猫耳と猫尻尾と猛禽系の逞しい羽もフルフルしている。ルナは、アニマル系魔法少女、なのだ。

 しかし、一体、何をされたんだろう。

 夜咲花は、錬金魔法で作ったパクチー味の木の実を人に食べさせたりとか、地味にダメージの大きいことしてくるからなー。


「ま、理由は兎も角、結果オーライじゃね。流石に、一人で知らん洞窟を探検するのは危険だろ。奥にヤバい妖魔が潜んでいるかもしれないしな」

「え? ヤバい妖魔?」


 それは、あたしもお会いしたくないんだけど?

 そんな思いを込めながら、恐る恐る紅桃を見つめる。紅桃は、そんなあたしの視線を受けて、ニヤッと笑った。可憐な美少女の不敵笑いも、なんだか見慣れてきたなー。ちょっと、遠い目。


「ま、たぶん大丈夫だろ。ルナは、なんつーか、やたらとカンがいいからな。そんなにヤバいのがいるなら、俺たちを誘いに来ないって」


 そう言って、ヒラヒラと片手を振る。


「なんだー。脅かさないでよー」


 そう言えば、あたしたちのことも、迷った様子もなくあっさり見つけたしね。なんか、レーダーでもついているみたいにさ。…………レーダーがどういうものかは、実はよく知らないけど。


「んー、まあ、力が強い妖魔が待ち構えているってことはないと思うけどさ。あいつ、夜咲花みたいな人を騙す系の妖魔には弱そうだろ? 洞窟の奥って、なんか変な実験とか研究とかしてそうな妖魔が住んでいそうなイメージあるしな」


 って。紅桃さんってば、腕組みして頷いてますけど、そんな妖魔がいるの? 聞いてないですよ? それに、夜咲花みたいって……。夜咲花に、パクチー味の赤い実を食べさせられたこと、まだ根に持っているんだね……。


「もー! いいから、早く行こ!」


 二人でゴチャゴチャ話していたら、待ちきれなくなったルナが、両手をガーッと突き上げて出発を催促してきた。


「分かったって。ほら、行こーぜ。星空」


 は、はーい、って。

 後に続いたのは、いいけどさ。本当に、大丈夫なのかな?

 夜咲花みたいな妖魔なら、可愛いと思うし、会ってみたいけど。どんなに可愛くても、実験とか研究とかの材料にされるのは、嫌だよ?



 と、まあ。そんなこんなで。



 草原を抜け、森を抜け、山を二つほど越えた向こう側。二つ目のお山の反対側の麓に、あたしたちは連れて行かれた。

 もちろん、お空を飛んで。

 案内すると言いつつ、一人ですっ飛んで行っちゃうんじゃないかなって、少しだけ心配していたんだけど、意外にもルナはちゃんとあたしたちの(主にあたしの)飛ぶペースに合わせてくれた。

 振り返って様子を見たりはしてないのに、何て言うの? 適度で適切? 安心してお任せできる道案内役でした。

 ちなみに。

 基本、一直線に飛んできただけなのに、もうどこから飛んできたのか分からない。いや、洞窟のあるお山の向こう側から来たのは分かるんだけどさ。山を越えた後、どっちの方角っていうか、どういう角度で進んでいけばいいの? アジトどころか、さっきまでいたルナとの合流地点にすら辿り着けるか分からない。

 二人とはぐれたら、アジトには帰れないかもしれない……。

 迷子には、気を付けよう。



「とうちゃーく!」


 トーンと踵から地面に降り立ったルナは、背中に生えていた逞しい猛禽羽を消し去った。どうやら、あの羽は空を飛ぶ時だけ背中に生やすようだ。

 まあ、普段はあっても邪魔なだけだよね。


「おー。本当に洞窟だ。中は暗いみたいだな。ってことは、洞窟の中は魔素が少ないのか? あんまり奥まで行かない方がいいのかもしれないな……」

「ホントだ、暗い。ホタルモドキは、洞窟の中にはいないみたいだね」


 所々、蔦だか蔓だかが生い茂る山壁(山肌?)の手前。枝葉が途切れた隙間を狙って、地面に降り立つ。洞窟はどこに、とキョロキョロしていると、ルナが山壁に向かって指を向けた。両脇に生えている大きな木の、突き出した枝葉の下に、ぽっかりと開いた綺麗なアーチ形の空洞。その奥には、本当の闇が広がっていた。

 闇底という名前の割に、この世界は意外と仄明るい。

 それは、闇底のあちこちに飛び交っているホタルみたいな謎の発光生命体(いや物体?)のおかげだ。このホタルモドキ(命名あたし)は、魔法少女のエネルギー源である魔素があるところにしかいないらしい。つまり、このホタルモドキがいない場所は、魔法少女にとって、魔法が使えなくなるかもしれない危険地帯なのだ。


「どうする? なんか、いかにもイベントが起きそうな洞窟だし、探検してみてーけどさ。あそこまで暗いと、なんも見えないだろ?」

「何とかして!」


 ルナがまた両手を上げて催促してきた。

 てゆーか、丸投げか!

 もしかして、あたしたちを呼びに来たのは、リュック目当てだけじゃなくて、明かり対策丸投げ作戦だったりする?


「え、えーと。洞窟探検って言ったら……」


 こめかみに人差し指を当てて考える。


「たいまつだな!」

「懐中電灯……?」


 紅桃と、かぶったけど、かぶらなかった。

 お互い、無言で見つめ合う。

 たいまつって、紅桃。一体、いつの時代の人なのよ?


「こほん。そうだよな、洞窟探検って言ったら、懐中電灯だよな。魔法で作ればいいってことか?」


 何かを誤魔化すように咳ばらいをすると、紅桃はあたしから視線を外して、わざとらしく腕組みをしながら洞窟の入り口を見つめる。


「それなら、ホタルモドキを電池の代わりにすればいい!」


 ルナがゆさゆさとあたしの肩を揺さぶってきた。

 な、なるほど。

 やってみるかー。


「いでよ! マジカルホタルライトー!」


 洞窟に向かって突き出した右手の中に、筒状のアイテムが現れる。

 月下さんのワンピースの色に似ている、淡い黄色の片手で持つタイプの懐中電灯。

 スイッチオーン!

 親指で、ツイッチを上にスライドさせると、ピカッと……じゃないな、ぽわッと明かりがついた。

 中にホタルモドキが詰まっているだけの簡単使用。

 スイッチの意味があるのかどうかは、あたしにもよく分からない。


「なるほどな。じゃあ、俺も」


 あたしの真似をして紅桃もホタルモドキ電灯を呼び出した。持ち手がついた、あたしより大きいサイズのヤツだ。


「ルナにも! ルナにも作って!」


 ルナはまた、あたしの肩を揺さぶりだした。

 どうやら、ルナは自分の体にいろいろ生やすのは得意でも、アイテムを作りだすのは苦手みたいだ。

 作るのはいいけど、やっぱりいらないってその辺に放り出すのは止めてね? 夜咲花の作ったリュックの時みたいにさ。地味に傷つくから。



「じゃ、行くよー」


 先陣を切ったのはルナだった。

 あたしの手を掴んで、洞窟に向かって走り出す。


「あ、おい! 待てよ! てか、走るな! 危ないだろ!」


 そう言う紅桃も、走ってるよね。


「わー。奥までくらー…………んんー?」


 そのまま、壁にぶち当たるか躓いて転ぶかするまで突っ走るんじゃないかと思ったルナだったけど、心配はいらなかった。

 洞窟の入り口で、急ブレーキ。


「だー、急に止まるなって!」


 危うく紅桃に追突されそうになったけど、ルナはまったく気にしていない。

 というか、奥に何かを見つけたみたいだ。


「どうしたの、ルナ?」


 ルナの肩口にひょいと奥を覗き込んで、思わず固まる。


「ん? 何だよ? 何があったんだよ?」

「うん。何か、奥が行き止まりになってるんだけど、行き止まりじゃないって言うか」

「いや、意味が分からん。てか、俺にも見せろって。どっちかどくか、中へ入れよ」

「トビラがあるー!! 行こーー!!!」

「え、ええー!? ちょ、ルナ、待って!」

「へ? 扉? 誰か、住んでるってことか?」


 呼び止める声もむなしく、ルナは奥に見える扉に向かって猛烈ダッシュをかました。

 そして、激しいノックの嵐。


「ごめーんくーださーい! 誰かー、いますかー?」


 あ、ああー。

 中に誰が(ていうか、何が?)いるかも分からないのに、いきなりノックをするとかー!あと、せめて、もう少し穏やかにー!


 紅桃とあたしは、洞窟の入り口で顔を見合わせると、深くため息をついた。


「俺たちも、行くか」

「そうだね」


 ルナを野放しにするわけにもいかないしね。

 足元はそんなに悪くなさそうなので、あたしたちもルナの元へとダッシュする。

 とりあえず、ノックの嵐は止めさせなくては!


 ああー。中にいるのが、気難しい人(若しくは妖魔?)じゃ、ありませんように~。

 それか、いっそのこと。

 誰も住んでいませんようにー!!

 と言うあたしの祈りもむなしく。


 扉は開いた。

 自動ドアみたいにシュッと。

 見た目は、古代遺跡とかにありそうな、変な模様が描かれている重そうな扉なのに。古代遺跡かと思ったら、宇宙人の秘密基地でしたみたいな感じで。

 ゴゴゴじゃなくて、シュッ。

 も、もしや。宇宙人型の妖魔が!?

 ドキドキしながら、ルナの数歩手前で立ち止まる。


「やれやれ、騒がしいな。そんなに激しく叩かなくても、ちゃんと聞こえているよ」

「こんにちはー!」


 え?

 ええ!?

 なんか、ルナは普通に挨拶しているけどさ。

 あたしは(たぶん紅桃も)拍子抜けしてしまって、何も言えずに固まってしまう。

 だって。

 だって……。

 てっきり、これから未知との遭遇が始まると思っていたのに。


 扉の向こうにいたのは。

 女の子、でした。

 エンジ色のジャージを着た女の子。薄紫色の、長い髪の女の子。髪の毛で片目が隠れている女の子。ミステリアスな感じの、女の子。


 あの子も、魔法少女、なのかな?

 ジャージ姿だけど。


「ようこそ、魔法少女の諸君。私は闇底の魔女。と言っても、闇底で活動をしている魔女は、私だけだからね。ただ単に、魔女、と呼んでもらって構わない」


 女の子は、落ち着いた声で静かにそう名乗った。

 …………魔女? 魔法少女、じゃなくて?



 な、なんだかよく分からないけれど。

 真っ暗な洞窟の奥にいたのは、妖魔でも宇宙人でも、魔法少女でもなくて。


 エンジ色ジャージの魔女――のようでした。


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