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第20話 月光襲来

 小さな嵐が、突然アジトに飛び込んできて。ひとしきり大騒ぎした後、また飛び出して行った。

 あー……。なでなでツンツンしてみたかったな。


 ――――それが、あたしの。

 月光つきことの、ファーストコンタクトの感想だった。




 この世とあの世の境目にある、薄暗くて仄明るい世界――闇底やみぞこ

 太陽も月も星もなくて。

 ホタルみたいな不思議な光が飛び交う草原のただ中に、あたしたちのアジトはあった。

 あたしたち――。

 日常と現実の“地上”世界から、夢と幻想の“闇底”世界へと彷徨い込んで、魔法少女となったあたしたちのアジト。

 昔話に出てくる、おじいさんとおばあさんが住んでいそうな一軒家で、どこをどう見ても魔法少女のアジトには見えない、あたしたちのアジト。



 そのアジトに、小さな嵐は。


「たのもー!!」


 スパーンと。

 壊れちゃうんじゃないかと心配になるくらいに思い切りよく引き戸を開けて、侵入してきた。


「光る月と書いて月光つきこ! ここに参上!!」


 ずかずかと板の間のすぐ手前まで入ってくると、小さな嵐は腰に手を当てて仁王立ちで自己紹介を始める。

 えーと。月光つきこ……ちゃん?

 こ、この子も魔法少女なのかな?

 どうみても、小学校の4年生とかそのくらいなんだけど。

 黒髪ストレートを、白いリボンでポニーテールに結んでいる。コスチュームは、巫女さんの衣装をミニスカートにアレンジしたみたいな、神社系魔法少女? のコス?

 大分、威勢がいい感じだけど、トロンとした垂れ目が、ちょー可愛い。

 愛でたい。


「月に照らすと書いて、月照つきてる


 続いて、もう一人。

 こっちは、高校生くらいの、なんていうか奇抜なカッコのド派手な顔立ちの美少女。

 パッチワーク風と言うよりは、継接ぎ風の衣装。色とか、布の種類とか、色々継接ぎ。おしゃれなのか貧乏なのか、判断に迷う際どい線。あと、髪の毛。レインボーカラーのふわふわクルックルのツインテール。アニメのキャラみたいに綺麗な、パステル系レインボーは、ひと房ずつが違う色に染まっている。そして、まつ毛がこれまたクルンクルンのバサバサで、右の頬には三日月のマークのペイントなんてしてあるし。

 なんか、兎に角、奇抜で派手。何もかもが。


「カタカナでー、ツッキーだよー」


 そして、最後の一人。

 スラリと背の高いベリーショートの、目元がキリリとした涼やかな綺麗め女子。こっちも、高校生くらいかな? 白いタキシードみたいな衣装を着てるんだけど、肩の細さとか声からして、女の子なのは間違いないと思う。

 男装の麗人っぽい見た目と、ちょっと柔らかめで間延びした声にギャップがあるけど、可憐な美少女なのに男の子な紅桃べにももほどじゃない……かもしれない。


 月照つきてるさんとツッキーさん。声と話し方を逆にした方が、しっくりくる感じだな。

 ……てゆーか。

 “つきつき”うるさい集団だよね……?


「何しに来たんだよ!? この、野良魔法少女!」


 突然の来訪者に唖然としていると。

 シャーッと毛並みを逆立てた猫のように、夜咲花よるさくはながあたしの背中越しに、突然の来訪者たちを威嚇した。


「新人が来たって聞いたから、わざわざ挨拶に来てあげたのさ」


 月光つきこは、腕組みをして、ふふんと胸を反らした。

 それは、どうもご丁寧に。


「あ。新人魔法少女の星空ほしぞらです。よろしくお願いします」


 背中に夜咲花よるさくはなを張り付けたまま、あたしは両手を揃えて頭を下げる。


「星空! そんな奴に頭とか、下げなくていいから!」


 夜咲花はそれが気に入らなかったみたいで、怒った声でそう言いながら、あたしの肩をポカポカと叩いてくる。ん、でも、それ。気持ちいいから、もっとやっていいよ。


「随分と、耳が早いわねえ」

「どこで聞いたんだよ」


 肩たたきを堪能していると、困ったような月下美人げっかびじんの声と、どこかげんなりした紅桃べにももの声が聞こえてきた。

 敵じゃないけど、夜咲花よるさくはなとは仲が悪くて、ちょっと面倒くさい子ってことかな?

 まったりしつつも、大事なポイントは押さえるよー……。はふぅ。

 でも、どうして仲が悪いのかなー。

 マスコットポジションを争っている、とか?

 夜咲花も、小柄でゆるふわショートが可愛い、マスコット系錬金魔法少女だもんね。


「ルナっちにー、聞いたんだよー」


 月光つきこちゃんのポニーテールの毛先を指でクルクルしながら、ツッキーさんがのんびりと答えた。月照つきてるさんは、ほんのり頬を赤らめながら、じっと月光ちゃんを見下ろしている。


「ちっ。ルナめ、余計なことを」


 夜咲花があたしの肩をぎゅーっと掴む。

 ちょ、痛い、痛い。それ、痛い。


「挨拶なら、もう済んだでしょ! とっとと、お帰り下さい!」


 しっしっと犬猫を追い払う仕草をする夜咲花。あたしは、肩を開放されて、ほっと息をつく。


「あたしは、こっちの新人、えーと、星空だっけ? と話をしにきたの! 関係ないよるは黙ってな!」

「そうそうー。引きこもりはー、大人しく引き下がってなー」


 威勢のいいたれ目の毛先を、やっぱりクルクルしながら、まったりと後に続くツッキーさんと、微笑みを浮かべながら頷いている月照つきてるさん。月照さんの視線はガッチリ月光つきこちゃんにロックオンされている。

 手のかかるやんちゃな妹を、間違った方向に溺愛する姉二人……みたいだな。


「くっ。お野良のくせに……。お野良のくせに……。お野良のくせに…………」


 ちょ!

 夜咲花、脇を掴むのは止めて!

 くすぐったい。くすぐったい。くすぐったいからー。

 ていうか、お野良の魔法少女って、何!?


「ふん。野良とは失礼な! あたしは、そこにいる引きこもり魔法少女とは、一味どころか百味くらいは違うんだもん! 月華つきはな月下美人げっかびじんと同じ、生まれついての魔法少女なんだからね!」

月光つきこサマは、魔法少女の創造主ともなれるお方ですから」

「でもでもー、あたしと月照つきてるはー、月華つきはなと契約して魔法少女になったんだけどねー。月ちゃんはー、まだ一度も契約したことないんだよねー。でもー、あたしたちがいるからー、別にそんなの必要ないもんねー」


 月照さんは、視線は熱いけど、喋り方はクールな感じ。ツッキーさんはクールな見た目と逆で、ゆる~い喋り方だ。

 じゃなくて。

 生まれついての、魔法少女?

 月華や、月下美人と同じって、今、言った?

 どういう意味……………って、ちょ、やめやめ!

 夜咲花――!!!

 脇腹をワキワキするのは止めてー!


「ぐぅぅっ。月華に、契約してもらえなかっただけのくせに……」

「ち、違うもん! 契約してもらえなかったんじゃないもん! あたしは、そう! 月華に、契約しなくても大丈夫だって、力を認められたんだもん! 引きこもりとは、違うもん! あたしは、月華と対等な存在なんだもん! 夜咲花とは、一味どころか、二百味くらいは違うんだから!」

「そうそうー。千味じゃなくて、二百味ってところがー、可愛いよねぇー」


 月光つきこちゃんは、ダンダンと激しく床を踏み鳴らした。

 ツッキーさんは、月光ちゃんの頭を撫でながら、くふふと笑う。頭を撫でているのは、宥めるためと言うよりは、ただ単に愛でているだけみたいだった。

 月照つきてるさんの方は、また無口モードに移行し、熱い吐息を洩らしながら頭を撫でられている月光ちゃんを見つめている。


「まだ一人で妖魔を倒したことないくせに、どこが対等?」

「う、ううううるさーい! あ、あたしは、しこーの存在だから、妖魔ごときは相手にしないの! そういうのは、月照つきてるとツッキーの仕事なの!」

「そうそうー。月ちゃんのことはー、あたしたちが守ってあげるからー、問題ないしー」


 足が折れたりしないか心配になるくらいに、月光つきこちゃんはひと際強く、足で床を踏み鳴らした。

 それにしても、しこーの存在って、なんだろ?

 歯垢、思考…………。あ、至高の存在か!

 って、あー、ちょちょ!

 夜咲花! 夜咲花! 夜咲花ー!!

 変な風に指の先に力を込めるの、止めてー!!


「ふ、ふん! ま、まあ、今日は、夜咲花には用事はないし! え、と。そこの、星空。いい? もし、お外で妖魔に襲われたら、月華と対等な存在であるこのあたしが助けてあげないこともないから、首を洗って待っているがいいんだからね!!」


 月光つきこちゃんは、ビシィッとあたしに人差し指を突き付けると、用は済んだとばかりに大股でお外へと向かう。

 お供の二人がまだアジト内に残っているのに、勢いよく引き戸を閉めて出て行く月光ちゃん。でも、勢いよすぎたせいで、引き戸は威勢のいい音を立てて跳ね返り、全開になる。


「それでは、失礼します」

「じゃあねー」


 奇抜な格好で礼儀正しく頭を下げる月照つきてるさんと、キリリとした白タキシード姿で、緩ーく手を振りながら月光つきこちゃんの後を追って外へ向かうツッキーさん。

 二人はちゃんと、常識的に引き戸を閉めて、外へと出て行った。

 …………首を、洗って…………?

 あれ、使い方、間違っているよね?

 ん? それとも合ってる?

 …………成績の話はやめておこうか。ここは、闇底だ。


「二度と来るなー!」


 夜咲花の威勢のいい声と共に、あたしは、ようやく脇を解放された。

 う、うう。辛かった。

 開放されたあたしは、クロスさせた両手で脇を抑えながら、板の間へと倒れ込む。


「星…………。えーと、紅桃! お外にこれ、撒いといて!」

「へーいって、これ、シャワー缶じゃん。妖魔を撃退するヤツだろ、これ。あいつらは妖魔じゃないんだから、意味ないんじゃねーの……」

「いいから!」

「へいへい」


 床に突っ伏したあたしの頭の上で、夜咲花と紅桃の言葉が行き交う。

 仕方なさそうな紅桃の声。

 あたしの横をすり抜けていく足。

 引き戸を開ける音。

 そして。


「悪霊退散―」


 やる気のない紅桃の声に合わせて聞こえてくる、ぷしゅーってスプレー音。

 スターライト☆シャワー缶は、お清めのお塩じゃないし……。


月光つきこの奴、星空をこんな目に合わせるなんて、許せない!」


 いや。

 夜咲花?

 頭を撫でてくれるのは、いいんだけどさ。


 あたしをこんな目に合わせたのは、月光つきこちゃんじゃなくて。

 夜咲花だからね?


 なんか、激しく、とばっちり感!


 しかも、これ。

 月華大好きっ子同士が、無意味に張り合っているだけじゃん!

 月華を巡る、恋…………とは違う、何かの三角関係的な感じでさ。

 月華本人は、何にも気づいてないし、気にもしてないよ、これ、絶対!

 周りが一番、迷惑するヤツ!


 さっきの、あたしみたいにね!!


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