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第18話 魔法少女は永遠の生き物です。

「いい、みんな? 魔法少女はね、年をとらないのよ」


 平成・昭和ショックから回復した月下げっかさんが、厳かに言った。

 まあ、現実には、平成どころじゃないんだけどさ。

 そこからさらに年号が変わったことは、月下さんには内緒だ。

 だって、そのこと、知らないっぽいし。

 知ったら、立ち直れなくなっちゃうかもしれないし。


「だから、昭和生まれとか、平成生まれとか、そういうことは関係ないのよ?」


 ちょっと、訂正。平成・昭和ショックからの回復を装った月下さんが、荘厳さを感じさせる佇まいでそう言った。


「んー、見た目はそうだけど、やっぱり普段の会話にむごっ!」


 ポツリと何か不穏なことを言いかけた夜咲花よるさくはなの口に、パクチー味の赤い実が高速で突っ込まれた。

 突っ込んだのは、紅桃べにももだ。

 二回も悶絶体験させられたんだから、その威力は身をもって知っているはずなのに、動作に全くためらいがなかった。たぶん、仕返しの意味が込められているんだろう。

 恐ろしい果物をお得意の錬金魔法で作りだしたのは、現在絶賛悶絶中の夜咲花だしね。


 なるべーく、そっちを見ないようにしながら、あたしは。

 精一杯の笑顔で、何度も首を振った。

 もちろん、縦に、だ。


「えーと、でもでも。年をとらないなら、お母さんもこっちに呼べればいいのにな。年は取りたくないーとか、アンチエイジングーとか、毎日言ってたし」


 ちょっと上ずった声で、話題の転換を試み……たつもりだったけど、言い終わってから気が付いた。

 やべぇ。これ、全然、話変わってないよ。

 滅茶苦茶、続いてるよ。

 なんとか笑顔はキープしたまま、内心で大汗を掻いていると、虫の息の夜咲花が体をピクピクさせながら口を挟んできた。


「年は、とらない、けど…………若返る、わけじゃ、ないから……星空ほしぞらのお母さんは、もう、手遅れ…………」


 息も絶え絶えにどうしても言いたかったのが、それかい!?

 あー、でも、確かに。

 そうかー。お母さんはもう、手遅れかー。

 やっぱり、魔法少女は少女じゃないとだめだよね。


「魔法で見た目だけ若返ればいいんじゃね? ほら、服だって変身できたんだからさ。それに、ルナの奴は耳とか尻尾とか生やしてるし、見た目だって変身できるんじゃねーかな」

「それだ!」


 天啓か! と思った。

 思ったけど、やっぱり、なしで。


「んー、でも。魔法で若返ったお母さんとか、あんまり見たくないから、やっぱりいいや」


 あたしは、ふるふると首を横に振った。

 同い年くらいになったお母さんに、説教とかされるのも嫌だしね。

 若返ってはしゃいでいるお母さんとかも、あんまり見たくないし、みんなにも見てほしくない。

 それに、元々本気で言ったわけじゃないしね。あたしに続いて、お母さんまでいなくなったら、お父さんたちが可哀想だし。

 あれ? どうして、こんな話になったんだっけ?


 ………………はっ!?


「手遅れ…………。見た目だけ………………」


 げ、月下さんが、何やらブツブツ言い始めた。

 ピシリとした正座を保ったまま、虚ろな表情でどこか遠くを見つめている。


 地雷的な話から離れようと思ってたのに、ど真ん中に進んじゃった!?



「でもさー、あれだよなー」


 月下さんの様子に気付いているのかいないのか、紅桃の呑気に間延びした声が聞こえてきた。

 ああ、可憐な美少女の胡坐は、なんか目の毒だ。いや、男の子なんだけどさ。

 じゃなくて。

 何を、言うつもりだ?

 これ以上の追い打ちは、さすがに。さすがに!

 床に転がっているパクチー味の赤い実にいつでも手を伸ばせるように準備しながら、恐る恐る紅桃の出方を窺う。


「俺たちも、月華つきはなみたいに空を飛べたら、もっと遠出が出来るのになー」

「それだよ!」

「だろー?」


 ナイス話題転換に思わず叫んだら、紅桃が得意げな顔をした。

 あたしが叫んだ意味を正しく理解しているのかは疑問だけど、この際、それはどうでもいい。


「魔法のほうきとか、絨毯とか、かな? 作っちゃう?」


 ほぼ死体だった夜咲花が復活した。

 ガバッと身を起こして、嬉々として話に加わってくる。

 喋るとほんのりとパクチーの香りが漂ってくる美少女って、どうなんだろう?

 アジア系のエキゾチックな美少女なら、アリかな? いや、ナシだな……。

 どんなに美少女でも、ちゃんと歯は磨いた方がいい。

 …………なーんて、考えてることは顔には出さずに、テンション上げ気味に話に乗っかる。

 このチャンスを逃してはならない!


「いいね! 乗ってみたい!」

「えー? ほうきは股に食い込みそうだし、絨毯は飛ぶのが遅いイメージなんだけど」

「じゃあ、何がいいの?」


 紅桃のダメ出しに、夜咲花はぷくッと頬を膨らませた。


「空飛ぶ自転車とか、いや、バイクだな! 速そうだし、カッコよくね?」

「バイクとかよく分かんないから、ムリ。作れない」

「えー…………」


 紅桃はキラッと目を輝かせて夜咲花の方に身を乗り出したけど、夜咲花は頬を膨らませたまま、ふぃっとそっぽを向いた。あっさりと断られて、紅桃はがっくりと肩を落とす。

 そして、月下さんはといえば。

 ダメだ。まだ、意識が遠くに行っている。

 早く、正気に戻ってくれないかな。

 チラチラと月下さんを気にしつつも、あたしも話に加わった。


「羽が生えてるローラースケートとか、スケボーとかは? 可愛いくてカッコよくない?」

「スケボーとか、空で落っこちたら大変なことになりそうだな」

「ローラースケートも、空中でひっくり返って逆さまになったら、パンツ丸見えだよね?」

「う。パンツ丸見えは、ちょっと…………」


 どんなに見た目が可憐な美少女でも、紅桃は男の子なんだし。ご遠慮申し上げたい。


 って。あたし、今、どんなパンツ穿いてるんだろう?

 服は、学校の制服から、水色の魔法少女コスに変身したけど。

 パンツはどうなってるんだろう?

 元のパンツのままなのかな。それとも、パンツも魔法少女仕様に変身してる?

 確かめてみようとスカートの裾に手を伸ばしかけて、辛うじて思いとどまった。

 危ない。

 今は、紅桃がいるんだった。

 見た目だけは美少女だから、ついうっかりするところだった。

 あとで、紅桃がいないところで確認しよう。


 そう言えば。

 パンツで思い出したけど、中学の全校集会の時に、講堂に向かう渡り廊下で突風が吹いたことがあって、スカートが背中の上まで捲れちゃった子がいたなー。

 当然、パンツは丸見えで。

 …………紫のレースのおパンツだった。

 衝撃的すぎて、男子も女子も、その場では誰も何も言えなくて。不自然なくらいにシーンとしたまま、講堂まで何事もなかったかのように列は進んでいったっけ。

 隣のクラスのちょっと大人っぽい女の子だったけど、いっつも、あんなおパンツを穿いてたのかな? それとも、あの日がたまたま、そうだっただけなのかな?

 今更ながら、気になる。



 なんて、一人で脳内脱線している内に。

 とりあえず、二人の間ではリュックに羽をつけてみるということで話がまとまったみたいだった。

 二人、というか。夜咲花が一方的にそれで決めちゃった、的な感じ?

 鼻歌を歌いながら弾む足取りでアトリエのある小部屋へ向かう夜咲花の後ろを、憮然とした顔の紅桃がついて行く。

 羽の生えたリュックか。それも、悪くないな。

 見た目的には、紅桃にも似合うと思うけど、本人はもっと男の子的に格好いいヤツがよかったんだろうな。

 ごっついバイクにまたがる、可憐な魔法美少女かー。

 それも、なんかイイけど、夜咲花が作れないならしょうがないよね。

 バイクに乗って闇底の空を駆け巡る紅桃の姿を想像しながら、二人の後に続こうとして、ふと思い出した。

 ――月下さんのことを。


「月下さん! 月下さんは、空を飛ぶのとか、興味ないですか?」


 まだ遠くに旅立ったままに月下さんに、思い切って声をかけてみる。

 すると。

 月下さんは、ヒタリとあたしを見た。

 目が虚ろなまま、唇だけが弧を描く。


「空? …………私は、いいわ。若いものたちだけで、楽しんできてちょうだい?」


 まだ、駄目だった。

 あたしは、引きつった笑顔で小さく頷くと、心持足早に夜咲花たちがいる小部屋へと向かう。


 背中が、とてつもなくゾワゾワする…………。

 妖魔に遭遇した時よりも、怖かったかもしれない。


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