板の間に倒れ伏した
頭の先に投げ出された右手の先には、おミカンくらいの大きさの真っ赤な果物が転がっている。果物には、一口だけ齧った跡があった。
ピクピクと震える指先が、床の上に何かを書き記す。
――ヨ、ル、サ、ク、ハ、ナ。
………………。
無理して書かなくても、犯人の予想はついてるんだけどねー。
紅桃赤い果物悶絶事件――。
その真相について語る前に。
まずは、魔法少女のお食事事情について、説明しておこうと思う。まあ、そう言うあたしも、さっき知ったばかりの真実なんだけどね。
なんと!
魔法少女には、人間みたいなお食事は必要ないらしいのだ。
……びっくりだよ。
魔法少女は、魔素(闇底世界での魔力とか霊力的なもののことだ)があれば生きていけるのだ。
お日様がなくて、万年夜の闇底では、植物たちは日光とお水ではなくて、魔素を吸い上げて成長する。そして、闇底で採れた植物……特に果物には、栄養ではなくて魔素がたっぷりと詰まっている。
紅桃を悶絶させた赤い果物(赤いヤツとか、みんなは呼んでいた。もっと、マシな名前はないんだろうか?)は、甘酸っぱくて爽やかなお味で魔素もたっぷり含まれているので、魔法少女たちの主食的なものになっているのだそうだ。
うん。みんなの言いたいことは、分かっている。
あたしの歓迎会の時に、コロッケ食べてたじゃん! って、言いたいんだよね?
あたしも、それ、思った。
で、言ってみた。
そしたらさ。
みんなが闇底で人間らしいお食事したの、あれが初めてだったんだって。
マジか!? って、感じだよね?
ちなみに、あれはあれで、ちゃんと魔素が含まれているらしい。材料に、闇底産の草とか根っことか含まれてたし、闇底産の怪しいお肉(あれは、やっぱり魔物のお肉だったのかな……)も入ってたからね!
もひとつ、ちなみに。
次回は、ハンバーグを作ることが決定している。あたしたちだけでコロッケを食べたことを知った紅桃が、半泣きで
紅桃は、今すぐにでも食べたいみたいだったけれど、夜咲花はこの間のコロッケで満足しちゃったのか、あんまり気が乗らないみたいで、また今度ねーとすげなく断っていた。
ハンバーグを食べたいと言ったのが
ツンデレの妹とお兄ちゃんみたいだなと、ちょっとだけ思った。
…………見た目的には、美少女姉妹なんだけどね。
で。
ここで一つ、疑問が湧き上がる。
アジトに引きこもっている夜咲花は、月華や紅桃が持ち帰ってきたものを使って、錬金魔法に勤しんでいるって話だったんだけど。
夜咲花は、一体、何を作ってるの?
なんか、こう。アジト内は、あんまり物がないから、雑貨的なものではなさそうだし。てっきり、コロッケみたいに、みんなのご飯を作っているのだと思っていたのに。
聞いてみたら、あっさり答えは返ってきた。
夜咲花は、ジュース作りにハマっているらしいです。
ジュースって言うか、主に炭酸飲料?
なんかね。“赤いヤツ”も好きなお味だけど、でも、どうしても炭酸が飲みたくなっちゃって、そこからいろんなお味のジュース作りにハマりだしたんだって。
夜咲花が錬金魔法をする時に使う、あの錬金釜とやらは、炭酸飲料のために用意されたものなんだろうか? いつか、その辺も聞いてみたい。
さて。
この辺で、そろそろ話を元に戻そうと思う。
そう。紅桃赤い果実悶絶事件だ。
あたしと紅桃がお外で妖魔退治講習をしていた間、夜咲花は紅桃が持ち帰ったあれやそれやを使って、ジュースを作ってくれていた。
丸っこい可愛いグラスに入ったジュースは、ピンクが三つと白いのが一つ。
「これ、紅桃の分だから」
夜咲花が白いジュースの入ったグラスを紅桃に差し出した。でも、紅桃は引きつった笑顔でそれを断る。
「あ、俺は、素材の味を大事にするタイプだから」
そう言って、板の間に置かれた、“赤いヤツ”が山盛りになっているカゴに手を伸ばし、てっぺんにある“赤いヤツ”を無造作に掴み取り、口元へ運ぶ。
紅桃が“赤いヤツ”にかぷってやった瞬間、夜咲花はくふっと笑った。いたずらが成功した時の、笑みだ。
そして。
「~~~~~~~っっっ!!!」
かぷってしちゃった紅桃の手から、“赤いヤツ”が転がり落ちる。紅桃は、決して美少女がしてはいけない顔(いや、本当は男の子だけどさ)で、空中を掻きむしるような仕草をした後、パタリと板の間に倒れ伏してピクピクと痙攣し始めた。
それから、ピクピクの指が床に文字を刻み始め――。
――というわけなのだが。
「くっふふー。大成功! 白いジュースはレモン味でー、カゴの中の赤いヤツは、夜咲花特製のパクチー味でした! あ、ピンクは桃味だよ!」
犯人を告発した直後に、犯人自ら名乗り出ちゃってますよ。しかも、ちょう得意げに。そして、滅茶苦茶楽しそう。
でも、これ、かなりえげつないいたずらじゃない?
爽やかに甘酸っぱい果物だと思ってかぷっといったら、パクチーのお味が口いっぱいに広がるとか。とか。
パクチー好きでも、かなりの衝撃だよ?
麦茶だと思ってゴクゴクしたら麺つゆでした、以上の衝撃だよ?
ましてや、パクチーが嫌いな人だったりしたら、衝撃を越えて、かなり本気で悶絶すると思う。今の紅桃みたいに。
…………紅桃。パクチー、苦手なのかなー?
ご愁傷さまです。
「パク、チー?」
もうすぐ死にそうな有様の紅桃に両手を合わせて拝んでいたら、
「そんなに、ひどい味なの?」
もしかして、パクチーを知らないのかな?
美容にいいって話題になったよね? 女子の間では割と知名度があるような? うちのおばあちゃんだって、知ってるくらいだし。今どきの女子高生なら、食べたことはなくても、名前くらいは知ってそうな気がするんだけど。
「えっと、ほら。タイ料理とかによく入っている、香りが独特の葉っぱですよ。美容にいいって、女子の間では結構人気ですよ?」
「タイ料理? トムヤムクン……とか、かしら? もしかして、すごく辛いのかしら?」
「え? あ、トムヤンクンは辛いです。でも、パクチーは辛くないですよ? でも、苦手な人も結構いて、そういう人にはカメムシみたいな味がするって、聞いたことあります」
「カメムシ…………。とにかく、衝撃的な味がするってことは、分かったわ」
………………?
なんだろう? なにか、違和感。
月華とルナは置いておいて、夜咲花や紅桃には感じたことがない、違和感。
でも、この違和感、初めてじゃない、気がする……。
どこかで、感じたことのある違和感。
んんー。夜咲花(紅桃は、ほぼ死んでるので除外します)も、同じ違和感を感じていたりしなかな?
――――と、思ったんだけど。
夜咲花は、可哀想な紅桃を眺めながら、鼻歌交じりに自作のピンクジュースを飲んでいて、そもそも今の話を聞いていなかったっぽい。
紅桃は、やっぱり、ほぼ死体だし(合掌)。
ここは、思い切って。
本人に、聞いてみるってもの?
あー、でも。
なんか、いろいろ曖昧過ぎて。何て、聞けばいいのか分からないな。
むー。