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第16話 赤いアイツ

 板の間に倒れ伏した紅桃べにももが、悶絶していた。

 頭の先に投げ出された右手の先には、おミカンくらいの大きさの真っ赤な果物が転がっている。果物には、一口だけ齧った跡があった。

 ピクピクと震える指先が、床の上に何かを書き記す。


 ――ヨ、ル、サ、ク、ハ、ナ。


 ………………。

 無理して書かなくても、犯人の予想はついてるんだけどねー。




 紅桃赤い果物悶絶事件――。

 その真相について語る前に。

 まずは、魔法少女のお食事事情について、説明しておこうと思う。まあ、そう言うあたしも、さっき知ったばかりの真実なんだけどね。


 なんと!


 魔法少女には、人間みたいなお食事は必要ないらしいのだ。

 ……びっくりだよ。

 魔法少女は、魔素(闇底世界での魔力とか霊力的なもののことだ)があれば生きていけるのだ。

 お日様がなくて、万年夜の闇底では、植物たちは日光とお水ではなくて、魔素を吸い上げて成長する。そして、闇底で採れた植物……特に果物には、栄養ではなくて魔素がたっぷりと詰まっている。

 紅桃を悶絶させた赤い果物(赤いヤツとか、みんなは呼んでいた。もっと、マシな名前はないんだろうか?)は、甘酸っぱくて爽やかなお味で魔素もたっぷり含まれているので、魔法少女たちの主食的なものになっているのだそうだ。


 うん。みんなの言いたいことは、分かっている。

 あたしの歓迎会の時に、コロッケ食べてたじゃん! って、言いたいんだよね?

 あたしも、それ、思った。

 で、言ってみた。

 そしたらさ。

 みんなが闇底で人間らしいお食事したの、あれが初めてだったんだって。

 マジか!? って、感じだよね?

 ちなみに、あれはあれで、ちゃんと魔素が含まれているらしい。材料に、闇底産の草とか根っことか含まれてたし、闇底産の怪しいお肉(あれは、やっぱり魔物のお肉だったのかな……)も入ってたからね!


 もひとつ、ちなみに。

 次回は、ハンバーグを作ることが決定している。あたしたちだけでコロッケを食べたことを知った紅桃が、半泣きで夜咲花よるさくはなにリクエストしたのだ。滅茶苦茶、必死だった。

 紅桃は、今すぐにでも食べたいみたいだったけれど、夜咲花はこの間のコロッケで満足しちゃったのか、あんまり気が乗らないみたいで、また今度ねーとすげなく断っていた。

 ハンバーグを食べたいと言ったのが月華つきはなだったら、張り切って早速、取り掛かったと思うけど、紅桃のことは冷たくあしらっちゃう夜咲花。

 ツンデレの妹とお兄ちゃんみたいだなと、ちょっとだけ思った。

 …………見た目的には、美少女姉妹なんだけどね。



 で。

 ここで一つ、疑問が湧き上がる。

 アジトに引きこもっている夜咲花は、月華や紅桃が持ち帰ってきたものを使って、錬金魔法に勤しんでいるって話だったんだけど。

 夜咲花は、一体、何を作ってるの?

 なんか、こう。アジト内は、あんまり物がないから、雑貨的なものではなさそうだし。てっきり、コロッケみたいに、みんなのご飯を作っているのだと思っていたのに。

 聞いてみたら、あっさり答えは返ってきた。

 夜咲花は、ジュース作りにハマっているらしいです。

 ジュースって言うか、主に炭酸飲料?

 なんかね。“赤いヤツ”も好きなお味だけど、でも、どうしても炭酸が飲みたくなっちゃって、そこからいろんなお味のジュース作りにハマりだしたんだって。

 夜咲花が錬金魔法をする時に使う、あの錬金釜とやらは、炭酸飲料のために用意されたものなんだろうか? いつか、その辺も聞いてみたい。



 さて。

 この辺で、そろそろ話を元に戻そうと思う。

 そう。紅桃赤い果実悶絶事件だ。

 あたしと紅桃がお外で妖魔退治講習をしていた間、夜咲花は紅桃が持ち帰ったあれやそれやを使って、ジュースを作ってくれていた。

 丸っこい可愛いグラスに入ったジュースは、ピンクが三つと白いのが一つ。


「これ、紅桃の分だから」


 夜咲花が白いジュースの入ったグラスを紅桃に差し出した。でも、紅桃は引きつった笑顔でそれを断る。


「あ、俺は、素材の味を大事にするタイプだから」


 そう言って、板の間に置かれた、“赤いヤツ”が山盛りになっているカゴに手を伸ばし、てっぺんにある“赤いヤツ”を無造作に掴み取り、口元へ運ぶ。

 紅桃が“赤いヤツ”にかぷってやった瞬間、夜咲花はくふっと笑った。いたずらが成功した時の、笑みだ。

 そして。


「~~~~~~~っっっ!!!」


 かぷってしちゃった紅桃の手から、“赤いヤツ”が転がり落ちる。紅桃は、決して美少女がしてはいけない顔(いや、本当は男の子だけどさ)で、空中を掻きむしるような仕草をした後、パタリと板の間に倒れ伏してピクピクと痙攣し始めた。

 それから、ピクピクの指が床に文字を刻み始め――。


 ――というわけなのだが。


「くっふふー。大成功! 白いジュースはレモン味でー、カゴの中の赤いヤツは、夜咲花特製のパクチー味でした! あ、ピンクは桃味だよ!」


 犯人を告発した直後に、犯人自ら名乗り出ちゃってますよ。しかも、ちょう得意げに。そして、滅茶苦茶楽しそう。

 でも、これ、かなりえげつないいたずらじゃない?


 爽やかに甘酸っぱい果物だと思ってかぷっといったら、パクチーのお味が口いっぱいに広がるとか。とか。

 パクチー好きでも、かなりの衝撃だよ?

 麦茶だと思ってゴクゴクしたら麺つゆでした、以上の衝撃だよ?

 ましてや、パクチーが嫌いな人だったりしたら、衝撃を越えて、かなり本気で悶絶すると思う。今の紅桃みたいに。

 …………紅桃。パクチー、苦手なのかなー?

 ご愁傷さまです。


「パク、チー?」


 もうすぐ死にそうな有様の紅桃に両手を合わせて拝んでいたら、月下美人月下美人の不思議そうな声が聞こえてきた。


「そんなに、ひどい味なの?」


 もしかして、パクチーを知らないのかな?

 美容にいいって話題になったよね? 女子の間では割と知名度があるような? うちのおばあちゃんだって、知ってるくらいだし。今どきの女子高生なら、食べたことはなくても、名前くらいは知ってそうな気がするんだけど。


「えっと、ほら。タイ料理とかによく入っている、香りが独特の葉っぱですよ。美容にいいって、女子の間では結構人気ですよ?」

「タイ料理? トムヤムクン……とか、かしら? もしかして、すごく辛いのかしら?」

「え? あ、トムヤンクンは辛いです。でも、パクチーは辛くないですよ? でも、苦手な人も結構いて、そういう人にはカメムシみたいな味がするって、聞いたことあります」

「カメムシ…………。とにかく、衝撃的な味がするってことは、分かったわ」


 月下げっかさんは眉間にぐっと皺を寄せた後、気の毒そうな視線を死体になりつつある紅桃に送る。


 ………………?


 なんだろう? なにか、違和感。

 月華とルナは置いておいて、夜咲花や紅桃には感じたことがない、違和感。

 でも、この違和感、初めてじゃない、気がする……。

 どこかで、感じたことのある違和感。


 んんー。夜咲花(紅桃は、ほぼ死んでるので除外します)も、同じ違和感を感じていたりしなかな?

 ――――と、思ったんだけど。

 夜咲花は、可哀想な紅桃を眺めながら、鼻歌交じりに自作のピンクジュースを飲んでいて、そもそも今の話を聞いていなかったっぽい。

 紅桃は、やっぱり、ほぼ死体だし(合掌)。



 ここは、思い切って。

 本人に、聞いてみるってもの?


 あー、でも。

 なんか、いろいろ曖昧過ぎて。何て、聞けばいいのか分からないな。


 むー。


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