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第15話 おみやげ

「ただいまー。おみやげー」


 新米魔法少女の妖魔退治講座が無事に終わってアジトに帰ったあたしは、両手に抱えていた『妖魔を撃退! スターライト☆シャワー缶』を、板の間に盛大にぶちまけた。

 いや? わざとじゃないんだよ?

 ただ、ちょっと、両手が限界だっただけで。

 もー、ぷるぷるだよー。


 夜咲花よるさくはなへの愛がさく裂して、両手に抱えきれないほどのスターライト☆シャワー缶を作っちゃったからさ。

 なのに、紅桃べにももは運ぶの手伝ってくれないし!

 両手がふさがっていたら、もしも突然妖魔が現れた時に困るだろう、とか言ってさ!

 それは、そうかもしれないけど!


 シャワー缶は、本当に両手に持ちきれないほどで、途中で何個か落っことしてきちゃってるんだよね。

 後で回収に行かなきゃー。



「見たことのない容器ね」

「うん。見たことない。何、これ?」


 お留守番をしていた月下美人げっかびじんと夜咲花が、散らばった缶を集めてくれた。そして、不思議そうに尋ねてくる。


「えっとね、妖魔を撃退する、スターライト☆シャワー缶、です」


 あたしはそれに、ぎこちない笑顔で答えた。

 紅桃に聞かされた、夜咲花が魔法少女になった時の話を思い出しちゃって、上手く笑えない。


「俺から聞いたって、夜咲花には黙っておけよ?」


 なんて、可憐な笑顔で、サラッと言い放った紅桃が恨めしい。

 でっかいヘビの妖魔に丸呑みされそうになったせいで、魔法少女になってからも、妖魔が怖くて戦えない夜咲花。戦えないどころか、怖くて震えて動けなくなっちゃうんだって。

 紅桃があたしにそれを教えてくれたのは、もしもの時に、夜咲花を助けてあげられるようにってことだ。

 その任務は、しかと請け負った!

 請け負ったけど、あたしが知ってるってことを、夜咲花に内緒にしなきゃいけないのが難しい。

 夜咲花にしてみれば、思い出したくない過去だろうし、あたしの方からその話を振るつもりは、もちろんない。

 つもりはないけど、でも、顔には出ちゃうんだよー。

 あたし、絶対に詐欺師にはなれないな。なりたくないから、別にいいけど。


 笑顔のぎこちなさを突っ込まれたらどうしようかとドキドキしていたけど、月下さんも夜咲花も、視線は謎のシャワー缶のほうに釘付けのようで、あたしの不審さには気が付いてないみたいだった。

 ほっ。


「妖魔を撃退する……」

「スターライト☆シャワー缶?」


 二人とも拾い上げたシャワー缶をしげしげと眺めている。


「これで、ぷしゅーっとすると」

「妖魔がイチコロ!?」


 あたしの説明に、夜咲花が食い気味に被せてきた。


「いや、逃げ出すだけだ。でも、いい逃げっぷりだったぜ」


 ドカッと、可憐な美少女っぷりに似合わないガサツさで、紅桃は板の間に腰を下ろす。見た目は可憐な美少女とはいえ、本当は男の子でショートパンツだし、まあいいんだけどさ。その違和感っぷりに、心の底の方がざわざわする。


「ああ、なるほど。それで、撃退なのね」

「殺虫剤みたいに使うと、妖魔の方が勝手に逃げてくれるんだね? うんうん、十分凄いよ。無理に倒さなくても、妖魔がいなくなってくれれば、それで問題ないし!」


 ここでようやく、月下さんと夜咲花が顔を上げてあたしを見る。

 あたしはまだ、変な顔をしていたけど、視線が紅桃に注がれていたからか、二人は特に何も言わなかった。

 何も言わなかったけれど、「うんうん、分かる分かる」っていう、心の声は聞こえた気がした。

 こんな感じの紅桃に二人が平気な顔をしているのは、たんにそれに慣れちゃっただけで、きっと出会ったばかりの頃は、あたしと同じような胸のざわざわを感じていたんだろう。

 せめて、ボーイッシュな美少女タイプだったら!


「でも、どうしてこんなにたくさんあるのかしら?」


 顎のあたりに、左手の人差し指と中指をあてて、月下さんが首を傾げる。緩くウェーブのかかった髪が、肩の先を流れた。

 何、この仕草!

 ポイント高い!

 あたしも、やってみたい。まずは、鏡の前で練習してから。練習は大事。月下さんがやると仄かに女らしさを感じる仕草だけど、あたしが真似して同じようになるとは限らないからね。みんなの前で披露するのは、練習して、いけると確信してから!

 なーんて、内心思いながらも。


「えーと、そ……れは、な、なんか、いっぱい、出てきちゃって…………。それで、おみやげ、にしようかなー、と……」


 両手の人差し指をこねくり回しながら、微妙にしどろもどろで答える。

 正確には、夜咲花への愛が感極まっていっぱい出しちゃったから、なんだけど。

 そして、しどろもどろなのは、そのことを内緒にしなくちゃいけないからなんだけど、月下さんはあたしが魔法を失敗したからだと思ってくれたようだ。


「あら、そうなのね? でも、そんなに気にしなくてもいいわよ。初めてなら、緊張して魔法を使えないほうが普通なのだし、結果的に妖魔を撃退できたのなら、十分だと思うわ。頑張ったわね」

「あ、ありがとうございます。でも、持ちきれなくて、途中でいくつか落っことしてきちゃったので、また拾いに行かないとなんですけど」


 褒められて、ぱぁっとなったけど、ゴミ拾い(いや、ゴミじゃないけど)に行かなきゃいけないことを思い出して、育ち過ぎたひまわりのように項垂れる。


「あら。んー、でも、そうねぇ。回収はしなくても、いいんじゃないかしら」

「え? どうしてですか?」


 ひまわり、復活。

 草むらのどこに落としたのかも、いくつ落としたのかも分からないものを拾いに行くのは、正直かなり面倒くさいと思ってたんだよ。

 拾いに行かなくていいなら、嬉しい!

 でも、本当に不法投棄にならない? 闇底の環境、破壊してない?

 はっはっと、餌を待つ犬のように月下さんのお言葉を待つ。


「この缶、魔素を練り上げて出来たものだと思うし、放っておいてもその内、また魔素に分解されると思うわ」

「………………まそ?」


 喜び顔のまま、首を傾げる。

 ゴミ拾いに行かなくていいのは嬉しいけど、まそって、なあに?


「魔力の素と書いて、魔素よ。魔力とか、霊力とかと、同じようなものよ。闇底では、魔素って呼ばれているの」


 分かるかしら、って感じに月下さんがあたしを見つめてくるので、頷いた。

 なんとなく、分かった。

 魔力とか霊力みたいなものね。うん。


「外に、ホタルみたいなのがたくさん飛んでいるでしょう?」


 もう一度、頷く。

 ホタルモドキのことですね。


「あれは、魔素が多いところにしかいないの。あのホタルみたいなのがいない場所は、魔素がない場所なの。だから、そういう場所には近づかないでね」


 どうして? の意味を込めて、今度は首を傾げる。


「魔法少女の魔法は、魔素がないところでは使えないからよ」


 高速連続頷き!

 何回、頷いたかは覚えてない。

 つまり。

 魔素がないところで、妖魔に襲われちゃったりしたら、イチコロってことですね?

 あたしの方が!

 分かりました。絶対に、近づきません!


「ねー、ねー。おみやげってことは、これ、もらっちゃってもいいの?」


 恐ろしい未来をうっかり妄想して戦慄していると、夜咲花がツンツンとミニスカートの裾を引っ張ってきた。


「え? あ、う、うん! もらってやって! なんか、それ、紅桃に『星空柄だけど、夜咲花のコスチュームっぽいな』って言われちゃったし」

「あー、言われてみれば…………」


 スカートの裾から手を放し、夜咲花は自分のコスチュームをしげしげと見下ろす。

 紺地に黄色の星柄のシャワー缶と、紺地に白のドット柄の夜咲花の魔法少女コス。

 夜咲花の方が、『星空』っぽい。

 『星空』は、あたしの魔法少女名なんだけど、あたしの魔法少女コスは水色と白で、どっちかって言うと昼間の空っぽいんだよね。

 いや、深く考えないで、選んだ自分が悪いんだけどさ。

 名前もコスチュームも、それぞれ気に入ってるし、変えるつもりはないんだけど、やっちゃったな感はあるよね。うん。

 ……たとえ、見えなくても! 真昼の空にも、星は瞬いているんだよ!!


「これをアジトの周りにシューってすれば、アジトがより安全になるってことかな? ちょっと、試してみる! 紅桃、一緒に来て!」

「お、おう」


 キラッと瞳を輝かせた夜咲花が、板の間から飛び降りて、紅桃の腕をひっつかむ。紅桃は面食らいながらも、立ち上がる。

 てっきり、そのままアジトの外に行くのかと思ったんだけど。


「紅桃、開けて!」

「お、おう」


 夜咲花は引き戸の前まで来ると、紅桃を前に押し出し、自分は後ろに回る。

 戸惑いながら紅桃が引き戸を開けると、夜咲花はシャワー缶を勢いよく振ってから、紅桃の背中越しに、開いた引き戸の向こうへ、ぷしゅーってする。


 アジトの外に、キラキラの星が混じった白い霧がまき散らされていく。


「星が入ってる! ちょっとだけ、魔法少女っぽい!」


 夜咲花は、はしゃいでいたけど、あたしは少しへこんだ。

 あたしが作って、あたしがあげたシャワー缶なのに。あたしじゃなくて紅桃を選んだのは、あたしじゃ、まだ頼りにならないからですか? そうなんですか?

 アジトの戸を開けるくらいなら、あたしでもいいじゃん!

 そのまま、お外に行くなら、まあ、新米のあたしよりも紅桃の方が頼りになるとは思うけどさ。

 いじいじ。

 あと。

 ちょっとだけ、魔法少女っぽいって…………。


 ん? いや待てよ?

 それよりも、さっきの月下さんの話だと、せっかくのお土産のシャワー缶だけど、これもその内消えちゃうってこと?


「えと、月下さん」

「なにかしら?」

「その、夜咲花があんなに喜んでくれてるのに、持ち帰ったシャワー缶も、魔素に分解されて消えちゃうんですか?」

「まあ、しばらくは持つわよ。危なそうになってきたら、そのシャワー缶を元に、錬金魔法でもっと強力なのを作ってみたらって、私から提案してあげるわ」


 いや、それで解決みたいに言ってますけど、解決してませんよね?

 え? それとも、ずっとそれを繰り返して、どんどんシャワー缶が強化されていく……とか?


「ああ。夜咲花の錬金魔法で作ったものは、別物だから。元々の才能なのか分からないけれど、不思議と魔素がちゃんと定着するのよね」

「は、はあ…………」


 う、うーん?

 よく分からない。けど、とりあえず、夜咲花が錬金魔法で作り直せばオッケーってことらしい。

 よく分からないけど、オッケーならそれでいいか。


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