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第14話 魔法少女の戦い方

 蜘蛛だった。

 正確には。

 蜘蛛型の妖魔。


 黒い体には、色とりどりのやたらカラフルな水玉が散っている。

 どえりゃー気色悪い。

 あと、なんかヤバそうな毒とか持ってそう。


 でも、そんなことよりも。

 一番の問題は。

 …………サイズだ。

 ね、猫さんくらい、あるんですけど?

 こ、これを、やっつける?

 誰が?

 あたしが、だよ!



「危なくなったら、助けてやるから。とりあえず、やってみろよー。実戦あるのみだぞー」


 後ろから、紅桃べにももの、のほほーんとした声が聞こえてくる。

 ひ、他人事だと思って!


 えーと、今がどういう状況なのかというと。

 新米魔法少女の妖魔退治講習会・ミッションその一「魔法を覚えるには実戦から!」の真っ最中♥


 …………真っ最中、なんだけどさ!?

 なんで、一番、最初の妖魔がコレなの?

 紅桃の声の呑気さ具合からすると、実は大した毒とは持ってなくて、本当に大したことない妖魔なのかもしれないけど。

 けどさ!?

 そういう問題じゃない!

 いや、別に蜘蛛が苦手とか、そういうわけじゃないんだよ?

 夏になれば、家の中とかでも、ときたまお見かけするし。そんな時は、そっと紙で掬って外に放ってやったりもしてたし。

 でもさ。あれは、ない。

 あれは、反則だよ。

 サイズとか、あと色味とか、いろいろ無理!

 やっつけるも何も、もう帰りたい。

 もしくは、蜘蛛さんの方が、どこか遠くへお帰りください、だよ。



 蜘蛛さんまでの距離は、5メートルほど。

 近い。近すぎる。これから、アレをやっつけなきゃいけないのは、分かってるけど。分かってるけど、これ以上は近づきたくない。てゆーか、なるべく遠くへ離れたい。


 蜘蛛さんは。

 蜘蛛さんは、瓦礫の山の天辺にいた。

 枯れ木の根元に、瓦礫っぽいものがいくつか積み重なってるだけだから、山というほどではないな。瓦礫の丘?

 で、こっちに頭を向けている。

 たぶん、あたしたちに気が付いていて、様子を窺っている、っぽい。

 なんとなくだけど。

 毛むくじゃらの長い足が、たまにモゾリと蠢く。でも、こっちに向かってくる様子はない。今のところは。

 魔法少女になって、夜目が利くようになったおかげで、足の毛がもさもさしている感じがバッチリ見えちゃうのがつらい。それが、モゾモゾウゴウゴしているとか。もう、見ているだけで鳥肌が立つ。背中がゾワゾワするよ。

 芋虫は平気だけど、毛虫は苦手なタイプなのに!


 何をどうしていいのか分からず、蜘蛛と見つめ合ったまま動けずにいると、大変なことが起こった。

 瓦礫の山……もとい、丘の向こうから、もう一匹蜘蛛が現れたのだ。おまけに、瓦礫の隙間にも、ひょっこりお顔を出している蜘蛛さんが! いる! いるよ!!


「ど、どどどどど、どうしよう、紅桃。蜘蛛さんが、いっぱいに増えたよ?」

「いっぱいって、三匹しかいねえじゃん」

「何言ってるの!? あんな気持ち悪い蜘蛛は、三匹でも十分、いっぱいだよ!?」

「…………もっと、増えないうちに、さっさと倒した方がいいんじゃねぇ?」


 足をガクブルさせながら、後ろで待機している紅桃に訴えてみたけれど、超すげなくされた。しかも、なんか怖いこと言われた。

 これ以上、蜘蛛増えるとか、マジ勘弁。

 心の底から嫌だ。

 でも、あれをやっつけるって、何をどうすればいいの?

 ダメだ。なんも、思い浮かばん。


 ひぃぃぃ!!

 そうこうしている内に。

 三匹の蜘蛛さんたちが、こっちに向かって進行を!

 進軍を!

 しようとしている気配を感じて、頭が真っ白になった。


 兎に角、何とかしないと!

 その一心で。

 右手を前に突き出して叫ぶ。


「スターライト☆シャワー!!!!」


 叫び声と共に手の中に現れたものを強く握りしめて、大きく腕を上下に振る。それから、握りしめたモノの天辺に人差し指をかけて、思い切り指を押し込む。


 ぷしゅぅーーー。

 という音とともに、キラキラと煌めく星粒が混じった白い霧が、勢いよく吹き出していった。

 ぷしゅうとしながら我武者羅に腕を振っていると、丁度いいカンジに後ろから風がぴゅうと吹いてきてくれて、進軍を始めていた蜘蛛さんたちのところまでお星さまが混じった白い霧を届けてくれる。

 霧を浴びた蜘蛛さんたちは、びくぅっと体を硬直させたかと思うと、驚くべき素早さで方向転換し瓦礫の丘のそのまた向こうへと逃げ去っていく。

 蜘蛛さんたちの姿が完全に見えなくなるまで見届けてから、あたしは人差し指から力を抜いて、空いていた左手でふうと額を拭う。


「悪は、滅びた…………」

「いや、滅びてねぇし。てか、殺虫剤じゃねぇか」

「さ、殺虫剤じゃないよ!? 殺……妖魔剤? ……殺してないけど」

「てーか、魔法少女の戦い方じゃなくね? 害虫駆除業者?」

「な!? ま、魔法少女だよ! ほら、よく見て! このスプレー缶! 紺地に星のドット柄だよ? それに、キラキラのお星さまが一緒に出てきたし! ほら、魔法少女☆星空って感じ!」


 握りしめたままの、星柄のスプレー缶を紅桃に突き付けながら力説してみたけど、紅桃は鼻で笑った。


夜咲花よるさくはなのコスチュームみたいな柄でもあるけどな」

「に、似ているけど、違うよ! 夜咲花は紺地に白ドット柄だけど、このスプレー缶は紺地に黄色い星柄ドットだもん!」

「いや、似たようなもんだろ。まあ、でもそれ、夜咲花へのいい土産になるかもな。あいつ、妖魔と戦えないし。一応、妖魔を追い払えるみたいだし、お守り代わりくらいにはなるかもな、ソレ」

「夜咲花は、錬金魔法少女だもんね。あ、でも、錬金魔法で作ったアイテムで妖魔をやっつけたりできないのかな?」


 そう、夜咲花はなんだかよく分からない材料から、いろんなものが作れちゃう錬金魔法少女なのだ。夜咲花が作ってくれたコロッケ、美味しかった……。材料は、あたしが知っているコロッケの材料とはいろいろ違ったし、釜の中に材料を放り込んでグルグルしただけで何一つ揚げてないけど。

 コロッケに思いを馳せていると、紅桃が何だか微妙な顔をした。


「あー。妖魔を倒すアイテムは作れるのかもしれんが、何て言うんだ? 魔法少女の性能的な話じゃなくてさ。あいつが妖魔と戦えないのは、妖魔が怖いからだ」

「う、うん?」


 錬金魔法専門だから、戦闘的なことが出来ないってことじゃなくて、夜咲花が怖がりさんだから妖魔とは戦えないってこと?


「ん、これ、俺から話していいのかな? いや、でも、知ってた方がいざって時にあいつを助けてやれるよな……」


 腕組みをしながら、紅桃は何やらぶつぶつ言い始めた。

 え?

 何? デリケートな話?

 知り……たい、けど。そのせいで、夜咲花に嫌われちゃったりするのは、嫌なんだけど。大丈夫?

 話の続きを強請るべきか、それとも話を変えるべきか迷っていると、先に紅桃の方が心を決めちゃったようで。


「夜咲花も、妖魔に襲われてるところを月華つきはなに助けられて魔法少女になったんだけどな。あいつ、その時、でっかいヘビの妖魔に丸呑みにされかけてたんだと。頭と両手は辛うじてまだ口からはみ出してて、木だか岩だかを掴んで、ギリギリ飲み込まれなかった状態? って、聞いた。まあ、それがトラウマになっちまってさ。妖魔に会うと、倒すどころか、体が震えて動けなくなっちまうんだよ。だから、アジトにいる間は大丈夫だと思うけど、もしもの時は、あいつのこと頼むな」

「……………………っ」


 そ、想像しただけで、全身がゾワゾワしてきた。

 そんなの、そりゃ、トラウマになるよ!

 あたしだって、アジトに引きこもりになるよ!

 夜咲花――!

 ぶわっと涙をあふれさせながら、両手の中に大量のスプレー缶を生み出す。抱えきれずに、零れ落ちちゃうくらいにたくさんの、スプレー缶を。

 妖魔を追いはらえる、殺妖魔……じゃないな、スターライト☆シャワー缶。これだけあれば、少しは安心できるかな。


「なあ、星空」

「だに?」


 涙声で、「な」が「だ」になってしまった。ぐすっ。


「その、殺虫剤の大量生産だけどさ。アジトに戻ってからやれば、よかったんじゃね?」

「………………あ」


 それもそうだな。

 と思ったけれど、後の祭りというやつだった。


 魔法少女初心者の妖魔退治訓練で、そんなに遠出もしないからって、リュックとかカバンとか、何も持ってきてないんだよね。


 どうやって持ち帰ろう、これ?

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