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第13話 少女限定正義の味方

月華つきはなはさ、女の子の味方だから」



 ――――それが、紅桃べにももの答えだった。

 え? 何の答えかって?


「なんで、男の子なのに、魔法少女なのーー!?」


 という、あたしの叫びへの答えだよ。



「だから、仕方がなかったんだよ」


 紅桃は気まずそうにあたしから目を逸らして、そう言葉を続けた。

 長いまつ毛がフルフルして、大変可愛らしい。

 可愛らしいんだけどさ。


 いろいろと意味が分からない。

 何がどう仕方なかったの?

 てゆーか、女の子の味方って何? どういう意味?


 声にならなかった疑問は、顔にはしっかり表れていたんだろう。

 紅桃はチラリとあたしを横目で見ると、大きくため息をついて、乱雑に髪の毛を掻きまわし、板の間にドカッと座り込んだ。電車の中のおっさんみたいに、お行儀悪く膝を大胆に広げた格好で。

 …………もっと。せめて、もっと、ボーイッシュな見た目なら、そんなに違和感ないのに!

 儚くも可憐なその容姿で、おっさんみたいなポーズはお止めください。

 まあ、男の子だって言うし、お淑やかに膝を閉じろとまでは言わないからさ。せめて、もっと角度を、こう、なんとか!

 おっぴろげすぎ!


 あたしの疑問にはあっさり気づいた紅桃だったけれど、あたしの苦悩にはさっぱり気が付かないみたいで。

 大変、はしたない恰好のまま。

 何やら、昔語りが始まった。



 ――俺が闇底に迷い込んだのは、夏休みが終わったばっかの頃だった。学校からの帰り道で、セミの声が煩くて。

 家の近所にさ、“寄らずの森”って呼ばれてる小さな森があるんだよ。危ないから、絶対に中に入るなって言われてた。『森に逃げ込んだ連続殺人鬼が、今もまだ彷徨っている』とか、『森で自殺した人の霊魂が、仲間を呼んでいる。勝手に森に入ると自殺者の霊魂に捕まって、仲間にされてしまう』とか『祀られなくなった大昔のカミ様がいて、力を取り戻すために獲物を待っている。森に入ると、カミ様に食べられてしまう』とか、なんかいろんなバージョンの話があって、俺もガキの頃は噂を信じて、本気で怖がってたな。なんか薄暗くて気味悪い森だったし。



 ――ん? 今? 今は、半周回って、まあ噂通りかどうかは兎も角、あの森は普通の森じゃなかったんだろうなって思ってるよ。だから、今、俺はここにいるんだろ?

 でも、あの日の俺は、そうじゃなかった。さすがにもう、中学生だったしさ。薄気味悪い森だとは思っていたけど、本気でそんな眉唾な噂を信じる年じゃないって言うかさ。

 でも、大昔には、本当になにかがあった場所だったんだろうなー。今にして思うと。



 ――その日は、所謂猛暑日ってヤツでさ。アスファルトの上で熱気が揺れてて、蜃気楼が見えそうなくらいの暑さだった。

 途中まで一緒に帰ってた友達と別れて、寄らずの森に差し掛かった時には、シャツの中は汗で大洪水だったよ。もう、ホント、頭の天辺から湯気が出てきそうなほどでさ。

 なのに、森の前を通りがかった途端、涼しい通り越して、冷たいくらいの風が吹いてきたんだ。森の中から。

 森の中にでっかい氷が現れて、その後ろから扇風機で風を吹きかけてる、みたいな。そんな感じの風だった。



 ――ん? エアコンとか冷蔵庫とは違うのかって?

 あー、そういう人工的な風じゃなかったんだよ。もっと、こう、自然な感じの。南極とか北極とかから、冷たい空気だけを持ち込んだみたいな。

 自然っぽい風なのに、それが不自然で。

 俺は、思わず、立ち止まって森の中を覗き込んじまったんだよ。

 それだけだった。

 それだけだったのに、な。



 ――誓って、森の中には、一歩も入っていなかったんだぜ?

 立ち止まって、中を覗き込んだだけ。

 なのに。

 なんでか、俺はいきなり、森の中にいたんだ。

 本当に、何だったんだろうな?

 ほんの一瞬。瞬きした間に。

 俺は、いつの間にか、森の中に立っていた。

 暑さのあまり、うっかり無意識で森の中に入り込んじまったのかと思ったけど、そうじゃない。

 だって、そこは、森は森だったけれど、家の近所の“寄らずの森”じゃなかった。



 ――そこは、緑色のキノコがぼんやりと光っていて、ホタルみたいなのがゆったり流れるように飛んでいる、仄明るくて薄暗い夜の森、だった。

 突然、夜になるなんておかしいし、あんなに暑かったのにやけにひんやりしているし。

 異世界に紛れ込んじまったんだと思った。いや、みたいも何も、実際、異世界だよな。ここって。



 ――ついて行けない事態にぼんやりしていられたのは、ほんのわずかな間だったよ。

 一歩もそこから動かないうちに、俺は……。

 すっげートゲトゲが生えている蔦だか蔓だかが足に巻きついてきて、強く引っ張られてその場に転がされてさ。その蔦だか蔓だか分からんものは、俺をどこかへ引きずって行こうとしているみたいだった。トゲトゲが食い込んで、すっげー痛かったけど、俺は必死に抵抗した。あのまま、連れて行かれたら、ぜってーもっとひどい目にあわされるって、なんか分かったし。這いつくばったまま、何とか逃げようと、前に進もうと、もがいていた。助けを求めて、喚きながら。



 ――そうしたら、伸ばした手の先に、足が現れたんだ。女の足。

 驚いて、見上げたら。

 セーラー服の、怖いくらいに綺麗な女が俺を見下ろしていた。

 そう、月華だ。

 月華は、無表情に俺を見下ろしながら言ったんだ。


「私と血の契約をして、魔法少女にならないか」


 ってな。

 ふざけんな! 俺は、男だ!

 って、反射的に言い返していた。

 そうしたら、あいつ、何て言ったと思う?


「そうか。ならば、助ける必要はないな」


 そう言って、あっさり俺を見捨てて立ち去ろうとしやがったんだぜ?



 ――ん? じゃあ、どうやって、助かったんだって?

 …………雪白ゆきしろだよ。

 おまえも会っただろ? 月華がいつも連れている、真っ白い喋る鳥。

 あいつがさ。


「ま、待ちなさいよ! 月華! ほら、見なさい、こーんなに可愛いのよ? これが、男の子なわけないじゃない? きっと、気が動転してるのよ! ね? そうでしょ、あんた? ほら、早く本当は女の子です、魔法少女になりますって、言っちゃいなさいよ!? そうすれば、あんたは助かる。魔法少女になって助かるか、その蔓の本体の養分にされるか、二つに一つよ!?」


 って、言いながら、羽をバサバサさせて。

 それで、それで。

 俺は。

 だって、仕方ないだろ?

 トゲトゲは、マジですっげー痛かったし。

 足に巻きつかれてるだけでも、半泣き……いや、泣きそうなのに、もしも、あれが全身に巻きついて来たりしたら、どうなるんだよ?

 それに、養分にされるとか。

 マジ、勘弁。

 だから。

 だから、仕方がなかったんだよ。




 そこまで喋ると、紅桃は口をへの字にしてむっつりと押し黙った。

 まあ、ここまでくれば、あたしにも分かるよ。

 女の子宣言、しちゃったんだね?

 ま、まあ。命がかかってたんだし、しょうがないよ。痛いのは、誰だって嫌だしね。

 てゆーか、紅桃。物真似、うまいね?


「ふっ。ショートパンツとミニスカモドキっぽい腰の覆い布に、紅桃の複雑な男心が現れてるよね」

「うるさいっ」


 リュックの中身を確認し終わって満足したらしい夜咲花よるさくはなに笑われて、紅桃は薄紅色に染めた頬をぷくッと膨らませた。

 二人のじゃれ合いは、悶絶するほど可愛い!

 けど。


「複雑な男心?」


 の意味がよく分からなくて、首を傾げる。

 夜咲花が、ニヤッと笑いながら答えてくれた。


「魔法少女になっても、俺は本当は男だーって気持ちと、もし男だって月華にバレたら、マズいかも知れないって言う不安がせめぎ合った結果?」


 あー、なるほ、ど?


「バレたら、どうなるの?」

「分かんねー。男だからって、殺されたりはしないと思うけど。魔法少女の力は返せって言われるかもしれないだろ?」

「返したくないの?」


 深く考えずにポロッと転がり出た疑問に、紅桃はギュッと眉根を寄せた。


「…………別に、魔法少女になりたいわけじゃねーけど。でも、ここで、闇底で生きていくには、魔法少女の力は必要だろ。妖魔に喰われて死ぬのは、ごめんだ」


 それは、まあ、そうだね。

 ま、まあ、似合ってるし。問題ないんじゃないかな。

 と思ったけど、さすがに内緒にしておく。

 男心を傷つけたらいけないしね。

 …………儚い系可憐な美少女にしか見えないけど。

 うん、まあ、納得。…………うん? 納得?


「いや、待って? えっと、女の子の味方っていうのは、つまり?」


 紅桃が、男の子なのに魔法少女になったことには、疑問はない。見た目だけなら、違和感もない。

 でも、それより。

 そんなことより。

 月華って?


「ああ、あいつが助けるのは女子だけだ。月華は、正義の味方じゃなくて、少女の味方なんだよ」


 少女限定正義の味方!?


「てゆーか、なんで!?」

「知らん」


 渾身の叫びは、あっさりと打ち返された。


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