「
――――それが、
え? 何の答えかって?
「なんで、男の子なのに、魔法少女なのーー!?」
という、あたしの叫びへの答えだよ。
「だから、仕方がなかったんだよ」
紅桃は気まずそうにあたしから目を逸らして、そう言葉を続けた。
長いまつ毛がフルフルして、大変可愛らしい。
可愛らしいんだけどさ。
いろいろと意味が分からない。
何がどう仕方なかったの?
てゆーか、女の子の味方って何? どういう意味?
声にならなかった疑問は、顔にはしっかり表れていたんだろう。
紅桃はチラリとあたしを横目で見ると、大きくため息をついて、乱雑に髪の毛を掻きまわし、板の間にドカッと座り込んだ。電車の中のおっさんみたいに、お行儀悪く膝を大胆に広げた格好で。
…………もっと。せめて、もっと、ボーイッシュな見た目なら、そんなに違和感ないのに!
儚くも可憐なその容姿で、おっさんみたいなポーズはお止めください。
まあ、男の子だって言うし、お淑やかに膝を閉じろとまでは言わないからさ。せめて、もっと角度を、こう、なんとか!
おっぴろげすぎ!
あたしの疑問にはあっさり気づいた紅桃だったけれど、あたしの苦悩にはさっぱり気が付かないみたいで。
大変、はしたない恰好のまま。
何やら、昔語りが始まった。
――俺が闇底に迷い込んだのは、夏休みが終わったばっかの頃だった。学校からの帰り道で、セミの声が煩くて。
家の近所にさ、“寄らずの森”って呼ばれてる小さな森があるんだよ。危ないから、絶対に中に入るなって言われてた。『森に逃げ込んだ連続殺人鬼が、今もまだ彷徨っている』とか、『森で自殺した人の霊魂が、仲間を呼んでいる。勝手に森に入ると自殺者の霊魂に捕まって、仲間にされてしまう』とか『祀られなくなった大昔のカミ様がいて、力を取り戻すために獲物を待っている。森に入ると、カミ様に食べられてしまう』とか、なんかいろんなバージョンの話があって、俺もガキの頃は噂を信じて、本気で怖がってたな。なんか薄暗くて気味悪い森だったし。
――ん? 今? 今は、半周回って、まあ噂通りかどうかは兎も角、あの森は普通の森じゃなかったんだろうなって思ってるよ。だから、今、俺はここにいるんだろ?
でも、あの日の俺は、そうじゃなかった。さすがにもう、中学生だったしさ。薄気味悪い森だとは思っていたけど、本気でそんな眉唾な噂を信じる年じゃないって言うかさ。
でも、大昔には、本当になにかがあった場所だったんだろうなー。今にして思うと。
――その日は、所謂猛暑日ってヤツでさ。アスファルトの上で熱気が揺れてて、蜃気楼が見えそうなくらいの暑さだった。
途中まで一緒に帰ってた友達と別れて、寄らずの森に差し掛かった時には、シャツの中は汗で大洪水だったよ。もう、ホント、頭の天辺から湯気が出てきそうなほどでさ。
なのに、森の前を通りがかった途端、涼しい通り越して、冷たいくらいの風が吹いてきたんだ。森の中から。
森の中にでっかい氷が現れて、その後ろから扇風機で風を吹きかけてる、みたいな。そんな感じの風だった。
――ん? エアコンとか冷蔵庫とは違うのかって?
あー、そういう人工的な風じゃなかったんだよ。もっと、こう、自然な感じの。南極とか北極とかから、冷たい空気だけを持ち込んだみたいな。
自然っぽい風なのに、それが不自然で。
俺は、思わず、立ち止まって森の中を覗き込んじまったんだよ。
それだけだった。
それだけだったのに、な。
――誓って、森の中には、一歩も入っていなかったんだぜ?
立ち止まって、中を覗き込んだだけ。
なのに。
なんでか、俺はいきなり、森の中にいたんだ。
本当に、何だったんだろうな?
ほんの一瞬。瞬きした間に。
俺は、いつの間にか、森の中に立っていた。
暑さのあまり、うっかり無意識で森の中に入り込んじまったのかと思ったけど、そうじゃない。
だって、そこは、森は森だったけれど、家の近所の“寄らずの森”じゃなかった。
――そこは、緑色のキノコがぼんやりと光っていて、ホタルみたいなのがゆったり流れるように飛んでいる、仄明るくて薄暗い夜の森、だった。
突然、夜になるなんておかしいし、あんなに暑かったのにやけにひんやりしているし。
異世界に紛れ込んじまったんだと思った。いや、みたいも何も、実際、異世界だよな。ここって。
――ついて行けない事態にぼんやりしていられたのは、ほんのわずかな間だったよ。
一歩もそこから動かないうちに、俺は……。
すっげートゲトゲが生えている蔦だか蔓だかが足に巻きついてきて、強く引っ張られてその場に転がされてさ。その蔦だか蔓だか分からんものは、俺をどこかへ引きずって行こうとしているみたいだった。トゲトゲが食い込んで、すっげー痛かったけど、俺は必死に抵抗した。あのまま、連れて行かれたら、ぜってーもっとひどい目にあわされるって、なんか分かったし。這いつくばったまま、何とか逃げようと、前に進もうと、もがいていた。助けを求めて、喚きながら。
――そうしたら、伸ばした手の先に、足が現れたんだ。女の足。
驚いて、見上げたら。
セーラー服の、怖いくらいに綺麗な女が俺を見下ろしていた。
そう、月華だ。
月華は、無表情に俺を見下ろしながら言ったんだ。
「私と血の契約をして、魔法少女にならないか」
ってな。
ふざけんな! 俺は、男だ!
って、反射的に言い返していた。
そうしたら、あいつ、何て言ったと思う?
「そうか。ならば、助ける必要はないな」
そう言って、あっさり俺を見捨てて立ち去ろうとしやがったんだぜ?
――ん? じゃあ、どうやって、助かったんだって?
…………
おまえも会っただろ? 月華がいつも連れている、真っ白い喋る鳥。
あいつがさ。
「ま、待ちなさいよ! 月華! ほら、見なさい、こーんなに可愛いのよ? これが、男の子なわけないじゃない? きっと、気が動転してるのよ! ね? そうでしょ、あんた? ほら、早く本当は女の子です、魔法少女になりますって、言っちゃいなさいよ!? そうすれば、あんたは助かる。魔法少女になって助かるか、その蔓の本体の養分にされるか、二つに一つよ!?」
って、言いながら、羽をバサバサさせて。
それで、それで。
俺は。
だって、仕方ないだろ?
トゲトゲは、マジですっげー痛かったし。
足に巻きつかれてるだけでも、半泣き……いや、泣きそうなのに、もしも、あれが全身に巻きついて来たりしたら、どうなるんだよ?
それに、養分にされるとか。
マジ、勘弁。
だから。
だから、仕方がなかったんだよ。
そこまで喋ると、紅桃は口をへの字にしてむっつりと押し黙った。
まあ、ここまでくれば、あたしにも分かるよ。
女の子宣言、しちゃったんだね?
ま、まあ。命がかかってたんだし、しょうがないよ。痛いのは、誰だって嫌だしね。
てゆーか、紅桃。物真似、うまいね?
「ふっ。ショートパンツとミニスカモドキっぽい腰の覆い布に、紅桃の複雑な男心が現れてるよね」
「うるさいっ」
リュックの中身を確認し終わって満足したらしい
二人のじゃれ合いは、悶絶するほど可愛い!
けど。
「複雑な男心?」
の意味がよく分からなくて、首を傾げる。
夜咲花が、ニヤッと笑いながら答えてくれた。
「魔法少女になっても、俺は本当は男だーって気持ちと、もし男だって月華にバレたら、マズいかも知れないって言う不安がせめぎ合った結果?」
あー、なるほ、ど?
「バレたら、どうなるの?」
「分かんねー。男だからって、殺されたりはしないと思うけど。魔法少女の力は返せって言われるかもしれないだろ?」
「返したくないの?」
深く考えずにポロッと転がり出た疑問に、紅桃はギュッと眉根を寄せた。
「…………別に、魔法少女になりたいわけじゃねーけど。でも、ここで、闇底で生きていくには、魔法少女の力は必要だろ。妖魔に喰われて死ぬのは、ごめんだ」
それは、まあ、そうだね。
ま、まあ、似合ってるし。問題ないんじゃないかな。
と思ったけど、さすがに内緒にしておく。
男心を傷つけたらいけないしね。
…………儚い系可憐な美少女にしか見えないけど。
うん、まあ、納得。…………うん? 納得?
「いや、待って? えっと、女の子の味方っていうのは、つまり?」
紅桃が、男の子なのに魔法少女になったことには、疑問はない。見た目だけなら、違和感もない。
でも、それより。
そんなことより。
月華って?
「ああ、あいつが助けるのは女子だけだ。月華は、正義の味方じゃなくて、少女の味方なんだよ」
少女限定正義の味方!?
「てゆーか、なんで!?」
「知らん」
渾身の叫びは、あっさりと打ち返された。