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第11話 魔法少女の宴

 衣はざっくり。

 中身は、熱々、ほっくほく。


 ん~~。


 幸せ。


 おばあちゃんのコロッケとはちょっと違うけど、でも、これはこれで美味しい!


 大丈夫。

 あたし、闇底でも生きていける。

 魔法少女として、生きていける。


 コロッケがあれば、大丈夫!



 謎の肉(何の肉だったんだろう?)以外は、およそコロッケの材料とは思えない、ただの葉っぱとか枝とか茎とか何だかよく分からないものとかが、順番に錬金釜の中に放り込まれ(あたしには適当に放り込んでいるようにしか見えなかったけれど、夜咲花よるさくはなに言わせると、ちゃんと順番があるらしい……)、ぐるぐるってしたら。


 じゃーん!


 大皿の上に大盛になったコロッケが生まれました!

 大皿ごと!

 錬金魔法、すごい。

 大皿ごと作っちゃうとか、すごいよね?

 三日月のラベルが貼られた容器のウスターっぽいソースもあるし。

 …………でも、お箸もフォークもないんだね?

 いや、いいけどね。手づかみっていうのもワイルドで。


 囲炉裏のある板の間にコロッケを運んで。

 じゃあ、一言挨拶をお願いね、って月下げっかさんに言われて。

 待ちきれないあたしは、威勢よく返事をした。


「はい! じゃあ、みなさん、手と手を合わせて、いただきます!」


 そのまま流れるように、手と手を合わせて、いただきますの「い」で手を伸ばし、「す!」を言い終わるのと同時に、まだ湯気を立てている、揚げてないけど揚げたてのコロッケを口いっぱいに頬張る。


「おいひぃ…………」


 幸せのあまり顔全体を緩ませると、じっとあたしの様子を窺っていたらしい夜咲花がほっと息をついて、自分もコロッケに手を伸ばす。何だか嬉しそう。


 最初の一つは、何にもつけないで食べてみた。

 ジャガイモの味がしっかりしていて(ジャガイモ、入ってないけどね)、いつの間にかひき肉になっていた謎の塊肉にはしっかり塩コショウが効いていて、ジューシーで。

 うん、揚げたて(揚げてないけど)のせいもあるかもだけど、ソースなしでも十分美味しい!

 二個目は、ソースをかけようかどうしようかなー、なんて思いながら山盛りコロッケを見つめていたら、夜咲花がボソッと言った。


「あ。言い忘れてた。小判型は定番のジャガイモのコロッケで、俵型はカニクリームコロッケ。ハート型はカボチャコロッケだから」


 ちょ、それ大事な情報!

 もっと、早く言ってよ!

 三種類あるのは気が付いてたけど、中身も違ったとは。

 材料をぶち込んで、ぐるぐるしただけで、三種類のコロッケと大皿が一度に造れるとは、錬金釜、万能すぎる。

 これさえあれば、もう電子レンジなんて必要ないね!


 さて。それは、それとして。

 ああん、次、本当にどうしよう?

 ジャガイモソースがけも食べたいけど、カニクリームも好きだし、カボチャも美味しそう!

 盛大に迷いながらコロッケ山に視線を彷徨わせていると、横からにゅにゅッと二つの手が伸びてきて、俵とハートを掻っ攫っていった。

 ちょ、ルナさん!?

 お耳がピクピクして、尻尾がフルフルしているのは可愛いんだけれど、それ何個め!?

 負けじと、あたしも両手を伸ばして、俵とハートを掴み取る。

 とりあえず、全種類制覇はお約束!


 カニクリームは、あたしの知っているお味だった。

 冷凍なお味。

 カニクリームコロッケは自分で作るものじゃないって、おばあちゃんも言ってたからね。

 カニクリームは、冷凍食品でも十分美味しいと思う。っていうか、それ以外は食べたことがない。

 そして、カボチャ♥

 くうっ。程よい加減の甘さで、いくつでも食べられそう。幸せ。


「もう、二人とも。まだたくさんあるんだから、もっとゆっくり食べなさいな」


 両手に持った、俵とハートを交互にがふがふしていたら、月下さんが呆れた様にそう言った。

 流石に、お行儀が悪かったかな?

 チラリと月下さんを見ると、呆れてはいるけれど、怒ってはいないみたいだった。

 半分になった小判を片手に、仕方ないわねって感じに微笑んでいる。お姉さん……っていうか、お母さん?


 そう言えば、月華つきはなはちゃんと食べてるのかな?

 あんまり、コロッケには興味なさそうだったけど。

 コロッケを全制覇したことで、ちょっと余裕が生まれたあたしは、思い出したように月下さんの隣に座っている月華へと顔を向ける。


「? 月華? コロッケ、食べないの?」


 月華は、不思議そうにコロッケの山と、コロッケから立ち昇るホカホカの湯気を交互に見つめていた。

 もしかして、もしかしたら、月華は超お嬢様育ちで、こんな山盛り大皿料理は見たことないのかな?

 おまけに、手づかみとか、お嬢様にはハードルが高いんじゃ?

 えっと、夜咲花に頼んで、小皿とかお箸とか、やっぱり用意してもらった方がいいのかな?


「ああ、いや、いただこう」


 あたしの心配をよそに、月華はコロッケ山に手を伸ばして、小判を一つ掴み上げた。

 目の前に持ってきた小判を、半分に割って、ひき肉の混じったホクジャガの断面から立ち昇る湯気を、しげしげと見つめる。


 ん? 湯気、を見ているの?

 猫舌なのかな?

 冷めるのを、待ってるとか?


「温かいな」


 ポツリと月華が洩らした。


「う、うん! 揚げてないけど、揚げたてだからね! あっついうちが美味しいけど、熱いから気をつけて食べてね!」


 熱々をアチアチしながら食べるのが醍醐味だけど、猫舌ならば無理にはすすめられない。

 ゆっくり、フーフーしながら食べてください。

 と、思ったんだけど。

 あたしに促されて月華は、躊躇うことなく、フーフーすることもなく、まだ湯気が出ているコロッケの半分を口に入れた。

 え? だ、大丈夫?

 心配になって、ついつい、コロッケを口に含んだまま、手と口の動きを止めて、月華の様子を窺ってしまう。

 あたしだけじゃなくて。

 他のみんなも、コロッケを食べる手を止めて、月華に注目しているみたいだった。

 月華は、あたしたちに見られていることには気が付いていないみたいで、ゆっくりとコロッケを味わって飲み込むと、ふわりと口元を綻ばせた。


「ん。温かい食べ物を食べるのは、初めてだが、悪くないな」


 そう言って、残りのコロッケをまた口にする。

 誰かに向かって言ったわけじゃなくて、独り言、みたいだった。

 コロッケを食べている月華は、なんだか少しだけいつもよりも嬉しそうで。


 いろいろ、つっこみたかったけれど、口を噤む。

 せっかくの月華のコロッケタイムを、邪魔したくなかったから。

 コロッケタイムは、何人にも脅かされてはならない至高の時間だからだ。

 それに。

 軽はずみに聞いちゃいけない、みたいな。

 そんな気配を、何となしに感じてもいて。


 でも、脳内では、グルグルとその理由を考えちゃっていた。


 温かいものを食べたことがないって聞いて、思い付くのは。

 ………………お殿様?

 えーと、毒見役がいて、毒見役が先に食べて、しばらく経っても何ともなければ、ようやくお殿様の番になるんだよね? で、その頃には、すっかり冷めちゃってるから、お殿様は冷めたご飯しか食べられないって、テレビか何かで聞いたことがある気がする。それとも、先生の雑談とかだったかな?

 でも、月華は、お殿様じゃないよね?

 うーん、お姫様…………いやいや、セーラー服だし、んーと、じゃあ、やっぱりお嬢様?

 ……………………。

 いや、いくらお嬢様でも、現代日本でそんな、さすがに毒見役とか、いないよね?


 考え込んでいる間に、月華は一通りコロッケを食べ終えたみたいだった。

 夜咲花に、どれが一番好きか聞かれて、迷うことなくハート型のコロッケを指さしていた。甘いのが、好きなのかもしれない。

 月華に、コロッケを気に入ってもらえたのが嬉しいんだろう。

 夜咲花は、頬を紅潮させて、可愛くガッツポーズを決めていた。

 うん。可愛い。


 で。当の月華は。

 コロッケの旅を一周しただけで満足したみたいだったけれど、みんなが食べ終わるまで、ちゃんとコロッケの宴に参加していた。

 時折、誰かの質問に答えるくらいで、自分から会話に入ってくることはないんだけれど。

 それでも。ちょっと、意外だった。

 自分が満足したら、てっきりまた、外へ出たがるかと思ったのに。

 よっぽど、コロッケが気に入ったのかな?


 いや、まあ。


 今まで月華の肩の上でじっと大人しくしていた雪白が、いつの間にか、インコサイズから元の鶴サイズに戻って(いや、どっちが元のサイズかは知らないんだけど)、板の間に直置きされたコロッケを突くのに夢中になってたせいかもしれないけど、ね。


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