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第9話 辛口魔法少女

 あたしの「魔法少女になります!」宣言を聞いて、腰を浮かせかけた月華つきはなの腕を、月下げっかさんが掴んだ。

 ガッって感じで。

 かなり荒々しく。

 月華は不服そうな顔で月下さんを見つめる。


「せっかく本人がその気になっているのに、どうしていちいち止めるんだ? 大体、魔法少女作戦を考えたのは月下美人げっかびじんだろう? 作戦通り上手くいっているのに、どうして邪魔をする?」

「ちょ、ちょっと、月華! その言い方だと何か、騙してるみた…………いえ、えっと、違うの! そうだけど、そうじゃないのよ?」


 血相を変えた月下さんが、膝立ちになって、あたしに向かって大きな身振りで両手を振る。

 え? 何? どういうこと?

 もしかして、あたし、騙されてる?

 てゆうか、魔法少女作戦って、何?

 もしかして、もしかして、魔法少女になれるなんて甘い言葉につられて、のこのこ契約なんてしちゃったら、奴隷にされて一生こき使われるとか? そういうことなの?


「魔法少女…………詐欺?」


 顔を引きつらせながら尋ねたあたしに答えてくれたのは、月下さんでも月華でもない。さっきまで大人しく話を聞いていた、夜咲花よるさくはなちゃんとルナちゃんだった。


「違うよ、詐欺じゃないよ。月華と契約すれば、本当に魔法少女になれるし、月華はあたしたちに無理やり言うことを聞かせたり、しない」

「そうだよ! ルナもツキハナに力をもらってマホーショージョになって、今はヨーマだってやっつけられるようになったし!」


 ルナちゃんはシャキーンと獣爪を伸ばして威嚇のポーズをしている。

 紺地に白ドットのいかにもな魔法少女コスの夜咲花よるさくはなちゃんに言われると、物凄く説得力があるんだけど。

 ルナちゃんは、発音も何か微妙だったし、説得力がどうこうじゃなくて。

 うん。魔法少女の何たるかを、本当に分かってる?

 いや、妖魔を倒せるのはすごいと思うけど。

 その猫っぽい獣耳と獣尻尾も可愛いと思うけどさ。

 でも、白Tシャツにデニムのショートパンツって。あたしの知ってる魔法少女と違う!

 …………それとも、変身前ってことなの?

 ていうか。

 月華だって膝下丈のセーラー服だし、月下さんはワンピだよね?

 いや、似合っているけどさ!?


 魔法…………少女?


 きっとあたしは不審者を見る目でみんなを見ていたんだろう。

 慌てた月下さんのノンブレス説得がさく裂する。


「完全に嘘ってわけじゃないのだたちょっと順番が逆って言うか魔法少女になるための契約をするわけじゃなくて契約して力をもらえればその力を使って魔法少女になれるって言うか何かそんな感じのアレなだけで作戦って言うのもただ月華の使い魔とか下僕になれとか言われるよりも魔法少女って言った方が抵抗なく力を受け入れられるんじゃないかなってそれだけのことなの」

「契約して、月華から力をもらった後に、『魔法少女になりたい!』って強く心から願えば、魔法少女になれる。あたしは、なれた」


 壊れたロボットみたいになった月下さんをズイっと押しのけて、夜咲花ちゃんがあたしのほうに身を乗り出して言った。

 ゆるふわショートの不思議系小柄美少女の上目遣い!

 小動物に見上げられているようでもあって、ぎゅってしたくなる!


「一緒に、魔法少女になろう? 君は、たぶん、見どころがある」


 美少女の勧誘威力、半端ない!

 なんか、もう。

 この子と一緒に魔法少女になれるなら、詐欺でもいいんじゃないだろうかって気になってくる!

 …………まあ、詐欺ではない…………っぽい、けど。たぶん。


「てゆーかー、なんでゲッカはこの子がマホーショージョになるのに反対なの?」

「べ、別に反対はしていないでしょ!」


 ルナちゃんの素朴な疑問に、思わずといった感じで叫び返した月下さんだったけど、直ぐに我に返って咳ばらいをして誤魔化した。


「ん、んん。別にわたしは反対しているわけじゃなくて、むしろ賛成しているのだけれど。その、交渉が決裂したから代わりに説得してくれって連れてきたわりには、自己紹介しただけであっさり決心したみたいだから、本当に事態を理解しているのか不安になっただけって言うか。ちょっと魔法少女ごっこを楽しんで満足したら家に帰るつもりだったのに、もう帰れないなんて騙されたとか言われたら、嫌じゃない?」


 え? もしかして、あたし、アホの子だと思われてる?

 ていうか!

 なんで、みんな、納得したみたいに頷いているの?

 みんなもあたしのこと、アホの子だと思ってる?

 いや、いやいや。そう、きっと、前にそういう子がいたんだよ、ね? そういうことにしておこう。


「あの、大丈夫です。神隠しにあったらもう帰れないって、小さい頃に何度もおばあちゃんから聞いてたから、それは分かってるし。この先、帰る方法が見つかるかもしれないけれど、なんかそれは万に一つっぽいなーって言うのも、何となく伝わって来たし」


 兎に角、あたしの気持ちをみんなに伝えよう。

 そう思って話始めたら、みんなの視線があたしに集中する。注目されるのは慣れていないので、ちょっと肩がビクッてなったけど、大きく息をして気持ちを落ち着け、先を続ける。


「まあ、魔法少女になって次の日とかに方法が見つかったら、愚痴ったり泣いちゃったりするとは思うけれど、でも、それは仕方ないんだなってことは、ちゃんと分かってます」


 正座をした膝の上で、きゅっと拳を握りしめる。


「月華が助けてくれなかったら、あたしは、お魚……妖魔に食べられてました。だからってわけじゃないけれど、あそこで月華に出会えたのも何かの縁って言うか、何かの思し召しというか、そんな気がするし。そりゃ、あの時は、まだ月華のことがよく分からなかったから、よく分からない感じの人から『血の契約』とか『魔法少女という名の下僕』とか言われたから、直ぐには決められなかったけれど」


 月下さんが何か言いたげに月華に視線を向ける。でも、月華はどうして月下さんが自分を見ているのか分からないらしく、不思議そうにしていた。

 月華って…………。

 何か、あたしも一言いいたい気がしたけれど、今は置いておいて話を続ける。


「でも、今は、月華のこと、悪い人じゃないって思ってるし。それに、魔法少女詐欺ではなさそうだし、みんなのことも好きになれそうだし。あと、妖魔に食べられちゃうのは嫌だし。だから……」


 スーッと大きく息を吸う。


「あたしを魔法少女として、みんなの仲間に入れてください!」


 膝の上で握りしめていた両方の拳を、胸の前で構えるポーズで、声を張り上げる。


 月華が無言で立ち上がって、あたしに右手を差し出してきた。その手を掴んで、あたしも立ち上がる。やっぱり無言で、月華はあたしの目の前に、今度は左手の人差し指を突き出す。チラリと月華が指先に視線を走らせると、視線の先に赤い線が生まれて、線の端から赤い玉が浮かんで指を伝い落ちようとする。


「え? ちょ、何してるの!?」


 考えるより先に、月華の指をパクンってしていた。

 台所でおばあちゃんのお手伝いをしている時に、うっかり包丁でやっちゃった時みたいに。

 そのまま、チューってしてゴクンする。


「あ」

「あ」

「あ…………」


 みんなの、慌てたような拍子抜けしたような声が聞こえてくる。

 けど。

 そっちを見ている余裕はなかった。

 お、お腹の中が熱い。

 カイロをお腹の内側に貼り付けたみたい!

 月華の右手が、あたしの額に触れる。


「私の力を受け入れるか?」


 凛と冴えた声が、頭の上から聞こえてくる。


 ああ。

 血の契約って、こういうことだったんだ。

 月華の血を飲んで、月華の力を分けてもらうってことなんだ。


 目を閉じて、指を口に含んだまま、小さく頷く。


 ああ。

 カイロの熱が、お腹から全身に広がっていく。

 超ポカポカ。

 ていうか。熱すぎるし、暑すぎる。

 剥がしたいけど、お腹の中だから剥がせない。

 ジレンマ!


「今だよ! 強く念じて! 魔法少女名を叫びながら変身だよ!」


 すっかり茹りかけていたら、夜咲花ちゃんの声が聞こえてきた。



 そうか!

 この熱を開放して、変身するんだ。



 あたしの。

 あたしの名前。


 魔法少女としての、あたしの名前。

 今こそ!

 今度こそ!


「星に空と書いて、魔法少女☆星空! 今ここに、弾けて参上!」


 左手でピースサインを作って敬礼!

 のつもりだったけど。

 なんか、親指も立ってる?

 ん、まあ、いいや!

 なんか、こっちの方がカッコいい気がするし、結果オーライ!


 決め台詞と共に、体の中に溜まっていた熱が弾けて、服がパアってなって。


 変身ですよ! 変身!



 おニューのスニーカーに合わせた、水色と白のふわっとしたミニスカ魔法少女コス!

 レースとフリルと羽の飾りもつけてみました!

 スニーカーはせっかくおニューだしお気に入りだし、ちょっと飾りをマシマシにしただけで続投!


 ふっ。

 何か、随分長かったような気がするけど。

 決まった!


 って、思ったのに。



「星に空は、別に説明してもらわなくても、余裕で漢字変換できるよ? どうせなら、星空と書いて『キラリ』とか『ピカリ』とかくらい、捻りが欲しいトコだよね」

「…………えっとー、その服は青空っぽい!」

「そうねぇ。黒地に白ドットの夜咲花の衣装の方が、どちらかといえば星空っぽいかしら?」



 超ダメだしされた!



 闇底にお住いの魔法少女のみなさんは、揃いも揃って辛口でした。


 あたしは、甘口が好きだ!


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