お招きに預かり、魔法少女のアジト・カモフラージュバージョンにお邪魔させていただくことになった。
板の間の囲炉裏の傍に案内されて、座布団の上にきちんと正座。
こういうのは、初めが肝心だからね!
お行儀よくいかないとね!
二人ともピシッと背筋が伸びていて、とても姿勢がいい。でも、月下さんの方が、ピシッとしたなかにもしなやかさがあって、なんか女らしい感じ?
ちなみに、
月下さんに怒られるのでは、と思ったけれど、意外にも月下さんは何も言わなかった。なんとなく、みんなのお姉さんポジというか、お母さんポジっぽかったから、てっきりお行儀良くしないと怒られるかと思ったんだけど。
内心、首を傾げながらも、あたしは無意識の内に囲炉裏に両手を翳していた。
パチリ、と炎がはぜる音がする。
あー、いい。
あったまるぅー。
闇底やみぞこの世界は、すこーしヒンヤリしているので、正直かなりありがたい。
炎に手を翳して、ほーっと一息ついていると、月下さんが遠慮がちに声をかけてきた。
「えーと、火にあたりながらでいいから、説明の前に、一つ確認させてもらえる? ここがどういうところで、自分が今どういう状況なのか、それは分かっているのかしら?」
はっ。そうだった。
あたしは、囲炉裏に手をかざしながらも、月下さんと月華を真似てピシッと背筋を伸ばす。
「え、えと。ここは、闇底っていう、あの世でもこの世でもなくて、妖魔が住んでる世界で。それで、あたしは、白くて透明な光る蝶々にこの世界に連れてこられて、えーと、つまり。あたしは、神隠しにあっちゃったってことなんです…………よね?」
炎の誘惑に逆らえないまま、自分の身に起こったことを整理して、月下さんに伝える。
…………整理、されてるよね?
「自分が、神隠しにあったってことは、理解しているのね」
顎の下に人差し指を当てながら、月下さんは驚いたようにそう言った。
あたしはコクリと頷く。
すると、ここで、意外な人が話に入ってきた。
ずっと、関心なさそうにしていた月華だ。
「白くて透明な光る蝶?」
関心なさそうに見えて、一応話は聞いていたんだな、とあたしは感心する。
感心しながらも、頷いた。
月華が、じっとあたしを見つめてくる。
月華の圧倒的美少女感があたしを貫いた。
うっとり見とれる類の美貌じゃなくて、うっかり土下座をしたくなる類の美貌。
直視しちゃ、いけないみたいな。
でも、もうすでに正座済みだし、息を呑みながらもやっぱり見ちゃう。
羨ましいというよりは、美しさの次元が違い過ぎて、拝みたくなるような。お寺とかで神々しくも美しくありがたい大仏様とかの前で感動しつつも手を合わせてしまうような。そんなような心持?
美しさは極めると、神仏に通ずるのだろうか?
囲炉裏に翳していた手を膝の上に戻し、異次元にでも迷い込んだ気分で(いや、もうすでに迷い込んではいるんだけれど)、ただただ月華の美しい顔を見つめ返していると、月華はもう一度同じセリフを繰り返した。
「白くて透明な光る蝶々」
……………………あ。
蝶々について聞きたかったのか。
ようやくそれに気付いたあたしは、わたわたしながらも、おばあちゃんから聞いた話と、ついさっき自分の身に起こったことをみんなにお話しした。
「白くて透明な光る蝶々……。闇底では、見たことも聞いたこともないな」
「餌を闇底に引きずり込む類の妖魔の一種かしらね」
腕組みをした月華がポツリと漏らすと、その方の上に止まっているインコサイズのシュッとした真っ白い鳥、鳥さん(本当のお名前は雪白ゆきしろさんだけど)が相槌を打つ。
うう。
餌…………。
餌って言われた。
まあ、確かに、もう少しでお魚の妖魔に食べられちゃうところだったんだけど。
改めて言われると、背筋の方がこう、心霊特番を見ている時みたいになってくるよ。
ぞわぞわ。
「えっと、その。一つ、聞きたいんですけど。神隠しにあったってことは、あたしももう、元の世界には戻れないってことなんですよね?」
話の流れ的に今かなと思って、ずっと心の底ーの方で気になっていたことを、思い切って聞いてみる。
ここで。この闇底で、先輩魔法少女のみんなと一緒に暮らしていくのも、そう悪くはないと思っている。
思ってはいるけれど、でも。
もしも。もしも、元の世界に帰る方法があるのなら、やっぱり帰りたい。
お家に帰りたい。
帰って、おばあちゃんのコロッケを食べたい。
宿題はどうでもいい。
膝の上の両手をキュッと握って、真っすぐに月下さんの目を見る。
月華ではなく、月下さんの目を。
深い意味はない。ただ、こういうのは、月華じゃなくて月下さんの方がちゃんと分かるように説明してくれそうだなーくらいの浅い意味だ。たぶん、浅いと思う。
あたしを見返す月下さんの瞳の中で不思議な色が揺れていた。
胸の奥を、白くて冷たい手で締め付けられるような感覚。
そんな感覚にさせるような、色の揺らめき。
その色の名前を、あたしは知っている。知っているけれど、でも。言葉にはしたくない。
そんな色。そんな色が、いくつか。
揺らめいている。
「闇底から地上……元の世界に帰る方法は、あるのかもしれないし、ないのかもしれないわ」
ああ。やっぱり。
知ってた。分かってた。
だって、おばあちゃんが言ってたもん。
白くて透明な光る蝶々を追いかけて姿を消したミヨちゃんは、二度と戻って来なかったって。
きゅっと唇を引き結ぶ。
「探せばどこかにあるのかもしれないわね。でも、少なくとも、わたしたちはそれを知らないわ」
大丈夫。
知ってた。分かってた。
大丈夫。
泣いたりしない。
だって。
知ってたもん。分かってたもん。
なのに。なのに。なんで。
「ふっ、ふぅぅっ………………」
なんで、瞼が熱いんだろう?
なんで、喉の奥が熱いんだろう?
膝の上の握りこぶしに、熱いものが落ちてくるのは。
なんでなんだろう?