子ネコーは、綺麗に食べ終わったお味噌汁のお椀を元の位置へ戻すと、開いた場所に、今度は茶わん蒸しの器を持ってきた。
カザンの助言により、早く冷めるように蓋を開けておいたおかげで、湯気はすっかり消えている。これなら、食べても大丈夫だろう。
長老が好きだと言った和国のお料理、茶わん蒸し。
甘くないプリンだと言われて、本当に美味しいのか不安になったけれど、カザンに促されて蓋を開けたてみた時には、とてもいい匂いが、ふわんと漂ってきた。
匂いだけでなく、早く、そのお味を確かめてみたくてたまらない。
にゃんごろーは、ドキドキわくわくしながら、器の中を覗き込む。
プリンよりも少し薄い黄色い生地の上に、見たことのない葉っぱが一枚載っていた。
「あ。はっぱら、のってりゅ」
「それは、三つ葉だな」
「みちゅ、ら……」
「それだけで食べても、たいして美味しくないぞい。周りのフルフルしている玉子の部分と一緒に食べてみるがいい」
「しょうしちぇみりゅぅー」
カザンが、葉っぱの名前を教えてくれた。
続いて、長老が食べ方のアドバイスをしてくれる。
茶わん蒸しの器に添えられていた木のスプーンを握りしめて、にゃんごろーは言われた通り、玉子の生地と一緒に三つ葉を掬い上げ、お口の中へと迎え入れた。
「あー……んっ。…………。…………」
「どうじゃー?」
「んー。かわっちゃおありー」
「むふふ。子ネコーには、まだ早かったかのー」
「んー、れも、へいき。ちゃべられりゅ!」
「本当に、この子ネコーは、食に関しては果敢に取り組むのー」
「あら。いいことじゃない?」
すでに自分の分を食べ終えた長老は呆れた顔をしたけれど、他の大人たちは、初めての味にも怯まずに挑戦していくにゃんごろーに感心していた。
まだ食べている途中なのは、にゃんごろーとカザンだけだった。にゃんごろーは、ひとつひとつに感動しながら、初めてのお味をじっくり楽しんでいるため、食べるのに時間がかかってしまうのだ。カザンがまだ食べ終わっていないのは、食べるのが遅いからというわけではなく、そんなにゃんごろーの後を追うように食べ進めているせいだった。
すでに食べ終わっている残りのメンバーは、お茶を啜りながらまったりと子ネコーの様子を鑑賞している。
にゃんごろーはと言えば、すっかり茶わん蒸しに夢中だった。
どうやら、甘くないプリンがお気に召したようだ。生地の中に、いろいろと具材が隠れているのも楽しいのだろう。
お味噌汁の中に隠れていた見えないお魚探しとは違う、本当のお宝探し。
お宝を一つ一つ、スプーンで掬い上げる度に、カザンが名前を教えてくれた。
「きーのこ♪」
「しいたけだな」
「しーちゃけ♪」
坦々としたサムライの声と、弾むような子ネコーの声が、交互に繰り返される。
子ネコーのスプーンが、また知らないお宝を探り当てた。
目の高さまでスプーンを持ち上げる。スプーンの上の、少し緑がかかった、艶のある黄色い楕円形の何かを子ネコーはしげしげと見つめる。
「…………こえは? にゃにかの、このみ?」
「ああ、そうだ。銀杏という」
「りんにゃん…………」
お目目を何度かパチパチしてから、にゃんごろーは銀杏を「えい」とお口に入れた。
「んー……。かわっちゃあおりー。うん、れも、しょのうち、おいしくにゃるきゃも……」
味に慣れれば、美味しく感じるようになるかもしれないと、未来への展望を語る子ネコーに、みんなは笑った。
次に子ネコーが見つけたのは、端っこがピンク色をした白い短冊状の何かだった。
スプーンを持ち上げて、期待を込めた瞳でカザンを見上げると、カザンの目の端がほんの少し綻んだ。
「それは、かまぼこだな」
「かみゃもきょ」
「うむ。お魚をすり潰して、固めたものだ」
「ほぇえー…………」
さっき食べたお豆腐も、お豆をすり潰して固めたものだと長老が教えてくれた。
和国の人は、すり潰して固めるお料理が好きなのかな、と思いながら、子ネコーはかまぼこを味わう。
「あんみゃり、おしゃかにゃっぽくにゃいねぇ……」
「そうだな」
「うーん。おしゃかにゃのかたちをしちぇれば、おもしろいにょにねぇ…………」
「ああ。そうしたら、本物のお魚探しが出来たな」
「あー! しょうりゃよー! じゃんねーん」
「今度、頼んでおきましょうね」
「やっちゃー! ちゃのしみー!」
にゃんごろーとカザンが微笑ましい会話をしていると、ナナばーばが嬉しい約束をしてくれた。
表面上は穏やかに笑っているナナばーばだったけれど、「どうして、それに気づかなかったのかしら!?」と、心中では悔し涙を流していた。突発的に始まった、長老の見えないお魚探しイベント。その流れの中で、茶わん蒸しの中に本物のお魚が隠れていたら、最高のサプライズになったのに、と心のハンカチを噛みしめる。
そもそも、ただの長老の思い付きで始まったことなので予想のしようもなかったのだが、悔しいものは、悔しいのだ。
それでも、子ネコーが嬉しそうな笑顔を向けてくれたので、ナナばーばは、今回はそれでよしとした。
子ネコーの笑顔には、すべてを洗い流してくれる力がある、とナナばーばは心の中で、深く何度も頷いた。
さて、子ネコーのお宝探しの方は、まだ続いていた。
茶わん蒸しの最後のお宝は、鶏肉だった。
これは、カザンに説明されなくても分かった。森でもたまに食べているし、昨日の夜も食べたばかりだ。知っているものではあるけれど、十分にお宝だった。
普段は、長老が川で釣ってきたお魚ばかりのにゃんごろーにとって、たまにしか食べられない鶏肉はご馳走なのだ。
もちろん、大好きだ。
さて、和国風に味付けされた鶏さんは、一体どんなお味なのか。
「うふふふふ♪」
あまりにも楽しみ過ぎて、子ネコーは無意識のうちに笑い声をもらしてしまっていた。スプーンで掬い上げた鶏肉を「あーむっ」とお口に迎え入れ、「んー」とお目目を細める。
「おーいしぃー♪ ジューシィー♪ きのうのトリしゃんとは、またちらっちゃおいししゃー♪ うふふふふぅ♪ トリしゃん、まら、はいっちぇるぅー♪ うーれしぃー♪」
ご機嫌で鶏肉を味わっているにゃんごろーを、みんな微笑ましく見守っている。後追いのカザンは、子ネコーに続いて鶏肉を味わいながら、目を細めている。その視線は、もちろん茶わん蒸しではなく、茶わん蒸しを味わう子ネコーに注がれていた。
子ネコーは、素材の一つ一つをじっくりと味わい、茶わん蒸しを堪能し尽くした。最後の一口を食べ終えるて、「はふぅ」と満足そうに息をもらす。
「ちゃらんるし、おいしかっちゃー。いろいろはいっちぇちぇ、ちゃのしいしー。あまくにゃい、ちゃまごも、おいしかっちゃー。このにゃかれはー、ちゃらんるしら、いっとうしゅきー」
「長老と一緒じゃのー」
「うん!」
故郷の料理が子ネコーのお気に召したようで、和国組は、ほっと胸を撫でおろした。
ナナばーばだけは、自分のお気に入りのお稲荷さんではなく、茶わん蒸しが選ばれたことをちょっぴり残念に思っていた。けれど、すぐに気持ちを切り替えて、次はどんな和国料理を食べてもらおうかと、楽しい考えを巡らせる。
こうして、子ネコーの和国料理デビューは、大成功の大満足で終わった。