「むっふふ。まあ、食べてみてのお楽しみじゃのー」
「まったく、もう。ルドルは相変わらず、仕方のないネコーですねぇ」
茶わん蒸しとは、甘くないプリンのことである。
――――という、長老の雑な説明を聞いて複雑そうな顔をしている子ネコー。長老がその様子を見て笑うと、ナナばーばがそれを窘めた。ルドルというのは、長老のお名前だ。
ナナばーばの呆れた声を聞いても、長老は胸の毛を両手でナデナデしながら「にゃふふ」と悪びれなく笑っている。
ナナばーばは、ふわふわで真っ白い髪を短く整えた品のいい女性だ。いつも優しそうな笑顔を浮かべているが、カザン同様に背筋がピッとしていて、芯の強さを窺わせる凛とした佇まいが美しい。ナナばーばは、笑みを含んだ目で軽く長老を睨みつけてから、ゆったりとした口調でにゃんごろーへ話しかけた。
「茶わん蒸しは、ルドルのお気に入りだけれど。私が好きなのは、こっちのお稲荷さんなの。甘じょっぱく煮たお豆から作った皮の中に、甘酸っぱいご飯を詰めてあるのよ。にゃんごろーにも、気に入ってもらえるといいのだけれど……」
「ごひゃん……?」
豆は森にも生えているので、にゃんごろーも知っている。けれど、ご飯というのは何だろうか? 朝ごはんとか昼ごはんの「ごはん」のことだろうか? 子ネコーが首を傾げていると、真ん前から長老が、また雑な解説をしてくれた。
「米という白くて粒粒したものを炊いたものじゃな。まー、あれじゃ。和国では、ごはんの時に必ず食べるから、米を炊いたものを『ご飯』と言ったりもするんじゃ。和国の人にとってのご飯は、そのー、あれじゃな。にゃんごろーにとっての、トマトとキュウリのようなものじゃな」
「また、そんな乱暴な」
「さすがに、それは。何か、違うような……」
長老の適当すぎる説明に、和国出身の二人がさすがに異を唱えた。毎日のように食べられているという点では同じなのかもしれないが、ご飯と野菜を同列に語られるのは、和国組には納得できないことだった。
長老は「にょほほ」と笑って取り合わず、それどころかナナばーばよりも先に、お味噌汁に入っている具の解説を始め出した。
「お味噌汁に入っている、白くて四角いのがお豆腐じゃ。これも、お豆から出来ておる。お豆を擦り潰してから固めたものじゃ。こっちはワカメじゃ。これは、海に生えている草じゃな」
「おみゃめと、うみのくしゃのシュープきゃぁ」
子ネコーへの説明役を横取りされた上に、間違ってはいないがやはり雑過ぎる長老の解説を聞いたナナばーばは、今度は本気で長老を睨みつけた。もちろん、長老はどこ吹く風だ。
肝心の子ネコーはといえば、長老の適当な説明にも気を削がれることなく、キラキラとお味噌汁の入ったお椀を覗き込んでいる。
「うみのしゅーぷに、おしゃかにゃは、はいっちぇいにゃいのきゃな?」
「うむ。隠れているかもしれんぞ?」
「ほんちょ? ええー? ろこにいるのー?」
ソワソワと落ち着かない様子で、いろんな角度からお味噌汁のお椀を覗き込んでいる子ネコーを見て、おとなたちは楽しそうに笑った。
トレーの上には、今説明をしてもらったメニューの他にも、ドレッシングのかかったサラダと、森でもおなじみのルーミの実が用意されていた。
ジュルと涎を啜りながら、「シュープもきににゃるけりょ、まじゅは、やっぱりシャララかられ、そのちゅぎは……」などと子ネコーが算段をしていると、ノックの音がした。「遅くなりました」の声と共にドアが開いて、水色の作業服を着た二人が部屋の中に入って来た。どちらも人間の若い女性だ。
一人は、にゃんごろーも知っている人だった。長くて茶色い髪を頭の後ろで一つにまとめている、落ち着いた雰囲気の女性。火柱消火班のメンバーだった一人、タニアだ。
もう一人は、知らない顔だった。さっぱりと短く整えた黒髪がよく似合っている、小柄な女性だ。
小柄な女性は、「遅れてすみません」のあいさつの後、にゃんごろーに向かって明るくはきはきと自己紹介をしてくれた。
「タニア先輩と同じ、青猫号魔法整備班のムラサキです! ナナさんやカザンさんと同じ、和国の出身でもあります! よろしくね、にゃんごろーくん!」
「ネ、ネコーのこの、にゃんごろーれしゅ! よろしる、る!」
「はい! よろしる、る!」
にゃんごろーも慌てて名を名乗り、最後の「る!」に合わせて頭を下げる。ムラサキにも「よろしる!」を返されて、すっかり嬉しくなった子ネコーだったけれど、それは一瞬のことだった。食いしん坊な子ネコーの興味は、あっさりと目の前のトレーへと戻っていった。
これでようやく、お待ちかねの幸せタイムがやってくるのだ。
もはや、それ以外のことは、どうでもよかった。
「本当はねぇ、一昨日からお船で働くことになったネコーを招待するつもりだったんだけれど……」
「まあ、そんな話はあとでいいじゃろ」
「ルドルもにゃんごろーも、聞いてないみたいだぞ?」
「…………それもそうねぇ。食べてからにしましょうか」
ナナばーばは、森からやって来たネコーたちに伝えたいことがあったようだけれど、子ネコーだけでなく長老の方も、意識は完全にトレーの上のお料理に飛んでいた。マグじーじとトマじーじに指摘されて、ナナばーばは苦笑しながらそれに頷く。
ネコーたちは、話は聞いていないけれど、「いただきます」の気配は敏感に感じ取ったらしい。大きいネコーと小さいネコーが、サッと肉球のお手々をトレーの上に広げる。「いただきます」の準備だ。
宴の準備は、万端だった。