湯呑にお茶のおかわりを注いでもらって、それを一口飲んで、お口の中に残っていた独特な甘さを洗い流す。子ネコーは、そこでようやく、まだ見ぬ美味しいものへの夢想の旅から戻ってきた。そして、「そうだ!」とばかりに思い出した。
カザンには、いろいろと聞きたいことがあったのだ。
湯呑を、ピンク色の肉球と肉球の間に挟んだまま、にゃんごろーは小さな頭をクリンとカザンの方へ向けた。
「ニャニャンしゃんは、ショランちょ、おちょもらち、なんれしょ? ろんなふうに、おちょもらちに、なっちゃにょ?」
「おー。そう言えば、長老も、お船でサムライの友達が出来た、くらいしか聞いてないのー」
「ふむ。ソランとの、出会い、か」
子ネコーとネコーから興味津々の眼差しを注がれて、サムライは考え込んだ。それから、長くてしっかりとした指で湯呑を弄びながら、遠慮がちに、こう言った。
「うぅむ……。さして面白い話ではないぞ? ソランらしい話では、あるのだが……」
「おもしりょくにゃくちぇもいい!」
「うむ。ソランらしいと聞いては、興味がムクムク湧いてくるわい」
「そ、そうか。上手く話せるか、分からないのだが……」
ネコーたちがグイグイと迫ると、カザンは、少し困った顔をした。あまり、話すのが得意ではないのかもしれない、と長老は思った。
けれど、子ネコーは、そんなことはお構いなしだ。
にゃんごろーは、キラキラのお目目で、ちゃぶ台に身を乗り出した。
「しょれれもいい! ききちゃい!」
「長老も、聞きたい!」
長老は、言い淀むサムライの事情を推察しつつも、子ネコーを窘めたりはしなかった。むしろ、子ネコーと一緒になって、ちゃぶ台に身を乗り出しておねだりをしている。長老には、そういうところがあるのだ。
ちゃぶ台の上に、白が混じった明るい茶色のもふっとしたお手々が二つと、毛足の長い白いお手々が、もふもふもふっと二つ並んだ。
思わず、撫でたくなる光景だ。
「わ、分かった。そこまで、言うのなら…………」
ネコーたちの熱量に押し負けたのか、サムライは、あっさりと降参した。熱量、というよりは、子ネコーに期待の眼差しを向けられて、断れなかっただけかもしれない。キラキラのお顔が、しょもんと俯くところを想像すると、胸が痛むのだ。
お茶を一口飲んで、口を湿らせて。
すこーしだけ考え込んでから、カザンは、話しはじめた。
――――旅ネコー・ソランとの出会いを。
長老の孫ネコーであるソランは、ブルーグレイの毛並みが美しい青年ネコーだ。古い魔法道具を求めて世界中を巡る旅ネコーであり、魔法道具の行商人でもあった。怪しい像たちとは違って、魔法道具については蒐集目的ではないのだと本ネコーは語っていた。埋もれていた魔法道具を発掘し、壊れていれば修繕をして、必要としている人の元へ届けることを使命としているのだ。中には、どうしても直らない魔法道具もあるが、年代物となれば、それでもかまわないという好事家がたくさんいるのだという。
専門としているのは古い魔法道具だけれど、特にこだわりなく新しい魔法道具も扱っているようで、森の発明ネコー・ルシアの発明品も取り扱っていた。ルシアの発明品を、会ったこともない遠い世界の誰かが使っているのかと思うと、にゃんごろーはすごく不思議な気持ちになった。なんだか、素敵だな、とも思った。
青猫号は、魔法道具を求めて世界中を旅してまわるソランの商いの場の一つだ。祖父である長老や、取引相手であるルシアが暮らしている森の近くということもあり、それなりの頻度で顔を出しているようだ。長老と仲良しのマグじーじは、常連客だった。
――――とまあ、ここまでは、にゃんごろーも長老から聞いて知っている話だった。
どうやって仲良くなったかと尋ねつつも、最初は行商人とそのお客としてであったのだろうと、にゃんごろーは考えていた。何度か売り買いをするうちに自然と仲良くなったのか、それとも何かきっかけがあったのか、その辺を知りたいと思っていた。
ところが、いざ話を聞いてみたら、カザンはソランのお店で買い物をしたことはないのだという。
では、どうやって知り合ったのかというと、最初に話しかけてきたのはソランの方だったようだ。
その日、カザンは青猫号の最上階にあるサンルームというお部屋で、くつろいでいた。お仕事がお休みの日だったのだ。サンルームは、陽当たりが良くて観葉植物がたくさんあるお部屋で、青猫号で働くクルーたちの憩いの場となっていた。お仕事がお休みの日に、そこで一人ひっそりとおやつを食べるのは、カザンの小さな楽しみだった。
その日も、とてもいい天気だった。午後の、なるべく人がいない時間を見計らって、サンルームのベンチに座り、よく育っている観葉植物と窓の外の海を眺めながら、おやつの時間を楽しんでいた。
水筒に入れたお茶と、みたらし団子が三本。団子は、午前中に森を抜けた先の街で購入したものだ。同郷である和国出身の店主が営む、いい和菓子屋があるのだ。お休みの日の午前中は、大体いつもこの和菓子屋を訪れていた。かりんとうのように日持ちのするお菓子をいくつかと、その日のおやつ用の日持ちのしないお菓子を買うのが習慣だった。
みたらし団子の入った包みを膝の上に広げ、水筒の蓋にお茶を注いだところで、誰かがサンルームにやって来た。
それが、ソランだった。
みんなの憩いの場であるサンルームには、ベンチがいくつか用意されていたが、ソランは迷わずにカザンの元にやって来た。どうやら、みたらし団子の匂いに引き寄せられたらしい。
鼻をひくつかせながら、ゆったりと歩いてきたソランは、カザンの前に立つと、二ッと笑ってこう言った。
「お兄さん、いいもの食べてるな。オレにも一本分けてくれよ。ナデナデ一回と交換で、どうだ?」
「二本やるから、ナデナデ二回にしてくれ!」
「ふっはは! いいぜ、契約成立な」
旅ネコーの申し出に、カザンは即答した。かなり食い気味に。
ソランは破顔してこれに承諾すると、カザンの隣に腰掛けて、早速とばかりに団子に手を伸ばす。
――――これが、二人の出会いなのだという。
これを切っ掛けに、二人は顔を合わせれば挨拶をするようになり、軽くお互いに近況を報告し合うようになり、おやつを分け合うようになり、やがてカザンの部屋で、二人で酒を飲み交わすまでの仲になった。
そうして、気が付けばこういうことになっていたのだと、カザンは不思議な像が並ぶ棚と、畳の上のネコー用ベッドに視線を投げた。
長老が懸念した通り、カザンは話し上手な方ではなかったが、ソランをよく知る長老がうまい具合に合いの手を入れてくれたおかげで、にゃんごろーはお話に引き込まれていった。特に、みたらし団子の件では、長老共々、お口に溜まった涎をジュルジュルゴクンと飲み下しながら、熱心に話に聞き入った。
お口をジュルジュルにしながらも、長老はカザンが相当なネコー好きであることを鋭く見抜いていた。そうと明言はしていないが、言動から滲み出ている。隠しているわけではなく、おそらく自覚がないネコー好きのだろう。本人の自覚があるなしに関わらず、それは長老にとって重要な情報だった。この情報を、うまく生かせば、今後のおやつタイムが充実したものになると考えて、長老は舌なめずりをした。
同じ話を聞いた子ネコーの方は、同じ食いしん坊でも、長老とはまた違う感想を抱いたようだ。
「えー? いいなー、ショラン。おやつをわけてもりゃって、ニャデニャレもしてもらっちゃんらー。じゅるーい。にゃんごろーも、みららしらんぎょ、たべてみちゃーい。どんなおありら、しゅるのかにゃー? あうーん。ちゃべちぇみちゃーい」
「ふ、ふふ。今度、街へ出たら、にゃんごろーと長老殿の分も買ってくるとしよう」
子ネコーは、美味しいものも好きだが、ナデナデも大好きなのだ。ナデナデをしてもらった上におやつまで分けてもらえた旅ネコーを羨みつつ、新たな美味しいもの情報にジュルシと想いを馳せていると、サムライが素敵な提案をしてくれた。
子ネコーは大喜びで、もふっと両手で万歳をする。短い指の間がニャーと広がっていた。
「ほ、ほんちょー? にゃっちゃー! ニャデニャレもしちぇほしい! ニャレニャレみょー!」
「ナ、ナデナデなら、い、いつでも……」
「にゃ!? ほんちょ!? それりゃあ、しゃっしょく!…………ん! ろーじょ!」
ついでに、ナデナデも要求すると、カザンからは嬉しい答えが返ってきた。にゃんごろーは目を輝かせ、早速とばかりにカザンに向かって小さなもふ頭を突き出す。
可愛いお耳の先を向けられて、カザンはほんのりの頬を染めながら、子ネコーの頭にそっと手を伸ばし、無言のまま優しく撫で繰り回した。
気持ちがいいのか、子ネコーは「にゃふふふふ」と満足そうに笑っている。
(うーむ。お船にいる間は、おやつには困らなそうじゃのー。にゃっふっふーん)
微笑ましい様子のふたりを眺めながら、長老はのんびりとお茶を啜りつつ、ちゃっかりしたことを考えていた。