お行儀よく『いたらきみゃ!』の挨拶をして。
早速とばかりに、かりんとうへお手々を伸ばす子ネコーとネコーの傍らで、サムライは口元に手を当てて俯き、肩を震わせていた。ネコー好きのサムライにとって、子ネコーの「いったらっきみゃ!」は、威力がありすぎたようだ。
子ネコーの方は、そんなサムライの様子には露と気が付かずに、わくわくポリっとかりんとうに齧りついている。
初めて食べる独特の甘さに、コテンと首を傾げながらも、子ネコーはカリポリと記念すべき一本目を食べ終えた。
ズズッと暖かい麦茶を啜ってから、にゃんごろーは神妙な顔で感想を述べた。
「はじめてにょ、おあり。ふしぎにゃ、おあり。ふしぎにあまいにょら、こいかんり!」
「うむ。独特で濃厚な甘さ。それが、黒糖の味なのじゃ」
「にゃんごろーの口には、合わなかったか?」
「んー、もうちょっろ、たしかめちぇみりゅ」
子ネコーは、ふーむと吟味するように、かりんとうが盛られた木の器を見つめている。長老はお行儀悪く両手にかりんとうを持って、幸せそうにカリポリしながら、子ネコーに教えてやった。かりんとうには手を付けず、子ネコーの様子を窺っていたサムライは、選ぶお菓子を失敗してしまったかと心配そうに尋ねが、杞憂だったようだ。
子ネコーは、果敢に二本目に手を伸ばした。
意欲に満ちた眼差しで、じーっとかりんとうを見つめた後、小さいお口をパクリと大きく開けて、二本目に食らいつく。それから、子ネコーは、ぎゅっと目を閉じた。目を閉じたまま、真剣なお顔で、ゆっくりカリポリ味わっている。
やがて、お口の中のものを、ごっくんしたにゃんごろーは。
パッとお目目を開けて、おひさまのようにお顔を輝かせた。
「おいしくにゃっちぇきちゃ!」
「そうか。よかった」
黒糖の美味しさに目覚めた子ネコーは、長老の真似をして、両方のお手々にかりんとうを装着すると、交互にカリポリし始めた。
それを見て、茶菓子を失敗してしまったかと不安になっていたサムライの肩から力が抜けていく。力を抜いても、カザンの背筋はしゃんと伸びていた。丸みを帯びているネコーたちの体とは対照的だ。
右と左のお手々に持ったかりんとうを、交互にカリポリするふたりを、交互に見つめながら、カザンは口元に、はっきりと笑みを浮かべる。
かりんとうはカザンの好物だったが、今は、かりんとうを食べるよりも、かりんとうに夢中なネコーたちを見ている方が、心が満たされた。
こうして、黒糖のお味のかりんとうは、そのほとんどがネコーたちのお腹におさまった。
「せきゃいには、いろんにゃおいしいあおりら、あるんりゃねー」
「そうじゃのー。いろんな美味しい味があるのー」
「気に入ってもらえたようで、何よりだ」
空っぽになった器を見ながら、にゃんごろーが満ち足りたお顔でそう言うと、長老もまったりとそれに頷く。
すっかり満足している二人の様子に、普段は涼しい顔を崩すことが少ないカザンの目元が、優しく綻ぶ。普段は、あまり思っていることが表情に出ないタイプなのだが、子ネコーの愛らしさには、勝手に表情筋が動いてしまうようだった。
注いだきり放置していた自分の分の麦茶に手を伸ばし、カザンはゆっくりと啜った。子ネコーに合わせて元々ぬるめだったせいもあって、時間が経った麦茶は、すでに冷たくなっていた。カザンは熱いお茶の方が好きなのだが、この時飲んだ麦茶は、今まで飲んだ中で一番といっても過言ではないくらいに美味しく感じた。
麦茶は冷たいのに、心は温まってくる。
「ニャニャンしゃんのー、ふるしゃとのおかしにゃんらよね?」
「ああ、そうだ。東の方にある、和国という国だ」
「ほかにもー、めじゅらしいたれものら、いっぱいありゅのかにゃー?」
「この船でも、たまに食べられるぞ?」
「しょーなの!?」
サムライの故郷の料理に興味津々のにゃんごろーは、それがこのお船でも食べられると聞いて、激しく食いついた。空になった器に未練たらしく注がれていた視線が、ぐりっと回転してカザンの顔に向けられる。
「ナナ殿も和国の出身なのだ。そのせいもあって、たまにメニューに組み込まれているな」
「ニャニャばーばちょ、ニャナニャンしゃんは、おんなりくにのひとにゃんらー」
「あっさりした料理が多いかのー。長老は、天ぷらと蕎麦が好きじゃ。それから、茶わん蒸しも忘れてはならん」
「ほほぅ……。ちぇんぷりゃ…………しょら…………ちゃらんるし……」
にゃんごろーは、じゅるりと涎を啜り上げた。
名前だけではどんな食べ物なのか、まるで想像がつかないが、長老が好きだというのだから、きっと美味しいのだろう。
にゃんごろーも食べてみたい、と腹の底から子ネコーは思った。
お船のごはんに出てくることがあるとカザンが言っていたし、長老はもしかしたら、それらの料理をお船で食べたのかもしれない。だとしたら、にゃんごろーにもチャンスはあるはずだ。お船にいる間に、どれか一つくらいは食べられるかもしれない、と子ネコーは期待した。
「にゃんごろーも、たべちぇみちゃい!」
「大丈夫じゃ。長老の好物は、みんな知っておるからの。長老がお船にいる間に、一回くらいは出てくるじゃろ」
「そうだな。ナナ殿も、にゃんごろーにお国の料理を食べてもらいたいと思っているはずだからな」
「ほんちょう…………?」
期待を込めた眼差しで、にゃんごろーは長老とカザンの顔を交互に見つめる。ふたりは、間違いないというように力強く頷いてくれた。
「ほわぁああああ。ちゃのしみぃ…………」
空になった湯呑を、両方のお手々でもふっと大事そうに抱えたまま、にゃんごろーは未来のごはんへと意識を飛ばす。ぽわぽわと小花が舞い踊りそうなうっとりとしたお顔だ。
子ネコーは、まだ見ぬ美味しいものへのわくわくで、胸とお腹をときめかせるのだった。