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第15話 トマトはしゅばらしい!

 にゃんごろーは、発明ネコーの失敗により突発的に発生した、初めての“お船でお泊りイベント”を満喫していた。お風呂も楽しかったけれど、昨日の夕ごはんは最高に幸せな時間だった。

 その上、朝ごはんまで青猫号でいただけるのだ。

 昨日と同じ和室に、昨日と同じメンバーが揃っていた。

 そして、昨日と同じように、隣に座ったミルゥがメニューの説明をしてくれた。

 今朝のメニューは、サラダとトマトスープ、目玉焼きとベーコンにトーストだ。トーストには、バターだけでなくて赤いイチゴジャムも添えられていた。赤はトマトの色なので、大好きな色だった。もう、それだけでワクワクした。

 食べる前から、ニコニコが止まらない。


 みんなで、恒例となりつつある「いったらきみゃ!」をして、それから。

 まずは、瑞々しいサラダをシャキシャキと笑顔で楽しんだ。サラダには、茹でてほぐしたトリさんのお肉もたっぷりと載っていて、にゃんごろーにとっては、これだけでも、物凄いご馳走だ。サラダにかかっているゴマのドレス(にゃんごろー語で、ドレッシングのこと)にも大満足だった。

 それから、甘い匂いが気になっていた、イチゴジャムに手を伸ばす。「イチノジャ~ミュゥ、ト~マトのおいろ~♪」と小さく歌いながら、トーストにたっぷりとジャムを塗り、カプリと齧り付いた。お口の中に広がる、その魅惑の甘さに、子ネコーは大感激だ。お口の周りを、ジャムとトーストの食べカスで盛大に汚しながら、サクサクと食べ進む。お手々もお口も、勝手に動いて止まらなかった。


「イチノジャミュトーシュト、にゃんごろーのいっちょうしゅきに、なっちゃうきゃも…………」

「バターを一緒に載せても、美味しいぞ?」

「にゃ? ほんちょ? にゃんごろーも、やっちぇみりゅ!」


 イチゴジャムでべとべとのお顔で、にゃんごろーがうっとり呟くと、長老が自分のトーストにジャムとバターをべったりと塗りながら、更なる幸せについて教えてくれた。さっそく、にゃんごろーも試してみることにする。ネコーたちのお皿には、四つ切りにされたトーストが二枚ずつ載っていた。一枚目は、ジャムがあまりにも美味しすぎて、すでに食べ終わってしまっている。だから、残りの一枚の端っこだけに、両方を塗ってみることにした。

 バターとジャムが塗られた端っこをサクッと一口齧って、子ネコーはまた、新しい幸せを知ってしまった。


「んんー。おいしいぃー。ニャムらけのみょ、バラーといっしょのみょー、ろっちも、おいしーぃ♪」


 長老の言うことに、間違いはなかったようだ。

 お口の周りを舐めとりながら、にゃんごろーは残りのトーストを、バターとジャムまみれにする。もちろん、お顔もバターとジャムにまみれた。

 隣に座っているミルゥは、子ネコーと長老のやり取りを聞いて頬を緩ませていた。嬉しそうにお顔を汚していくにゃんごろー見つめるのに忙しくて、手元が疎かになったミルゥは、うっかり目玉焼きにジャムをかけてしまっていた。それに気が付かないまま、イチゴジャムのかかった目玉焼きを口へ運び入れ、「うっ」となったが、構わずそのまま食べ進める。その間も、熱い視線は子ネコーに釘付けだった。

 トマトの女神様のお皿に甚大な被害を与えたことなど知らない子ネコーは、汚れたお顔をペロペロと舐めとって綺麗にすると、満足そうに「にゃふー」と息をついた。それから、さてお次は、とトレーの上に視線を走らせる。

 子ネコーの次のターゲットは、目玉焼きだ。

 にゃんごろーは、綺麗な半熟目玉をうっとりと鑑賞してから、チラリと盗み見た長老の真似をして、「えいっ」と黄色い目玉にフォークを突き刺す。白いお皿の大地の上を、トロリと黄色い川が流れていった。


「ベーコンで、黄身を掬って食べるのも美味しいよ?」

「ほほぅ」


 お皿の上に出来た黄身の川を「おぉー」と見つめていると、ミルゥが美味しい食べ方を教えてくれた。子ネコーの目が、キラリと輝く。

 チラっと横目でミルゥのお皿を見ると、半分ほど残っているミルゥの目玉焼きには、赤いイチゴジャムがかかっているようだった。食いしん坊な子ネコーは、それを見逃さなかった。

 もしや、それもミルゥ独自の美味しい食べ方なのでは、とすかさず尋ねる。


「イチロニャムが、きゃきゃってる。しょれも、おいしいにょ?」

「あ! これは、うっかり零しちゃっただけ! 美味しくなかったから、真似しちゃダメだよ!」

「しょっか。わかっちゃ」


 ミルゥが両手を小さく横に振りながら慌てて否定すると、子ネコーは、ただの失敗かとあっさりと納得した。

 にゃんごろーが、教わった通りの美味しい食べ方を試し始めると、ミルゥはそれを横目で見つめながら、口元を両手で抑えて悶絶した。イチゴジャムが、イチノジャミュになり、さらにはイチロニャムへと進化しているのがツボにはまってしまったのだ。イチゴジャムには、つい先ほど、甘いけれど苦い経験をさせられたばかりだというのに、大好きになってしまいそうだった。今度、美味しいイチゴジャムを探して、にゃんごろーにプレゼントしよう、とミルゥは心に決めた。

 決意を固めながらプルプル震えるミルゥの傍らで、子ネコーは嬉々として、言われた通りカリカリに焼けたベーコンで、トロトロの黄身を掬い上げていた。

 ミルゥ直伝の食べ方は、美味しいだけじゃなくて、とても楽しかった。


 そして、そして。


 ついに、メインディッシュに取り掛かるときがやって来た。

 にゃんごろー的な、本朝食のメインディッシュは、トマトスープだった。

 青猫号に来てから初めて口にしたのがコーンスープだったこともあって、スープはにゃんごろーのお気に入りの料理になっていた。

 そのお気に入りの料理と、大好きなトマトの組み合わせときたら、もう期待しかない。期待のあまり、にゃんごろーの心臓はさっきから弾むようなリズムを刻んでいる。心臓に、にょにょっと足が生えて、にゃんごろーの体から飛び出して、スキップをしながら、そのまま何処かへいってしまいそうなほどだった。

 ほんのりと茶色味がかかった透き通るスープの中に、四角に刻まれた小さなトマトがたくさん浮かんでいる。カップの中を覗き込むだけで、目も口も緩んでくる。「にゃふふふふ」と笑みがこぼれてしまいそうだった。

 見ている方が嬉しくなってしまうような満面の笑みで、にゃんごろーは、トマトを多めに、スプーンで一さじ掬い上げる。歌っているわけではないのに、子ネコーの全身から、喜びの歌が溢れ出しているのが聞こえてくるような、飛び交う音符さえ見えてきそうな、そんな幸せ過ぎる笑顔だった。

 にゃんごろーは、零さないように慎重に、最初の一口をお口に入れた。

 あっさりしているのに、しっかりとトリさんの旨味が感じられるスープだった。その中に、トマトの優しい甘みと程よい酸味が溶け込んでいる。レモン汁をそのまま舐めた時のような「にゃっ!」と飛び上がるような酸味ではなくて、トリの旨味を引き立てる、程よい酸味。

 トリとトマトの共演に、にゃんごろーは酔いしれた。

 そのまま食べても、ドレスを着ても、スープにしても。

 どうやって食べても、トマトは美味しい。


(はぅうーん♪ トマトは、しゅばらしぃいいいい♪)


 にゃんごろーはトマトへの愛を深め、心の中で歌うように叫びながら、最後の一滴まで残さず味わい尽くした。

 ちょっとだけ、冒険もさせてもらった。

 大人たちは、トマトスープに黒コショウなるものをかけていたのだ。ミルというものが付いた細長い筒を、スープの入ったカップの上でガリガリすると、刺激的な匂いが立ち昇り、黒い粒がパラパラとスープの中に落ちていく。

 これをかけると、ちょっと辛いけれど、スープの味がキリッと引き立つらしい。

 子ネコーにはまだ早いと言いながらも、長老は黒コショウをちょっとだけ入れた自分のスープを、にゃんごろーにも一口だけ分けてくれた。

 長老が言った通り、ピリッと辛い黒コショウは、にゃんごろーにはまだ少し早かったようだ。吐き出したりせずに、ちゃんと飲み込みはしたものの、子ネコーは涙目になって両手でお口を押える。「にゃっはっはっ」と長老に笑われながら、にゃんごろーはデザートのルーミの実でピリピリするお口を慰めた。

 長老は笑ったお詫びだと言って、自分の分のルーミの実を一切れ分けてくれた。食いしん坊の長老にしては、破格のサービスだった。おそらく、森へ行けば好きなだけ食べられるルーミの実だからこそ、なのだろう。ピリピリを持て余していたにゃんごろーは、それには気づかず、素直に感謝した。

 甘酸っぱいルーミの実は、にゃんごろーのピリつくお口を美味しく慰めてくれた。

 ――――けれど、幸せな時間は、ここまでだった。

 食後のお茶を飲んで一息ついて、お腹いっぱい大満足の幸せに浸っていると、長老がのんびりとした声で、おしまいを宣告したのだ。


「さーて。それじゃあ、テントのみんなに挨拶をしに行くとするかの。行くぞ、にゃんごろー」

「………………! は、はーい」


 子ネコーは、ハッと長老を見つめてから、「そうだった」と元気なく項垂れた。それでも、聞き分けよく、ちゃんとお返事をする。

 楽しい時間は、これで終わりなのだ。

 長老の言葉を聞いて、子ネコーは、「お船には遊びに来たわけではないのだ」ということを思い出した。

 あまりに幸せ過ぎて、何のためにお青猫号に来たのかをすっかり忘れていた。

宣告を受けるまで、にゃんごろーは、ごはんの後は長老に強請って、青猫号の中を探検させてもらうつもりでいた。そして、あわよくば、青猫号でお昼ごはんも食べさせてもらって、夕方まで遊んでから森の住処へ戻れたらな、などとこっそり目論んでいたのだ。

 お風呂も楽しかったし、夕ごはんも朝ごはんも大満足で、食いしん坊子ネコー的には充実したお泊りだった。けれど、お腹が満ちてくれば、食い意地以外の好奇心も頭をもたげてくる。お風呂の壁に描かれた絵も、脱衣所のドライヤーも、子ネコーには新鮮だった。青猫号の中には、まだまだにゃんごろーの知らない面白いものがたくさんあるはずなのだ。

 なのに、朝ごはんを食べただけですぐに帰らないといけないなんて、とてもすごく名残惜しい。

 けれど、仕方がない。仕方がなかった。

 青猫号には、遊びにやって来たのではないのだから。

 にゃんごろーたちが青猫号にやって来たのは、ネコーの住処で緊急事態が発生したからだ。

 そのことを、思い出した。


 そのことを、思い出して――。

 さっきまで、楽しそうにピコピコしていた、にゃんごろーの可愛いお耳は、しおしおにしな垂れるのだった。

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