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第2話 にゃんごろーと長老

「にゃん、にゃん、にゃーん♪ にゃーんごろー、にゃーん♪」


 ほってほってとステップを踏み、鼻歌を歌いながら、にゃんごろーは、寝床である我が家を目指した。天気のいい日は、お外でお昼寝をするのも気持ちが良さそうなのだが、にゃんごろーは、お昼寝はお家でする派なのだ。

 まだ小さい子ネコーがお外にひとりでいると、大きな鳥に攫われてエサにされてしまうことがあるのだ。にゃんごろーはもう、そこまで小さくはないのだけれど、お昼寝をするときは、やっぱり家の中の方が安心できる。

 そうして歩いていると、真ん中に大きな木が立っている広場が見えてきた。みんなの憩いの場である広場は、森で大物が捕れた時に、みんなで集まって宴を開く、宴会の場でもあった。

 その広場の先に、黄色い三角お屋根のお家が見える。ネコーの森で一番大きなお家、ネコーの長老のお家だ。

 にゃんごろーはこの家で、長老とふたりで暮らしていた。少し前までは、もうひとり、にゃしろーという子ネコーも一緒に暮らしていた。にゃんごろーの兄弟ネコーだ。けれど、にゃしろーは難しい病気に罹ってしまい、今は長老の知り合いの魔女のところで療養中なのだ。

 そもそも、にゃんごろーには、四にんの兄弟がいた。にゃんごろーも入れると、五にん兄弟だ。でも、にゃしろーを除く残りの三にんは、獣に食べられたり事故にあったりして、お空へ旅立ってしまったのだ。

 森には、にゃんごろー兄弟以外に、子ネコーはいなかった。

 だから、今。

 森で暮らしている子ネコーは、にゃんごろー、ひとりだけだった。


「たらーいみゃー!」

「おーう、おかえり。にゃんごろー」


 お家に帰りついたにゃんごろーが元気よく玄関のドアを開けると、毛足の長い真っ白ネコーが、ニコニコと出迎えてくれた。長老だ。

 玄関の先は、台所兼居間になっていた。居間のソファーで、一休みしていた長老は「おかえり」を言いながらソファーから立ち上がり、にゃんごろーに向かって両手を広げる。

 にゃんごろーは、トテテーっと駆け寄り、ふかふかのお腹にお顔を埋め、両方のお手々で長老の胸毛をわしゃわしゃとかき混ぜた。


「どうじゃ? 野菜を美味しくする魔法は、少しは上手くなったのか?」

「うん! ハミルしゃんにー、ほめられちゃー!」


 長老は、にゃんごろーの肩に手を置いて優しく尋ねる。にゃんごろーは、もふぁ毛に埋めていたお顔を上げて、嬉しそうに報告した。


「そうか、そうか。ふーむ。その内、この家の裏に、子ネコー菜園を作っても、いいかもしれんの。長老は、ジャガイモとトウモロコシを希望するのじゃ!」

「ほんちょー!? こネコーしゃいえん! にゃんちぇ、ちゅちぇきにゃ! や、やりちゃーい! トマトとキュウリも、しょらちぇるー! にゃんごろーの、こネコーしゃいえん!」

「うむうむ。何でも好きに育ててみるがええ。ジャガイモとトウモロコシも忘れずにな。長老は、トウモロコシのスープが好きなんじゃー」

「チョーモロロシのシュープ! にゃんごろーも、のんれみちゃい! ジャライミョは、ソランがしゅきなんらよね! うふふ、ちょーろー、やしゃしい! んー、れも、ちょーろー、シュープにゃんちぇ、ちゅくれりゅの?」

「ぐぬ! 焼いたり茹でたりするだけでも美味いから、いいんじゃ! なんとかなる! ならなかったら、誰かに何とかしてもらえばいいのじゃ! それに、あれじゃ! ソランの奴は、まあまあ料理が出来るからの! ソランが来た時に、作ってもらえばいいんじゃ!」

「にゃはははは! しょのほーら、いいね! せっきゃく、そらてちゃおやしゃいを、むらにしゅるのは、よくにゃいもんね!」


 子ネコーの魔法の上達を知り、長老は夢を語り出した。子ネコーもキラキラの笑顔で話に乗ってきつつ、料理下手という現実を長老に突きつける。弱点を指摘された長老は、お顔を顰めて唸り声を上げたが、すぐさま反撃に出た。最終的な打開策は、他ネコー任せなものだったが、にゃんごろーは「その方がいい」とばかりに笑った。

 ちなみに、話に出てきたソランというのは、長老の孫ネコーのことだ。旅の行商ネコーをしているソランは、たまーに珍しい食べ物や奇妙な像をお土産に長老の家を訪ねてくるのだ。居間には棚がいくつもあり、そこには大小さまざまな奇妙で不思議な像がズラリと並んでいた。


「にゃははは…………ふ、ふわぁ」

「何はともあれ、お昼寝じゃな。ほれ、行くぞ、にゃんごろーよ」

「はぁーい、ちょーろー…………」


 笑っていた子ネコーが、大あくびをした。子ネコーは、お昼寝の時間なのである。

 長老に促され、もふもふのお手々でお目目を擦りながら、にゃんごろーは居間の奥にある寝室へと向かった。

 居間の奥には、お部屋が三つあった。寝室は、その真ん中のお部屋だ。残りの二つは、向かって右が長老の書斎で、左の端は客間として使用していた。

 「ふにゃぁー」と今度は小さなあくびをもらしながら、にゃんごろーが寝室の引き戸を開けようとした。

 そのときである。


 家の外から、爆発音が聞こえてきた。


 にゃんごろーと長老は、「ひゃっ!」と悲鳴を上げて飛び上がる。

 そして、着地すると同時にお顔を見合わせた。

 ふたりとも、爆発音の原因に心当たりがあったのだ。


「む!? まーた、ルシアが発明に失敗して、何か爆発させたのか!?」

「にゃんか、いちゅもより、おおきにゃおと、りゃったよ!?」


 ふたりは、血相を変えて家の外へと飛び出した。

 爆発音の原因には心当たりがあったし、何ならネコーの住処で爆発音が聞こえてくるのは割と日常茶飯事ではある。けれど、さっきの轟音は、何時もの爆発音とは比べ物にならない轟音だった。どう考えても、ただ事ではない。

 ふたりは家を飛び出すなり、心当たりの方角へお顔を向け、パカンとお目目を見開き、カコンとお口を開いた。


 広場の大木の向こうに、炎の柱が見えた。

 天まで届くは大げさだが、大木を越える勢いの火柱だ。


 火柱の方角には、話に出てきたルシアという名のネコーのお家があるはずだった。ちょうど、火柱の真下辺りだ。

 ルシアは、魔法道具の発明家だった。集落の外れに居を構え、食べる間も寝る間も惜しんで発明に勤しんでいる。ルシアのお家は、長老のお家の次に大きなお家なのだが、スペースの大半は、発明の材料や、出来上がった品の倉庫として使われていた。そこは、最早自宅ではなく、ベッド付きの工房兼倉庫なのだ。

 ルシアの口癖は「発明に爆発は付き物だ」で、その言葉通り、ルシアの工房からは、しょっちゅう爆発音が響いていた。

 だから、爆発音そのものは、そう珍しいことではないのだ。

ないのだが…………。


 今日の爆発は、いつもとは一味違った。

 いや、一味では済まないかもしれなかった。


 今までの爆発は、工房内を片付ければ済む程度の爆発だった。けれど、アレは明らかにマズイ。工房そのものが吹っ飛んでいそうな大爆発を起こしたのでは、と思われた。そうとしか思えない規模の火柱だ。

 おまけに、その火柱を取り巻くように立ち上る煙がまた、よくなかった。煙は、黒煙でも白煙でもなく、怪しげなピンク色をしていた。ちょっと吸い込んだだけでも、何か大変なことが起こりそうなショッキングなピンクが、もくもくと晴れ上がった青空を汚しているのだ。時折、黄色い筋が混じるのが、より一層不安を掻き立てる。

誰がどう見ても、明らかに尋常ではない事態だ。


「に、逃げろー!」


 誰のものか分からない叫び声が響いた。

 お外では、何にんものネコーが、にゃんごろーたち同様、お口をあんぐりと開けて炎の柱を見上げていた。その内のひとりが叫び声を上げて、森へ向かって走り出したのだ。それを合図に、他のネコーたちも「にゃーにゃーわーわー」と騒ぎながら、炎の柱とは違う方向へ、てんでバラバラに走り出す。

 これまでにない規模の爆発と、その結果である炎の柱&怪しい煙に、みんな動揺していたのだろう。そこを叫び声に誘発されて、パニックを起こしたネコーたちの逃亡劇が始まってしまったのだ。


「あ! こりゃ! 待たんかい! 若いもんだけでも、長老と一緒に消火を手伝わんかい! 森まで燃え広がったら、どうするんじゃ! あー、逃げるにしても、せめて、にゃんごろーを連れて行かんかーい!」


 我に返った長老が、逃げ惑うネコーたちを慌てて呼び止めようとしたが、耳を貸すネコーはいなかった。というよりも、パニックのあまり、誰の耳にも届いていないようだった。

 目に見える範囲にいたネコーたちは、みんな、あっという間にいなくなってしまった。


「こ、これだから、ネコーというヤツは! ネコーというヤツはぁ!」


 長老は悔しそうに地団太を踏んだ。

 にゃんごろーは、オロオロと長老のお胸のもふぁ毛を両方のお手々でかき混ぜる。


 長老もネコーなのでは?――――とツッコむ者は誰もいなかった。


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