「にゃん、にゃん、にゃーん♪ にゃーんごろー、にゃーん♪」
ほってほってとステップを踏み、鼻歌を歌いながら、にゃんごろーは、寝床である我が家を目指した。天気のいい日は、お外でお昼寝をするのも気持ちが良さそうなのだが、にゃんごろーは、お昼寝はお家でする派なのだ。
まだ小さい子ネコーがお外にひとりでいると、大きな鳥に攫われてエサにされてしまうことがあるのだ。にゃんごろーはもう、そこまで小さくはないのだけれど、お昼寝をするときは、やっぱり家の中の方が安心できる。
そうして歩いていると、真ん中に大きな木が立っている広場が見えてきた。みんなの憩いの場である広場は、森で大物が捕れた時に、みんなで集まって宴を開く、宴会の場でもあった。
その広場の先に、黄色い三角お屋根のお家が見える。ネコーの森で一番大きなお家、ネコーの長老のお家だ。
にゃんごろーはこの家で、長老とふたりで暮らしていた。少し前までは、もうひとり、にゃしろーという子ネコーも一緒に暮らしていた。にゃんごろーの兄弟ネコーだ。けれど、にゃしろーは難しい病気に罹ってしまい、今は長老の知り合いの魔女のところで療養中なのだ。
そもそも、にゃんごろーには、四にんの兄弟がいた。にゃんごろーも入れると、五にん兄弟だ。でも、にゃしろーを除く残りの三にんは、獣に食べられたり事故にあったりして、お空へ旅立ってしまったのだ。
森には、にゃんごろー兄弟以外に、子ネコーはいなかった。
だから、今。
森で暮らしている子ネコーは、にゃんごろー、ひとりだけだった。
「たらーいみゃー!」
「おーう、おかえり。にゃんごろー」
お家に帰りついたにゃんごろーが元気よく玄関のドアを開けると、毛足の長い真っ白ネコーが、ニコニコと出迎えてくれた。長老だ。
玄関の先は、台所兼居間になっていた。居間のソファーで、一休みしていた長老は「おかえり」を言いながらソファーから立ち上がり、にゃんごろーに向かって両手を広げる。
にゃんごろーは、トテテーっと駆け寄り、ふかふかのお腹にお顔を埋め、両方のお手々で長老の胸毛をわしゃわしゃとかき混ぜた。
「どうじゃ? 野菜を美味しくする魔法は、少しは上手くなったのか?」
「うん! ハミルしゃんにー、ほめられちゃー!」
長老は、にゃんごろーの肩に手を置いて優しく尋ねる。にゃんごろーは、もふぁ毛に埋めていたお顔を上げて、嬉しそうに報告した。
「そうか、そうか。ふーむ。その内、この家の裏に、子ネコー菜園を作っても、いいかもしれんの。長老は、ジャガイモとトウモロコシを希望するのじゃ!」
「ほんちょー!? こネコーしゃいえん! にゃんちぇ、ちゅちぇきにゃ! や、やりちゃーい! トマトとキュウリも、しょらちぇるー! にゃんごろーの、こネコーしゃいえん!」
「うむうむ。何でも好きに育ててみるがええ。ジャガイモとトウモロコシも忘れずにな。長老は、トウモロコシのスープが好きなんじゃー」
「チョーモロロシのシュープ! にゃんごろーも、のんれみちゃい! ジャライミョは、ソランがしゅきなんらよね! うふふ、ちょーろー、やしゃしい! んー、れも、ちょーろー、シュープにゃんちぇ、ちゅくれりゅの?」
「ぐぬ! 焼いたり茹でたりするだけでも美味いから、いいんじゃ! なんとかなる! ならなかったら、誰かに何とかしてもらえばいいのじゃ! それに、あれじゃ! ソランの奴は、まあまあ料理が出来るからの! ソランが来た時に、作ってもらえばいいんじゃ!」
「にゃはははは! しょのほーら、いいね! せっきゃく、そらてちゃおやしゃいを、むらにしゅるのは、よくにゃいもんね!」
子ネコーの魔法の上達を知り、長老は夢を語り出した。子ネコーもキラキラの笑顔で話に乗ってきつつ、料理下手という現実を長老に突きつける。弱点を指摘された長老は、お顔を顰めて唸り声を上げたが、すぐさま反撃に出た。最終的な打開策は、他ネコー任せなものだったが、にゃんごろーは「その方がいい」とばかりに笑った。
ちなみに、話に出てきたソランというのは、長老の孫ネコーのことだ。旅の行商ネコーをしているソランは、たまーに珍しい食べ物や奇妙な像をお土産に長老の家を訪ねてくるのだ。居間には棚がいくつもあり、そこには大小さまざまな奇妙で不思議な像がズラリと並んでいた。
「にゃははは…………ふ、ふわぁ」
「何はともあれ、お昼寝じゃな。ほれ、行くぞ、にゃんごろーよ」
「はぁーい、ちょーろー…………」
笑っていた子ネコーが、大あくびをした。子ネコーは、お昼寝の時間なのである。
長老に促され、もふもふのお手々でお目目を擦りながら、にゃんごろーは居間の奥にある寝室へと向かった。
居間の奥には、お部屋が三つあった。寝室は、その真ん中のお部屋だ。残りの二つは、向かって右が長老の書斎で、左の端は客間として使用していた。
「ふにゃぁー」と今度は小さなあくびをもらしながら、にゃんごろーが寝室の引き戸を開けようとした。
そのときである。
家の外から、爆発音が聞こえてきた。
にゃんごろーと長老は、「ひゃっ!」と悲鳴を上げて飛び上がる。
そして、着地すると同時にお顔を見合わせた。
ふたりとも、爆発音の原因に心当たりがあったのだ。
「む!? まーた、ルシアが発明に失敗して、何か爆発させたのか!?」
「にゃんか、いちゅもより、おおきにゃおと、りゃったよ!?」
ふたりは、血相を変えて家の外へと飛び出した。
爆発音の原因には心当たりがあったし、何ならネコーの住処で爆発音が聞こえてくるのは割と日常茶飯事ではある。けれど、さっきの轟音は、何時もの爆発音とは比べ物にならない轟音だった。どう考えても、ただ事ではない。
ふたりは家を飛び出すなり、心当たりの方角へお顔を向け、パカンとお目目を見開き、カコンとお口を開いた。
広場の大木の向こうに、炎の柱が見えた。
天まで届くは大げさだが、大木を越える勢いの火柱だ。
火柱の方角には、話に出てきたルシアという名のネコーのお家があるはずだった。ちょうど、火柱の真下辺りだ。
ルシアは、魔法道具の発明家だった。集落の外れに居を構え、食べる間も寝る間も惜しんで発明に勤しんでいる。ルシアのお家は、長老のお家の次に大きなお家なのだが、スペースの大半は、発明の材料や、出来上がった品の倉庫として使われていた。そこは、最早自宅ではなく、ベッド付きの工房兼倉庫なのだ。
ルシアの口癖は「発明に爆発は付き物だ」で、その言葉通り、ルシアの工房からは、しょっちゅう爆発音が響いていた。
だから、爆発音そのものは、そう珍しいことではないのだ。
ないのだが…………。
今日の爆発は、いつもとは一味違った。
いや、一味では済まないかもしれなかった。
今までの爆発は、工房内を片付ければ済む程度の爆発だった。けれど、アレは明らかにマズイ。工房そのものが吹っ飛んでいそうな大爆発を起こしたのでは、と思われた。そうとしか思えない規模の火柱だ。
おまけに、その火柱を取り巻くように立ち上る煙がまた、よくなかった。煙は、黒煙でも白煙でもなく、怪しげなピンク色をしていた。ちょっと吸い込んだだけでも、何か大変なことが起こりそうなショッキングなピンクが、もくもくと晴れ上がった青空を汚しているのだ。時折、黄色い筋が混じるのが、より一層不安を掻き立てる。
誰がどう見ても、明らかに尋常ではない事態だ。
「に、逃げろー!」
誰のものか分からない叫び声が響いた。
お外では、何にんものネコーが、にゃんごろーたち同様、お口をあんぐりと開けて炎の柱を見上げていた。その内のひとりが叫び声を上げて、森へ向かって走り出したのだ。それを合図に、他のネコーたちも「にゃーにゃーわーわー」と騒ぎながら、炎の柱とは違う方向へ、てんでバラバラに走り出す。
これまでにない規模の爆発と、その結果である炎の柱&怪しい煙に、みんな動揺していたのだろう。そこを叫び声に誘発されて、パニックを起こしたネコーたちの逃亡劇が始まってしまったのだ。
「あ! こりゃ! 待たんかい! 若いもんだけでも、長老と一緒に消火を手伝わんかい! 森まで燃え広がったら、どうするんじゃ! あー、逃げるにしても、せめて、にゃんごろーを連れて行かんかーい!」
我に返った長老が、逃げ惑うネコーたちを慌てて呼び止めようとしたが、耳を貸すネコーはいなかった。というよりも、パニックのあまり、誰の耳にも届いていないようだった。
目に見える範囲にいたネコーたちは、みんな、あっという間にいなくなってしまった。
「こ、これだから、ネコーというヤツは! ネコーというヤツはぁ!」
長老は悔しそうに地団太を踏んだ。
にゃんごろーは、オロオロと長老のお胸のもふぁ毛を両方のお手々でかき混ぜる。
長老もネコーなのでは?――――とツッコむ者は誰もいなかった。