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正男、死す 6

 美恵子の心配をよそに、ちょっと遠くで女性の悲鳴が聞こえた。同時に車のタイヤもきしむ音も聞こえた。正確には分からないが美恵子の感じでは近くのように思えた。

「怖い、早く帰ろう」

 里香が言った。美恵子も早く会計を済ませ、退店しようとした時だった。

 暴走車が大きなエンジン音とタイヤ音を響かせながら蛇行しつつ、店のほうに向かって走ってきた。その方向の場合、正男が最も近い位置になる。ブレーキを踏んでいる様子は無い。

 その様子に近くの人は悲鳴を上げている。美恵子と里香の顔も引き攣っている。立ち上がった美恵子は思わず里香を守るような状態で抱きかかえている。

 正男の頭の中では車のスピード、方向、美恵子と里香の様子、周りの悲鳴などを瞬時に分析した。これまでの経験と、いざという時に自分の身を守るためのプログラムが一気に作動した。海水浴の後に組み込まれたシステムだが、人間対車となれば、人対人の比ではない危険性がある。ここは制御モードを自ら切り、最大のパワーを発揮し、車の暴走を止める、という判断になった。瞬時のことであり、タイミングで効果も異なる。

 周囲の状況のデータを取り込み、人がいない方向を確認した。

 だが、正男が立っている場所からその方向に車に動かそうとすると、かなりの負荷が正男の身体にかかる。正男自身を守るためのプログラムもあるので、必要以上の負荷がかかりそうな場合、その動きを止める保護システムがある。今回の場合、そのプログラムが作動するような条件だった。

 しかし、正男は自分の保護システムに逆らう動きをした。

 車が突っ込んできた瞬間、正男は全力で受け止め、美恵子たちが怪我をしないようにし、惰性でみんなのほうに行かないよう、身体を大きく捻って先ほど確認した周りに人がいない方向に暴走車を動かした。

 その様子に周囲で大きな悲鳴が上がる。テラスにいた人が暴走車の犠牲になったと誰しもが思ったのだ。

 車は停止したが、喫茶店のテラス席は壊れていた。だが、店の中にまでは突っ込んではいなかった。この時点でまだ周囲の人たちは状況が正確に呑み込めていない。


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