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正男、死す 1

 年末が近くなると、何故かせわしなくなる。1年が終わり、新しい年を迎えるという意識が人をそういう気持ちにさせるのだろう。

 そしてこのことは辺見家にとって別の重大な意味を持つ。来年になれば、春を待たずに正男との別れがあるからだ。一郎や美恵子には分かっていることだが、里香がどこまでそれを理解し、いざという時に自分の感情を飲み込めるかを懸念しているのだ。

 そういうことを考えると、正男のことを引き受けないほうが良かったかもしれない、という思いが過る経験を何度もしている。しかし、それ以上に楽しい時間を過ごさせてもらったという感謝もあり、それが勝っているからこそ正男がいなくなってからも我慢できる、と自分に言い聞かせている。大人の考えとして・・・。

 里香と正男の生活には何の変化もない。時々今年のことを振り返り、思い出話に花が咲くこともある。嫌なこともあったけれど、2人にとっては良い思い出に変化しているような印象を会話から感じている。できればこの時間が永遠に続いて欲しいと願っている。時々訪れる田代に正男をもう少し預かれないかということを相談しようと思うが、なかなか口に出せないでいる。それは一郎、美恵子も同じだった。無邪気に話したり遊んでいる2人を見ていると心が痛む2人だった。

「明日から12月だね。それを師走って言うんだよ」

 里香が言った。

「師走ッテ何? 特別ナコト?」

「里香もよく分からないけど、新しい年を迎える前で、みんなが忙しい月なんだって。お父さん、お母さんもいつもより忙しそうにしている。里香はいつもと変わらないんだけど・・・。でもクリスマスって楽しいこともあるんだよ」

「ソウナンダ。忙シカッタリ楽シカッタリ、ミンナ大変ダネ」

「正男君は忙しい?」

「僕ハイツモト同ジ。里香チャント遊ブ。楽シイ時間ヲ過ゴス」

「嬉しい。たくさん遊ぼうね」

 2人のそばには、いつものようにサブとモモがいた。

 里香はサブの尻尾にモモのおもちゃを着けた。本来なら嫌がるかもしれないが、同じようなことはこれまで何度かやっている。一見、サブをいじめているようにも見えるが、今ではこのことをモモとの遊びと認識しているようで、適当に動かしてモモもそれに合わせてじゃれている。サブがお兄ちゃんで妹のモモを遊ばせているように見える。見方を変えれば正男と里香のような感じにも感じる。

 時折、モモがサブに向かって飛び掛かることがあるが、身体が大きいサブはそれを優しく受け止め、ちょっとしたプロレスごっこをやっているようにも見える。お互い疲れてくるとペロペロと舐め、毛づくろいをやっている。

 そして里香と正男が2匹を撫でる、といったことをやったり、モモがキャットタワーに上り、上から手でサブの顔の前で動かし、それを口で捕まえようとしてモモがそれを躱す、そして上から飛び掛かる、ということもやっている。

 そういう様子を見ているだけでも飽きないし、時間もすぐに経ってしまう。それを微笑ましく見ている美恵子だが、家事もある。

 そういう時は里香や正男にも手伝ってもらうことがあり、掃除の時、家具を少し動かすような時は正男の手伝いは助かる。日常生活にも慣れた正男は、ロボットという感じは全く無く、普通の青年にように家のことをやっている。むしろ、一般の男性以上の働きぶりだ。半年以上辺見家にお世話になり、すっかり人としての生活になっている。最初の頃は何も分からず、お客様にもなっていないこともあったが、現在の様子は別人だ。その様子は研究所のモニターでも確認されており、研究の成果が見えていることにスタッフも喜んでいると、時々やってくる田代から一郎も美恵子も聞いていた。

 11月最後の日、いつもの感じで1日が過ぎていった。


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