「あいつ、普通の人間のような感じじゃなかったよな」
後藤が言った。それに対して他の2人も同意見だった。
「変な感じで重かった。何かの塊のような感じだった。それを後藤、殴ったよな。感触はどうだったんだ?」
「取り調べのデカにも話したけど、鉄の塊を殴った感じだったんだ。見ろよ、俺の拳。たった1発なのにこんなに腫れている。よっぽど面の皮が厚いのかな」
「皮が厚いだけでこんなに拳が腫れるかよ」
「それもそうだな。だけど俺がこれまで殴った奴とは確かに違った」
留置場内ではこのような会話が交わされていた。
一方、木村達、今回の件を担当している刑事が署長室に呼ばれていた。そこには副署長もいた。傷害事件で署長室に呼ばれ、しかもそこに所轄署の2トップが同席するようなことはまずない。木村達は一様に違和感を感じた。
「みんな、今回の件は被害者からの届けが出ないことになった。だから、しっかり説教した上で釈放する」
「でも署長、ガイシャは海の中に放り込まれ、動かなかったんですよ。主犯格の後藤にはマエがあるし、ここで釈放になったら調子に乗りますよ。送検までやりましょう」
「だが、被害者が届けを出さないというんだ。事実として暴力行為があり、目撃者も多数いたので逮捕はできたが、それ以上は無理だ」
「それじゃ、ガイシャは泣き寝入りですか? 俺には納得できません」
「だがこれは手続きの問題だ。あの3人、しっかり絞り、反省させろ」
「そうは言っても・・・」
悔しそうな顔をしつつも、上からの命令、また、被害者が届けを出さないとなると、そこから先はどうしようもない。苦虫を嚙みつぶしたような顔でしぶしぶ納得した。
署長、副署長は部屋に残ったが、顔を見合わせている。
「上から指示とは言っても、本音では木村達を応援したいよ。警察としての意地もあるからね。悪いことをした連中を送検せずに釈放するという決断は私も理解に苦しむ。だが、俺たちも組織の人間だ。上にしか分からない何かの事情でもあるんだろう。こういうことがあると、いろいろ考えてしまうよ」
署長の言葉に副署長も頷き、同意している。
次の日、後藤たちは取調室にいた。
「どうだ、少しは反省したか?」
「したした、みんなで反省してました」
言葉や言い方からは悪いことをしたという後悔の念は感じられないが、上からの命令だ。これ以上事件に関しての尋問をしても意味がない。木村の心にはふがいなさが一杯、という感じだった。
「今回の件、被害者から届けが出ないことになった。だからお前たち釈放になるが、今度同じことをやったら臭い飯を食ってもらうことになるぞ。情報は全国に共有されるので、お前たちのことは警察全部が知っている。今回はたまたまこれで釈放になるが、警察はそんなに甘くないぞ」
「はいはい、分かりました。心を入れ替えてまじめにやりまーす」
最後までふざけた感じだったが、警察でできることはここまでだ。木村はハラの中では怒りが満ちていた。
「木村さん、本当にこれで良いんですかね。あいつら、また何かやりますよ。心配です」
「その時はしっかり締めてやる。俺はああいう連中は許せないんだ」
木村の表情は強張っていた。