現実には残り半年ほどになるが、その間、関係するすべての人が幸せな時間だったと思ってもらえるよう、できる限りのサポートをしたいと改めて思っていた。
正男の身体だが、躯体の損傷は軽微だったので、その修復は比較的容易だった。
今度はシステム面のチェックになるが、今回の出来事の場合、想定外だった。正男が学習したことに自身が直接攻撃されるような内容は無かった。人間であれば噂話による中傷によって心理的なダメージがあったかもしれないが、幸か不幸かそこまで複雑なプログラムではなかった。もっともそういった経験をベースにプログラムの改変もできるが、現時点では素直な状態で成長する様子を期待しているので、正男に関してはその予定は無い。
ぺスの件は直接攻撃されたわけでないし、正男の優しさが相手に伝わり、良い形になったが、そういう現実を考えた時、犬のほうが人間よりも精神的に高みにいたのではないかと思えるくらいだった。
正男の身体にスイッチが入れられた。そのことでベッドから上体を起こし、周囲を見渡した。
「おはよう。みんなの顔、分かる?」
「ココハドコ? 僕ハ途中デ動ケナクナッタ。ソコカラ先ハ分カラナイ」
「そうだね。分からないよね。ここはいつもの研究所だよ。身体のチェックをしていたんだ。そのことは何も問題は無いよ。今度は別の部屋に来て」
田代はそう言って別室に連れて行った。
正男は椅子に座り、身体のあちこちに電極が付けられた。これからいろいろな言葉に対してどう反応するかとか、映像による暴力シーンを見せて、以前の反応との違いを確認することになっていた。田代は良い意味で今回の出来事が正男の中で消化されていれば良いと思っていたが、それは希望だ。だからこそ、チェックの結果がとても気になっていた。
今回の件で正男の中で攻撃的な意識が芽生えているようであれば、今後のシステム開発の大きな課題となる。この研究所では将来、人間とロボットの共生を目指しており、人間以上の力を出すことができる存在が暴走することを危惧していたのだ。
だからこそ、ハードな部分だけでなく、ソフトの分野の開発にも注力し、今回のような突発的な出来事はむしろ良い事例になったと考えている研究者もいた。
「正男のメンタルプログラムは良い形で機能している。攻撃されても乱れていない。これでメンタルに異常を生じ、今後、何らかの被攻撃事象があった時、防衛的な意識で反撃することは無いだろう、ということが実証できた」
田代にはその言葉が正男をあくまでも人工物のロボットとしてしか見ていない言葉に感じたが、研究所として当然かもしれない。複雑な気持ちで聞いていたが、安堵した一面もある。もし、何らかの問題が発覚すれば辺見家に戻れないかもしれないし、帰宅が遅れるかもしれない。特に心配になったのは里香のことだが、今回の件で関係したところもあったので、心の傷が懸念されたのだ。
一連の確認作業から、次の日、辺見家に戻れることになった。その際、当然田代も同行するということで、一郎に電話を入れた。そこでは一郎の安堵の言葉を聞くことができた。