研究所に運ばれた正男は、検査用のベッドに横たわっている。
技術スタッフがその周りに立って、正男の状態をチェックしている。
人工皮膚の状態をチェックすると、殴打された時に少し動いたようで、わずかに傷が確認された。そのことで海水が躯体内部に浸透していないかチェックしたが、幸いなことに問題なかった。しかし、躯体の金属部分が将来的な腐食に繋がらないよう、防止剤を塗布し、きれいな人工皮膚で覆った。もちろん、そのつなぎ目が分からないように処理されたが、同席した田代は少し複雑な気持ちでその様子を見ていた。
というのは、辺見家に預けて以降、正男は人間としての生活を送っており、田代もそういうイメージでいたところに、今回の殴打、並びに海中に投げ飛ばされたことにより、図らずも正男の皮膚の下を見ることになり、ロボットである現実を目の当たりにしたからだ。この様子を辺見家、特に里香が見たらどう思うだろう、という思いで胸が一杯になった。
チェックの最中はスイッチを切ってあるので正男が反応することは無いが、もしその時いつも通り話したりできたなら、自分の状態をどう認識しているだろうかとも考えた。人間でいうなら今、治療中ということになるだろうが、内容次第では意識がある中で行なわれることがある。正男が人間で、意識があるなら、どういう質問をし、また心配をするのだろうか、ということを考えていた。研究所では田代が正男のお母さんのような立場になる。いつの間にかそういう立場になり、田代の気持ちの変化もあったわけだが、少なくとも現在は、ロボット工学に関係する技術者というより正男を子供のような感覚で見ている自分を実感している。
これも正男がもたらした結果の一つだが、そこでもう一つ、考えることが出てきた。
初めからプロジェクトの一環として人間社会に溶け込む可能性を確認するため一般家庭に預けたこと、やがて来る別れの際、それが辺見家の人たちにとってとても残酷なことになりはしないかという心配だ。
田代の場合、人間でいう怪我の治療的なところで人間としての感情が正男に対してさらに湧いてきたわけだが、生活を共にしている辺見家の場合、特に小さな里香が別れをきちんと受け止めることができるかという懸念が出てきたのだ。
ただ、里香の場合、愛犬だったということではないが、ぺス母子の別れを体験した。感情の入り方には違いがあるとしても、そういう経験から正男との別れもうまく整理してもらえればと願うことしかできなかった。