海中の中に投げ込まれた正男は動けない状態なので、起き上がることはできない。投げ込まれたのは浅瀬だったので、大人であれば溺れるような場所ではなかったが、立ち上がらなければ事情を知らない人は心配する。辺見夫妻や田代はこの状況を理解しているので、すぐに海に入り正男を引き上げた。
表向き、正男は人間となっているため、田代は待機している研究所の車に連絡し、救急車を呼んだことにした。そして、胸部を圧迫し、心臓マッサージをしている格好をした。しかし、それで正男が蘇生することは無い、ということは関係者は知っている。
しばらくすると研究所の車が到着した。車に搭載されたモニターの端末で様子は確認していたので救急隊のような恰好をし、担架を持ってきた。手早く正男をそれに乗せ、車に運んで、その場を離れた。もちろん、行き先は研究所だ。
しばらくすると警察がやってきた。田代はその前に所長に連絡し、今回の件が表に出ないように警察庁を通じて手を回してもらった。
正男が人間であれば暴行罪、あるいは傷害罪が問えるのが、もし罪に問うとしても器物損壊罪くらいだ。それよりも正男の存在が一般に知られることを懸念し、できるだけことを大きくしないようにして収めることにした。
この間、里香は泣いている。
「正男君を助けられなかった。可哀そう。死なないかな? 大丈夫かな?」
そんなことばかりを繰り返し呟いていた。里香の心の傷が心配なので、辺見夫妻はこのまま自宅に戻ることにした。帰りの車の中で、みんなの口数は少なかった。楽しいはずの海水浴が一変、重くみんなの心にのしかかっていたのだ。
「海水浴、来なかった方が良かったのかな?」
一郎がぽつりと言った。
「そんなことはありませんよ。正男君は元気になってまた戻ります。里香ちゃんのほうが心配です」
田代が言った。
「お気遣い、ありがとうございます。正男君の元気な姿を見れば元気になると思いますが、どれくらいで戻れますか?」
美恵子が言った。
「検査してみなければ分かりませんが、動きが止まったのは安全装置が作動したからだと思います。海水の影響は細かく調べてみないと・・・。でも、短時間だったし、中枢システムまで海水が浸透していなければすぐに戻れると思います。ウチの技術陣、信用してください」
その言葉を聞き、自分の心の中でしっかりそれを理解しようという表情を田代は見落としていなかった。