「おい、あそこにいる奴、何で普通の格好なの? ちょっとからかってやろうぜ」
「いいね、やろう」
などと言いながら正男のほうに近づいた。その時、辺見夫妻と田代は横目で正男たちを見ながら談笑していた。距離があるので話し声は聞こえない。
「泳げないのか?」
チンピラの一人が正男に聞いている。
「チビちゃん、浮き輪を持って泳ぎたいような感じだが、お前、一緒に遊んでやらないのか?」
正男としてはこれまで経験していない雰囲気で話しかけてくる相手にどう接して良いのか分からないまま口をつぐんでいる。
その様子を面白くないと感じたのか、チンピラの一人が正男の肩を押した。
だが、全く動かない正男にメンツが潰されたと感じたのが、顔に怒りに似た表情が見られた。その様子は他の2人にも伝わり、正男の前に3人が立った。雰囲気から何かありそうな感じになったが、この時点までは具体的なトラブルの様子は見られない。
だが、3人の前に里香が立ち、両手を広げて言った。
「正男君をいじめるな」
「いじめるな、か。面白いチビだな」
男たちの1人が言った。それを見た別の男が正男に対して言った。
「お前、こんなチビに守られているのか。だらしねえな。それでも男か」
挑発するような言動だ。だが、正男はこれまでこういった会話の経験はない。つまり、こういう時の会話を学習していないから、返す言葉が無いのだ。
「何ヲ言ッテイルノ? 僕ニハ分カラナイ」
聞きようによっては外国人のようなしゃべり方で、しかも言っていることが分からないといった返しの場合、もともといちゃもんを付けてくるようなタイプには火に油だ。当然、その中の一人が戦闘モードになり、胸座を掴んできた。夏用の軽装であれば生地の関係でできなかったかもしれないが、掴めるくらいの状態だったので、定番の絡み方になった。
場の雰囲気が一変し、正男と里香の周囲は騒がしくなった。
辺見夫妻や田代がその場に駆け付けようとしたが、到着する前に胸座を掴んだ男が正男の頬を殴った。
だが、正男の皮膚の下は金属だ。人間が殴ってどうなるようなものではなく、むしろ拳を痛める結果になる。
そして現実にそのような状態になるのだが、ますますメンツをつぶされた格好の3人組は正男に詰め寄った。
その時、里香のことは眼中になかったようで、正男を中心とした4人の輪からは外れていた。辺見夫妻は里香を抱きかかえその場から離れたが、正男は取り囲まれたままだった。
ただ、正男の動きは止まっていた。
さっき殴られた時の衝撃で、自動停止装置が作動したのだ。これはロボットが人間に危害を加える可能性を抑えるための安全装置なのだが、何らかの瞬間的なショックのようなものを与えることで働くようになっている。
もちろん、チンピラたちはそのことを知らないが、このままだとやられたままという感じになるので、何らかの報復を試みることにした。
正男が動かないことを利用し、3人の内の1人が足を絡め、砂浜に転倒させたのだ。それでも何の反応もしない正男。
それを良いことに3人で正男を持ち上げ、あろうことかその状態のまま、海中に正男を投げ込んだのだ。
周りから悲鳴が上がる。
これは完全に暴力事件なので、周りにいる人は警察に電話をしている人もいる。
投げ込んだ後、我に返った3人組は事の大きさに気付き、その場から逃走しようとしたが、騒ぎに気付いた監視員に取り押さえられた。