最初に正男と言葉を交わしたのは里香だった。両親が口を開いたのはその後だった。イメージしていたロボット感がまるでなく、見た目は大人の男性だったので、咄嗟に言葉が出なかったのだ。言葉が少々たどたどしいところが耳に残ったが、しゃべる時の口元やそれに関連する表情の動き具合は人間そっくりだった。辺見夫妻は互いに顔を見合わせていた。
「ここでは何だから、奥へどうぞ」
正男より1歩遅れて田代も家の中に入ってきたが、それに合わせて一郎が言った。その言葉で2人は家に上がった。
その時正男は一旦後ろを向き、膝を着き、靴の向きを変えた。まるで人間の所作だ。
「驚いた。良い躾がされているのね。里香、正男君を見習いなさい」
「正男君、すごい。私、これから正男君から教わる」
「里香ちゃん、勉強させてもらうのは正男君よ。いろいろなことを教えてあげてね」
「うん。でも、里香も教わる」
5人はリビングに行き、辺見夫妻と田代と正男は対面のソファに座っている。里香はサブとモモと一緒に床に座っている。
初めての来客にサブとモモは少々緊張気味だが、田代は今回のことを想定し、サブやモモと触れ合った衣類の一部を正男の着衣の一部に用いていたのだ。その匂いが2匹に違和感を持たれなかった理由になるが、人懐っこいペットでもそれは人間の場合で、さすがにロボットの場合は違うだろうというところでの工夫だった。
「サブもモモも正男君を拒否しない。何か感じるのかな?」
一郎の言葉に田代はクスッと笑った。
「実は・・・」
と言って、田代は匂いの活用した種明かしをした。
「そうですか。動物は我々よりも匂いに敏感ですからね」
話をしている時、正男は近づいてきたサブやモモのほうを見ていた。
「ワンちゃんの名前はサブ、ニャンちゃんの名前はモモ」
里香が2匹の名前を説明した。
「サブ、モモ。覚エマシタ。ヨロシクネ」
正男はそう言って2匹の頭を撫でた。
田代はその様子を見て力加減は大丈夫なのかと思っていたが、2匹とも嫌がる様子はない。それどころか、人間が撫でているように頭を正男の手に押し付けているような動作をしている。田代の心配は杞憂だった。
「良かった。サブちゃんとモモちゃんにも受け入れてもらった」
ポロッと田代の口から洩れた言葉だった。
「田代さん、正直言って正男君がやってくるまで全く心配がなかったわけではありませんでした。ロボットということで人間のような微妙な力使い方ができるか、当たり前の配慮ができるかなどですが、配慮はここにいる時に学習できます。でも、力加減については私たちにはどうしようもありません。里香もいますので、怪我したら、といったことも心配していました。先日はきれいごとばかりでしたが、親としての心配は持っていたのです。すみません、本当のことが言えなくて・・・」
一郎は深々と頭を下げた。