その様子を見ていた岡田は会議の落としどころを見出したようで、その上で言った。
「これまでの話からみんなの考えはまとまったと思うが、そうなった場合、具体的にどういう感じでお願いするかという現実的なことを決めなければならない。現在の正男のスペックについての説明をお願いします」
「ラボでのチェックやそれに対する改善はほぼできています。外見については人間と遜色ありません。動作についてはまだぎこちないところがありますので、預けた上で定期的に調整をする必要があると思われます。そのことで自然な動きをAIでも認識し、それに対応するメカの部分を工夫する、ということになると思います」
メカ担当の河野から話があった。それを受けて田代が質問した。
「動くためのエネルギーはどうなりますか? 環境が研究所と異なり一般家庭で人間と同じように動かなくてはならないわけですので、この点がクリアできなければ普通の活動はできないと思うのですが・・・」
実際に預ける家庭の様子を肌で感じている分、なるべくストレスを軽減し、少しでも人間らしく振舞ってもらいたいと思っているのだ。
「その点については当然考えました。基本的には内臓バッテリーを動力源にするわけですが、どうしても充電が必要になる。ということで充電器を別枠で持参し、人間でいうところの就寝の時間に家庭用電源から補充するというパターンと、電波を活用して補充する場合です。バッテリーの容量自体、ずっと動いても10日は持つ設計ですし、充電時間もいずれの場合も短時間で可能になっています。研究所のほうでも常時モニターしていますので、バッテリーのチェックも問題ありません」
「では、正男をお預けするお宅にはストレスがない状態、というわけですね」
「そうです」
「メカの点では分かりましたが、ソフトの点ではどうですか?」
岡田が言った。この点については担当の辻が答えた。
「設定としては5歳程度の知能を持ち、人間と生活する中で学ぶというコンセプトですね。人間の記憶にはいろいろな体験が蓄積され、それを通してそこから原則的なことを整理し、新たな出来事に対しても対応できるようにする、ということが必要かと思います。人間の場合、そこに喜怒哀楽の感情が絡んでくることになりますが、こういうところこそAIとしての体験が活かされ、より人間らしいところが見えてくるものと思われます。ただ、この点、まだまだ難しい課題があり、今度のプロジェクトの場合、その改善も目的の一つと理解しています。研究室のほうでモニターしていますが、その分、お預けした家族の一挙手一投足、あるいは感情のやり取りまで私たちは把握することになります。その上で私たちで適正な処理をすることもあるでしょうし、基本的な処理のためのプログラムをインストールすることもあります。今回のモニターのお宅では、そういったプライバシーが外部の第三者に分かってしまう、ということについては理解されているのですか?」
辻が田代に尋ねた。
「モニター募集の段階で要項に記してあります。ただ、現実のこととなると、もう一度きちんと説明し、了解を得なければならないと思います。この点、私には答えられません」
田代としては辺見家のことも気になる。個人的な信頼関係はできたと感じているが、プロジェクトに関する問題点の認識は別問題だ。1年間、研究所以外には漏洩することがないように厳重に管理されるという話をしても、ハッカーなどからの攻撃により破られるかもしれない。現在の話の流れであれば、辺見家に決まりそうな雰囲気であるが、田代としては少し憂鬱な気持ちになってきた。
だが、この点をクリアしなければ先には進めない。この会議の場だけで決定することはできないのだ。
そこで岡田が、改めて田代に辺見家に説明に行ってもらい、確認を要請した。田代としては良い家族だっただけに、迷惑をかけたくない気持ちで一杯だった。
「はい、では今の話を前提にもう一度、辺見家を訪れて確認します。お時間をください」
この日の会議はここまでになった。