そのようなことを経験しつつ、最後の辺見家に向かった。
『これまで伺ったお宅、いずれも今一つだった。今度で最後になるけれど、もし駄目だったらまた募集か。初めてのことだから、思ったよりも大変だ。でも、まだ分からないので、しっかりやろう』
田代はこれで候補宅の最後という土俵際的な感覚を感じながら、辺見家の玄関のチャイムを鳴らした。
「はーい、少々お待ちください」
ドアの奥から男性の声がした。到着少し前に電話を入れていたので、田代が訪れることは分かっていたはずだ。声がすると同時にドアが開かれたが、ここでは家族全員が出迎えてくれた。何と、ペットの犬と猫も一緒だ。田代はこれまでと異なる光景に一瞬驚いた。
「初めまして、田代です」
「お待ちしておりました、辺見です」
「こんにちは、里香です」
子供も笑顔で出迎えてくれた。犬はしっぽを振っている。母親は終始笑顔で、田代を家の中に誘った。
「皆さんでお出迎えしていただき、恐縮です」
田代はこれまでにない様子に驚きつつも、その雰囲気の温かさに実家を思い出していた。
「お願いしていた件ですが・・・」
「はい、家族で話し合っていて、そちら様でよろしければ私たちは何時からでも構わない、ということを確認しております。家族が一人増える、というつもりで、里香などはお兄ちゃんができると喜んでいます。ウチがお役に立てるかどうか、この1週間で見極めてください」
これまで2軒とも、見た感じは良い家庭なのだが、正男を預け、人間の中に溶け込むための訓練的なことを依頼するには少し問題があるように感じていた田代は、辺見家の雰囲気に手応えを感じていた。もちろん、第一印象だけで決まるわけではないが、逆にこの段階から引っ掛かることがあるのであれば、何かしらの問題が生じる懸念が出る。実際、浅田家、岸田家の場合、1週間生活を共にしても最初に感じた懸念は払拭できなかった。しかし、辺見家の場合、その最初のスタートが問題を感じさせないのだ。
田代が調査役を買って出たのには理由があり、研究所内では正男の基礎的な人間としての部分の形成に母親的な意識で対応していた。自然に大切な息子的な感情が芽生えていたのかもしれないが、だからこそどんな家庭に預けたら正男が良い感じに成長してくれるかを期待できるのだろうと考え、最終決定の調査に名乗り出たのだ。
正男にとって、預けられる家族は学校のような場所になり、親であれば子供にとって良い進学先を探すことと同じ構造になる。
田代は主人の辺見一郎に尋ねた。
「ご主人、私、玄関からここに座るまで、このお宅の温かい空気を感じました。何か、この家族の特別な方針というか、考え方のようなことがあるのですか?」
「いえいえ、そんな大層なことはないですよ。私自身は普通の人間ですし、娘にも何か偉そうな道徳を説いているわけではありません。ただ、人に接する時の思いやりの大切さは教えたつもりです。それが良かったのか、ペットも娘に懐いています」
田代はその言葉を聞いて里香のほうに目を向けると、2匹ともそばにいる。里香は2匹を分け隔てなく撫でている。表情もにこやかだ。
「犬のほうはサブ、猫のほうはモモと言います。2匹とも里香が拾ってきて、そのまま家で育てているんですよ。時間差はありますが、いずれも雨でずぶ濡れのところを里香が見つけ、自分が面倒を見るということでそのまま家族なりました。里香の情操教育にも役立っています。優しい娘になりました」
一郎は目を細めながら話し、妻の美恵子も笑顔で頷いている。
田代はその様子から辺見家のことを大変気に入った。